第百五十一話 転移
(――え、ええぇ? これ、どういうことだ?)
頭上の世界樹を視界に収めた僕は、絶賛混乱中だった。
転移罠を踏んでどこかにワープさせられた、それはいい。
いや、全然よくはないけど、ゲームのストーリーとしては理解出来る。
ただ、それ以外の要素が問題だ。
(――なんで一緒に転移されたのがモブキャラのレミナで、しかも行き先が深層なんだよ!)
完全に意味不明。
それが、僕の正直な思いだった。
「レ、レオハルト様……」
怯えた顔のレミナに、「大丈夫だよ」と中身のない気休めを言いながら、僕は周りを見渡す。
僕らが転移させられた場所は、それなりの広さのある道の真ん中。
幸いにも、近くには魔物の姿はない。
木々で作られた壁のほかに視界を遮るものはなく、隠れている敵もいないだろう。
(と、とりあえずは、よかった)
ホッと、胸を撫で下ろす。
この〈常闇の森〉の魔物の平均レベルは、浅層で30、中層で60、そして深層で90だという。
レベル90ともなると、レミナよりも僕よりも遥かに格上になる。
……けれど、だからこそ分からない。
(入学してすぐに起きるイベントとしては、どう考えても難易度が高すぎる、よね?)
正直、原作アルマくんの初期レベルについては類推するしかないけれど、「入学当時は落ちこぼれと呼ばれていた」という確定情報がある。
魔法が使えないことを加味したとしても、そう高いレベルだったとは考えにくい。
初っ端からこんな難易度の場所に突っ込まれて、生存なんて出来るはずがないのだ。
(い、いや待った。もしかすると、ここは特別エリアとかで、実は深層じゃないって可能性も……)
そんな一縷の希望に縋って、僕は気付かれないようにメニュー画面に目をやった。
気になるマップ名は……「常闇の森・深層エリア88」。
その文字を見た途端、僕は目の前が真っ暗になったような心地がした。
ここは間違いなく深層の一角。
しかも、深層は少なくとも88以上のマップに分かれていて、深層の最深部近くに転移させられた可能性が濃厚と来た。
(これは……まずいよね)
今の僕は、あれから少しレベルを上げてレベル80。
レミナも〈レイクサーペント〉以降、あまりいい狩場が見つからずにレベル55で止まっている。
……まあそれでも、レミナのレベルが上がる度にトリシャの目のハイライトが消えていっていたので、それなりにいいペースだったのだとは思う。
ただ、この状況においてはやはり物足りないと言わざるを得なかった。
(いやいや、やっぱ絶対難易度設定おかしいって!)
本当に何も知らない原作アルマくんだったら、転移先が中層でも詰んでいる可能性がある。
僕はたまたま、自分とレミナを鍛えているから中層くらいならなんとかなるけれ……いや、待てよ?
(……まさか、そういうこと?)
自分で思い浮かべた言葉に、ハッとする。
このダンジョンでは、転移先を恣意的に選ぶことは出来ず、転移アイテムや魔法を使った場合、目的地はランダムに決定される、とされている。
もちろん、これがゲームのイベントなら、実際にランダムで決まるということはないだろう。
ただ、そういう前提を踏まえると、ワープ先が浅層でも中層でも深層でも、設定的に矛盾は生まれないのは確か。
だとしたら……。
(――もしかしてこのイベント、その時のプレイヤー側のレベルによって、転移先が決まるんじゃ?)
今の僕のレベル、80というのは深層はきついが、逆に中層であれば余裕、という位置にある。
あの世界一ファクトリーがプレイヤーに楽をさせるはずがないから、もし可変式だったらレベル80は確実に深層の方に放り込まれるだろう。
正確な条件は僕とレミナの平均レベルとかそういう可能性もあるけれど、考えれば考えるほど、この仮説が正しいような気がしてきた。
(く、くそ、世界一めええええ!! バランス調整上手かよ!)
