第百四十二話 常闇の森
修業パートすっ飛ばしたの後悔はしてないんですが、最近ご無沙汰なティータの出番も巻き添えで完全に消し飛んだことだけが心残りです……
森林型ダンジョン〈常闇の森〉。
「――出た! 〈フォレストウルフ〉だ!」
学校行事の舞台と化したそのダンジョンの中に、名前も知らない魔物発見の報が響く。
けれど、僕がその魔物の姿を確認する前に……。
「〈ファイアアロー〉!」
「〈強射〉!」
「〈ウィンド〉!」
「〈ナイフショット〉!」
数十を超える魔法や武器が殺到。
現れた狼型魔物はあっという間にハチの巣になって消えてしまった。
「……なんだこれ」
危険も何もない。
いや、もはや戦いとすら言えない一方的な魔物討伐の光景に、僕はそうつぶやくしかなかった。
※ ※ ※
「あははは。まあ、仕方ないよ。安全を考えるなら全員で進んだ方が効率がいいし、一学年百人超が一斉に進んだら、そりゃ魔物は取り合いになるって」
呆然とする僕にほがらかに声をかけたのは、ご存知トリシャさんだった。
情報通の彼女は当然、討伐演習がこうなることも知っていたのだろう。
驚いた様子もなく、むしろ僕をなだめるように苦笑している。
「説明は聞いてると思うけど、このダンジョンは、本当は結構やばいとこなんだよ」
物騒な内容を、トリシャは楽しそうに話す。
「まず、魔力の流れが歪んでいるから、転移系のアイテムがちゃんと機能しない。おまけに、定期的に中の構造が変わるから、地図も役に立たない。おまけに浅層の魔物の種類はランダムで、火の魔物と水の魔物が平気で一緒に出てくるカオスなダンジョン……。そんな場所、経験不足な生徒が潜ってたら普通に死んじゃうよ」
立て板に水とばかりに解説してくれるが、確かにトリシャの言っていることは正論だとは思う。
どうもここはゲームによくある同じ形のマップが連続する系のダンジョンのようで、集団からはぐれたらすぐ道に迷う自信があるし、マップの区切りが細かすぎて〈絶禍の太刀〉がほとんど効果がないのも、僕にとっては地味に逆風だ。
とはいえ……。
「でもさ。これはひどすぎるでしょ」
魔物の姿が見えた瞬間、まるで獲物に食いつくピラニアみたいに人が殺到し、一瞬で討伐されてしまう。
これじゃ、一体なんの訓練をしているんだか分かったものじゃなかった。
というか……。
――もしかしてこれ、単なるピクニックイベントなのでは?
危険のきの字もないような、あまりにもあんまりな探索に、ふとそんな考えすら頭をよぎる。
〈集団討伐演習〉という字面からして、これはバトルイベントだと思い込んでいたけれど、ここはギャルゲの世界。
ここまで戦闘要素がないのなら、女の子とキャッキャウフフするだけのイベントという可能性もある。
(となると今の僕は、まさかトリシャルートを進んでる、とか? いやいやいや!)
流石にパーティを組んだし、討伐ノルマもあるし、全く戦闘がないイベントではない……はずだ。
というか、このペースだと討伐ノルマを達成出来るかどうかも心配になってくる。
と、そんなことを考えた時だった。
「――退屈ならよ。お前らだけでちょぉっと森の奥に行ってきたって構わないんだぜ?」
横から聞こえた妙にねっとりとした声に、僕は顔をしかめて振り返った。
「いや、構ってくださいよ。いたいけな生徒に何勧めてるんですか、ネリス教官」
アンタは止める立場だろ、という視線を送ると、いつのまにか近くに来ていた教官は、ひょいと肩を竦めた。
「や。いくら私だって勧める相手は選ぶぜ。ぶっちゃけお前らの実力なら、この浅層の奴らに負けることは万が一にもねえだろ」
「それは……そうかもしれないですけど、道に迷ったりとか」
僕がそう返すと、教官は笑った。
「はっ! そりゃ道を完璧に覚えるのは大変だろうが、このダンジョン、出るだけなら簡単だろ。ほれ」
そう言いながら、彼女が示したのは、黒い木々の中から突き出した〈世界樹〉と呼ばれる巨大な樹木。
この〈常闇の森〉というダンジョンは、〈世界樹〉を中心に広がった広大な森だ。
つまり、あの世界樹から離れるように動けば元来た場所に戻れるかはともかく森からは抜けられるし、逆に世界樹に近付けばより強い敵が住み着く深層へと近付くことになる。
「……ただまあ、いくらお前らでも中層に足を踏み入れるのはオススメしねえけどな」
付け足された言葉に、僕はわずかに目を見開いた。
元より行く気はないけれど、その言葉は少し意外だった。
「でも、中層の敵だって、位階60くらいなんですよね。セイリアやファーリなら……」
僕の言葉に、教官は首を横に振る。
「そりゃ確かに、単純な能力ってだけなら足りてるだろうよ。ただ、中層からは闇属性の魔物が出てくる。闇の属性の魔物ってのは厄介なのが多くてな。闇の魔法でこちらを混乱させてくる〈マインドブレイカー〉には特別な対策が必要になるし、闇の力を爪に宿した〈シャドウウルフ〉の攻撃は、ただ防御力が高いだけじゃ防げない。中層より先は、強いだけで乗り切れるもんじゃねえんだよ」
ネリス教官がめずらしく真剣な表情で語っていたせいか、僕もつい聞き入ってしまった。
と、それに本人も気付いたのだろうか。
柄にもねえこと言っちまったな、と首を振ると、笑ってこう締めくくる。
「――ま、ほんとにはぐれてピンチになったら空に向かってでっかい魔法でも撃つんだな。そしたら私が颯爽と駆けつけてやんよ」
まるで教師のような、頼り甲斐を感じさせる言葉。
僕はそれに応えるように、大きくうなずいた。
「分かりました! なら、絶対にみんなからはぐれないようにしますね!」
「……お前、私のこと嫌いすぎだろ」
それは日ごろの行いのせいだと思います。
※ ※ ※
とは言ったものの……。
「……ほんとに魔物、倒せないね」
芋洗い状態はそれからも続き、僕らは討伐ノルマを全く達成出来ないでいた。
魔物を倒した数が分かるという手首に嵌めた装置は、いまだにゼロを示している。
「魔物じゃない普通の虫なら見かけたんだけどなぁ。あれ倒したらポイントになんないかなー」
なんてバカなことを言い出すくらい、セイリアのストレスも溜まっているようだった。
そして、それ以上のストレスを感じているのがここにも一人。
「ねむい。かえりたい。……レオ。なんとかして」
ふらふらと頭を揺らすファーリが、僕にしなだれかかるようにしながら頼んでくる。
それを引き離したのは、焦った顔をしたセイリアだった。
「も、もう! ダメだよファーリ! そりゃ確かに、アルマくんは誰も知らないすごい指輪とかを持ってるけどさ。ああいうのは軽々しく……ぁ」
と、口にしかけたセイリアの言葉が、不自然に止まった。
「――あら。とても興味深いお話をされているんですね」
そこで、背後から涼やかな声が響く。
嫌な予感を覚えながら振り返ると、そこには案の定、僕が想像した通りの人物が立っていた。
「フィ、フィルレシア皇女……」
ひきつった顔の僕らに、彼女は誰よりも優雅に歩み寄る。
そして、
「――よろしければそのお話、私にも聞かせていただけませんか?」
完璧な笑顔で、皇女様は僕に微笑みかけたのだった。
ロックオン!