第百四十話 武術の執念
ちょっと更新滞っちゃいましたが、頑張って自前の設定資料集というか、〈フォールランドストーリー〉の原作ストーリーラインとか登場人物のまとめとか作ってました!
登場キャラの作中と原作の比較とか書いてて割と楽しかったので、これもあとで公開とか出来たらいいですね
「まさか、たった一日で位階が二つも上がっちゃうなんて……」
トリシャは信じられない、という表情でなんども首を振っている。
……そう。
サーペントを倒したレミナをディテクトアイで覗くと、表示はこう変わっていた。
LV 34 レミナ・フォールランド
レミナの元のレベルは32だったから、〈レイクサーペント〉を倒したことで2レベル上がったことになる。
むしろ僕としては「32レベルで45レベルの魔物を倒してその程度か」と思ってしまうけど……。
(このゲーム、格下を倒すと補正が入って経験値減らされるのに、格上を倒しても経験値増えたりしないんだよね)
例えば相手がレベル45のモンスターの場合、自分のレベルが45を超えていない限り、倒したのがレベル1の時でもレベル45の時でも、もらえる経験値は同じ。
まあ強い魔物の方が経験値量は多いので全く無意味ではないけれど、あくまでちょっとお得かな、程度。
ゲーム序盤にラスダンの雑魚を一掃するくらいのことをしたら流石に話は別だけれど、頑張って格上を倒したところで、大抵はそこまで大きな差は出ないのだ。
そう考えると、
「うん。やっぱり、〈レイクサーペント〉を選んで正解だったね」
レベル的に格上なのもそうだけれど、同レベル帯の中でもかなり多めな経験値を持っているため、相乗効果で二つもレベルが上がってくれたようだ。
「――い、いやいやいや! あんなのをお得だって言い張れるの、レオっちくらいだからね!」
僕がうんうんと自分でうなずいていると、それを見とがめたトリシャが口をはさんできた。
「そりゃまあ、割に合わないって言われてるのは、聞いたことがあるけど……」
「や、割に合わないどころじゃないから! むしろこの狩場自体を不人気にさせるくらいやばいモンスターだよ!?」
僕の認識不足を正すみたいに、トリシャは両手を振って力説してくる。
「湖の中にいるから魔法以外じゃまともに攻撃出来ないし、属性耐性も高いから弱点の火属性魔法じゃないとほとんど効果なし。かといって無視しようにも遠くからブレスを撃ってくるから、あいつって『湖の悪魔』なんて呼ばれて恐れられてるんだからね!」
……エリート貴族ばかりが通う学園にいると忘れてしまうけれど、そういえば魔法使いというのは本来貴重な存在だった。
もちろん武技も強力だけれど、基本的に遠距離攻撃に乏しいし、何より再使用に五分がかかる弱点は、再生能力を持つ〈レイクサーペント〉には致命的だろう。
仮に魔法が使えるメンバーがいたとしても、この世界の魔法使いは一属性か二属性しか上げていない者が多いから、火属性魔法が使えるとも限らない。
〈レイクサーペント〉を倒すハードルは、僕が思っているよりも高いのかもしれなかった。
「え、ええっと……」
僕が答えに窮して愛想笑いを浮かべていると、トリシャは怖れすら抱いているような顔で、レミナの指を見た。
「それを、たった一人で、しかもあんなにあっさり倒しちゃうなんて……。トーテムとバレットもすごかったけど、やっぱりその指輪、ヤバすぎるよ」
その視線の先、レミナの指に嵌められているのは、〈レッドドラゴンリング〉。
火属性の魔法の威力を倍以上に増幅する、僕の秘蔵の品だ。
「ね、ねえ? その、答えられないなら、答えなくてもいいけど……」
それに対してトリシャは恐怖にも似た眼差しを向けたあと、慎重に言葉を選ぶようにして口を開いて、
「――もしかしてレオハルト公爵家は、こんな指輪をたくさん集めてたり、するの?」
まるで、地雷原に目をつぶって足を踏み出すかのような顔で、そう尋ねてくる。
「……へ?」
予想もしない言葉に、反応が遅れてしまった。
トリシャの中で、公爵家がやばい家だという誤った認識が広がる前に、僕は慌てて否定する。
「ご、誤解だよ! この指輪は最近偶然、本当に運良く手に入れられたもので、父さんたちにもまだ話してないんだ」
確かに、父さんは無限指輪の一件以来、研究のためという名目で指輪を集めている。
ただ、それで買い取りが出来るのは、せいぜいが初級から中級クラスの指輪まで。
〈レッドドラゴンリング〉のような国宝になるクラスの指輪なんて当然手に入らないし、強いエンチャントは強い装備にしか付かないから、例えば同じ〈レジェンド〉等級の効果でも、〈錆びた指輪〉に付くものと〈レッドドラゴンリング〉に付くものとでは、効果の強さが全く違う。