まさか安全のためのレベル上げが、こんな形で巡り巡って首を絞めてくるとは。
これだから、世界一ファクトリーのゲームは侮れない。
「ど、どうしたらいいんでしょう?」
僕が動揺を見せたせいか、不安げな表情で尋ねてくるレミナ。
(……考えてみれば、一番の被害者はレミナだよね)
彼女がゲームにおいてはモブキャラだというのは、すでに確定している。
いや、モブと一言で言ってしまうには魔法の素質がすごすぎたり、フィルレシアの話を聞いてから「とある疑惑」が僕の中で持ち上がったりはしているけれど、ゲームシステム上はモブであることに変わりはない。
本来なら、このイベントに巻き込まれるはずじゃなかった人間だ。
(なのに彼女が僕と一緒に転移してしまったのは、単純に僕の隣にいたせいか。あるいは……)
可能性はいくつも考えられるけれど、今はそれを突き詰めている場合じゃない。
僕は決意を固めると、レミナに指示を出す。
「とにかく僕の後ろにいて、離れないように! 大丈夫、この森では一度に出てくる敵の数は少ない。いくら深層の敵とはいっても、一度に数匹ずつだったら、僕が……」
そこまで言いかけた時だった。
「なっ!?」
森の中心、世界樹の方から、まがまがしい魔力が吹き寄せる。
同時に、森がざわざわとうごめき始めるような気配を、確かに肌で感じた。
「これは……」
いや、それどころじゃない。
「レオハルト様、あれ!」
レミナの指さした方を見て、目を見開く。
さっきまで、何もいなかったはずの空間。
そこに、黒い靄が集まり、形を作る。
「モン、スター……」
そして黒い靄から生まれ出でたのは、魔物。
それも、ダンジョン深層にふさわしい、おどろおどろしい風体をした、闇色の魔物だ。
魔物は、魔力によって増える。
そんなこの世界で当たり前の事実を、僕は今、文字通り目の当たりにしていた。
「こ、こっちにも……!」
しかもそれは、一ヶ所で起こっている訳じゃなかった。
魔物が出現したのと反対側に目を向ければ、そこにも黒い靄が集まりつつある。
こんな異常な光景が、この森のあちこちで発生しているとするなら……。
――スタンピード。
そんな単語が、頭を過ぎる。
演習の時に発生するイレギュラーの想定の、一番初めに思いついたイベント。
(……どう、する?)
僕の能力は防衛向きじゃない上に、ここは立地も悪い。
道の両側から魔物が大挙して襲ってきたら、レミナを守り切れない可能性はある。
なら、教官を呼ぶために目印の魔法でも打ち上げる?
でも、救援が来るまでどのくらいかかるか分からないし、もし本当にスタンピードが起こっているなら、向こうもギリギリの状況に置かれている可能性がある。
(……みんな、大丈夫かな?)
心に浮かぶのは、パーティメンバーの顔。
自分たちの身の安全のためだからといって、トリシャたちを危険に晒すような選択は取れなかった。
けれど、向こうの心配ばかりもしていられない。
(いっそ、全部のマップが地続きなら……)
それなら〈絶禍の太刀〉を使うだけで、こっちも向こうも、全ての片がついた。
しかし、エリアが小分けにされているこの森では、〈絶禍の太刀〉でも数匹の魔物を倒すだけで精々だろう。
そして、武技は一度使えば五分のクールタイムが必要になる以上、あまり頼る訳にもいかない。
(それに……)
ここまでおかしなことが続いたのだ。
イベントの異常事態がここで打ち止めだという保証はない。
今から何が起こっても不思議じゃ……。
――待て、よ。
そこでふと、閃くものがあった。
(……これ、逆にチャンスなんじゃ?)
普段の僕は原作を守るため、原作主人公以上に目立たないように、定められたレールから外れない行動を心掛けている。
けれど今なら、この「何が起こっても不思議じゃない」異常事態の中なら、ちょっとだけ変わったことをしても、それを「ダンジョンの異変」に押しつけられるのでは?
急速に、目の前が開ける。
やれることの幅が、広がっていく。
そして僕は、思いついた。
思いついてしまった。
――今にも襲いかかってきそうな魔物を弱体化させ。
――挟撃を受ける危険性がある道の片方を封鎖して。
――教官たちに向けて目印になるような合図を見せ。
――浅層にいるだろうクラスのみんなも援護出来る。
そんな、最高の一手が。
「……トーテム、出しちゃうか」
ぽつりと、つぶやく。
「え?」
レミナの驚きを無視して、僕は背後を向き直る。
――〈エレメンタルトーテム〉は、大器晩成の魔法だ。
初期状態、まだ零段階目のトーテムは三十センチ程度の大きさしかなく、属性軽減効果もたったの10%しかない。
効果も見た目も、まるで子供のオモチャで、とても実用性がない。
……けれど、それも熟練度の上限、十段階目まで成長させれば話は変わってくる。
その大きさは二階建ての建物の高さに匹敵し、軽減効果も30%にまで到達する。
最終形態であるこの十段階目まで熟練度を上げることが出来れば、〈エレメンタルトーテム〉のことを軽視することは出来なくなるだろう。
「そして、これが――」
その成長の力を、世界に見せつけるように、
「――〈シャドウトーテム〉、百段階目だ!」
僕は巨大なトーテムを道の真ん中に打ち立てたのだった。
掟破りの大魔法!
急に余計なことがしたくなったので、なろう系の小説読んでる時に「また君かぁ!!」ってなる誤字を個人的に厳選、四つを選んでそれっぽい紹介文を書いてました!
「なろう作家がよく間違う漢字 ~同音異義語四天王編~」
https://ncode.syosetu.com/n0447ih/
これで全人類を啓蒙したいので、上級なろう民を目指す皆様はぜひ読んでってください!