この〈レッドドラゴンリング〉の性能には、二重の意味で全く手が届かないのだ。
……というようなことを説明すると、トリシャはへなへなとその場に座り込んだ。
「よ、よかったぁ。わたし今度こそ、レオハルト家の機密に踏み込んじゃったのかと」
あいかわらず、トリシャの心配する方向性はおかしい。
一体、レオハルト家のことをなんだと思ってるのか。
とは言ったものの、今回ばかりはトリシャの驚きも理解出来る。
(――この指輪は、僕からしても本当に奇跡の一品だったからなぁ)
手に入れて効果を見た瞬間に、僕も心臓が止まるかと思ったくらいだ。
確率的に考えて、こんな指輪がポロっと出てきたのは望外の幸運というか、もう本当に奇跡と言ってもいい。
まず、望んだ装備にエンチャントが付くこと自体がレアだし、そのエンチャントが有用なものになるのはさらに稀。
しかも、その二つのハードルを潜り抜けても、全然ダメなものが出てきたりもする。
例えば、これ。
《魔術師の執念(指輪):装備者の魔法の威力が40%増加するが、魔法以外の攻撃の威力が80%減少する。
武術一心(レジェンド):装備者の魔力が0になる代わりに、腕力が50%上昇する(重複不可)》
二倍魔法の〈レッドドラゴンリング〉が奇跡のシナジーなら、こっちは奇跡のアンチシナジー。
書かれている効果はどちらも強いのに、実際にこれをつけると魔力が0になるため魔法威力に補正が入っても魔法は当然弱くなり、腕力が上昇したのに武技や通常攻撃の威力が八割カットされるため、結果的に物理攻撃までもが弱体化してしまう。
明らかに強力な効果なのに、お互いがお互いを食い合って、物理補助としても魔法補助としても機能しなくなってしまった最悪な例がこれだ。
これでどちらかが逆の効果なら……いや、最悪、エンチャントが付かなければそれだけで強力な指輪だったのに、運命は残酷だった。
(ランダムエンチャってのは、こういうのがあるから怖いんだよね)
こればかりはもう運次第というほかない。
僕が遠い目をしていると、ふと思いついたように、トリシャが口を開いた。
「あ、でもさ。だったらレオっちは普段どんな指輪つけてるの?」
「僕?」
思わぬ言葉に、ちょっとだけ思考が止まる。
「だって、レオっちは簡単に〈レッドドラゴンリング〉を貸してくれたでしょ。だったら、自分用の指輪はもっとすごいんじゃ、って……」
「あー」
その理屈は理解出来たけれど、残念ながらその期待には応えられそうになかった。
「いや、僕がつけてる指輪は、価値としてはそこまでじゃないんだよ。ええと、〈タフネスリング〉っていう、盾役用の指輪なんだけど……」
「え、〈タフネスリング〉?」
トリシャは思い当たる節があったんだろう。
思いがけない名前を耳にしたとばかりに、眼をぱちくりとさせていた。
「聞いたことは、あるよ。確か、攻撃をされた時のダメージを抑えて、長く戦えるようにする……効果だっけ?」
「うん。そんな感じかな」
ついでに言うと、めちゃくちゃ頑張って似た効果のエンチャントがついているものを探して、さらにその効果を倍増させているんだけど、基本は同じだ。
「ちょっと意外。……だけど、普通に考えたらそうだよね。あそこまで強い魔法と技を持ってたら、攻撃よりも防御を取るか」
僕の言葉に、トリシャは少しだけ戸惑ったようだけれど、すぐに割り切ったようにうなずいた。
なんとなく釈然としないものを感じるけど、トリシャの動揺もおかげで収まってくれたようだ。
これならもう大丈夫だろう。
「……じゃ、レミナ。そろそろ再開しようか」
「はい、レオハルト様!」
僕がレミナに狩りの再開を切り出すと、トリシャはなぜかポカンとした顔でこっちを見ていた。
「え、再開? もう位階も上がったし、帰るんじゃ……」
おかしなことを言うトリシャに、僕は首を傾げる。
「何言ってるのさ。まだ、位階も二つしか上がってないんだよ」
「二つしか、って……」
トリシャは呆然としているけれど、レベル上げはやれる時にやるのが基本。
僕はグッと拳を握りしめ、高らかに宣言した。
「目標は位階45! 今日は〈レイクサーペント〉を狩り尽くしちゃおう!」
「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」
こうして湖畔に少女の悲鳴が響き渡り、その日を境に〈ミルディス湖畔〉で「湖の悪魔」の姿が目撃されることはなくなったのだった。
乱獲!
もうちょっと幕間が続く予定だったんですが、早く次が書きたくなったので次から新章です!
迫りくる集団討伐演習、果たしてアルマくんは無事に原作を守護ることが出来るのか!
という感じの次回は明日更新予定です!





