第百三十九話 エレメンタル|マスター
この〈ミルディス湖畔〉の強敵モンスター〈レイクサーペント〉のレベルは45。
そいつの攻撃を、レベル32のレミナが受けてしまえば、大惨事になるのが普通だ。
「な、なんで!?」
しかし、飛んできた水のブレスは、僕が設置した〈アクアトーテム〉が完全に防いでくれた。
「――よし!」
必殺のはずのブレスを見舞われたレミナは、無傷。
同じく傷一つない〈アクアトーテム〉の後ろで、ぴんぴんしている。
(兄さん、上手く行ったよ!)
子供の頃、僕がレイヴァン兄さんに訴えかけ、示そうとしたトーテムの有用性が、これだ。
トーテムの無数にある弱点の一つに、実体のある設置物で耐久力もないため、攻撃されると容易に破壊されてしまうことが挙げられる。
その脆弱さは、設置時にどこかにつっかえるだけで消滅してしまうことからも分かる通りだ。
ただ、このトーテムは唯一、軽減対象の属性に対してだけは完全な耐性を持つ。
――要するに、この〈アクアトーテム〉は水属性の攻撃では絶対に壊れないのだ。
そして……。
この世界の基になった〈フォールランドストーリー〉のゲームシステムはおそらくオーソドックスなRPG。
障害物なんて概念すらないだろうし、ゲームだった頃はトーテムの後ろに隠れるなんて行動は取れなかっただろう。
(――でも、この世界でなら、違う!)
この世界のトーテムが大きさと実体を持つ以上、その後ろに隠れれば、対応属性限定の最強の盾になるのだ!
……と威勢よく言ったものの、この戦法にも当然、弱点はある。
水以外の属性で攻撃されたら一瞬で壊されてしまうし、回り込まれたり範囲魔法を撃たれたら終わりだ。
けれど……。
「そっか! だから、サーペント……」
トリシャもハッとして、トーテムと僕を見比べた。
この〈レイクサーペント〉は非常に広い攻撃範囲を持ち、水地形にいると強くなる特性まで有している厄介な相手だ。
けれど、その強力な特性ゆえに、自ら湖の外に出ることはない。
これなら回り込まれることもないし、水辺に近付かなければ近接攻撃を受けることもない。
そして、サーペントの遠隔攻撃手段の全てが水属性なため、防御に関しては〈アクアトーテム〉で完封が可能になる。
僕がレミナの狩り対象として〈レイクサーペント〉を選んだのは、危険を冒しても格上の経験値が欲しかったからじゃない。
むしろ、ほかの低レベルモンスターと比べても、こいつを倒すのが一番安全だと思ったからだ。
「で、でも、攻撃は? サーペント系のモンスターは、水上にいると再生能力を持つんだよ! たった一人であいつを倒すなんて……」
この〈レイクサーペント〉は、いわゆる「強モブ」と言われるほかの魔物よりも経験値の多いモンスターだけれど、「割に合わない敵」として有名だ。
人数分の水耐性装備を整えなくてはまともに戦いにならない上に、生半可な火力では再生能力のせいでいつまで経っても倒すことが出来ないからだ。
(あいつを倒すには、圧倒的な火力で畳みかけるしかない)
短期決戦で倒さなければ無駄に体力や魔力を使うだけ。
けれどそれだけの火力を持てる頃には〈レイクサーペント〉よりもレベルが上になってしまう、というジレンマの典型のような魔物。
本来ならレベルで十以上の開きがあるレミナが、たった一人で立ち向かえる相手じゃない。
でも……。
「心配ない。レミナには、あの魔法を教えた」
「あの魔法、って……」
僕らの期待の視線を背負い、トーテムの陰から飛び出したレミナが、その手をサーペントへと向ける。
そうして、唱えるのは……。
「――〈ブレイズバレット〉!!」
トーテムに続く、二つ目の「エレメンタル」系魔法。
火属性の〈エレメンタルバレット〉だ。
レミナの火属性魔法のレベルが六になり、つい先日使えるようになったばかりの魔法だけれど、その威力はバカに出来ない。
「な、なに、あれ……」
トリシャが目をみはる中、レミナの右手の先に生まれた数十もの弾丸が、〈レイクサーペント〉に向かって殺到する。
「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!」
サーペントの、苦悶にまみれた叫び。
それもそのはず、レミナの手から放たれた炎の弾丸は、一発一発が並みの魔法の威力を超えていた。
――これが、〈エレメンタルバレット〉の特徴。
本人の魔力や魔法詠唱の強さが一切魔法の効果に影響しない〈エレメンタルトーテム〉に対して、〈エレメンタルバレット〉は真逆の特性を持つ。
その効果には「本人の魔力のみが影響」して、バレット自体の熟練度には一切関係しないのだ。
伸びしろがない代わりに、覚えた瞬間から最高火力が出せる。
RTA勢が嬉し泣きしそうな性能を持っているのが、この〈エレメンタルバレット〉シリーズだ。
「――〈ブレイズバレット〉!!」
本人の魔力が上がることによって、発射する弾丸の威力も、その数も増える。
その代償に消費MPは上がってしまうが、出し惜しみするのは愚策だ。
「――〈ブレイズバレット〉!!」
それを、レミナは誰よりも分かっていた。
無限リングでひたすらに魔法を唱え続ける経験が糧となったか。
当たるを幸いに、矢継ぎ早に放たれる魔法。
数十を超える弾丸がサーペントの肌を切り裂き、悲痛な声をあげさせる。
身をよじる動作を隠れ蓑に、サーペントが苦し紛れの水流ブレスを放つが、
「――〈アクアトーテム〉!」
残念。
トーテムは二つ以上は設置出来ないけれど、位置の更新は出来る。
僕が設置したトーテムの背後で、レミナは今回は一歩も動かないまま、あっさりと水流ブレスをやり過ごす。
そして、
「――〈ブレイズバレット〉!!」
返礼にと放ったもう何度目か分からない炎の弾丸が、サーペントの身体を貫いていく。
(――見たか! これがエレメンタル魔法の力だ!)
この学園で、いや、下手をすればこの世界にいる誰よりもエレメンタル系魔法について熟知している自称エレメンタル(シリーズ)マスターとしては、この光景には口元がにやけてしまう。
ただ、その光景に目を奪われているのは、僕だけじゃなかった。
「す、ごい……。でも、どうして? いくらエレメンタルバレットが強いとは言っても、あそこまでの威力は……」
隣にいるトリシャは、感心以上に困惑の強い視線で、自分の親友がサーペントを圧倒していく様を見つめていた。
その視線は、やがて僕の方に戻ってくる。
「レ、レオっち! 何か知ってるんでしょ? あの威力はなんなの?」
「それは……」
その疑問の答えはごくごく単純だ。
ただレミナからは、トリシャに「心配」をかけないように、詳細についてはあまり話さないでおいてほしい、と頼まれている。
ここで答えるべきか、少しだけ迷う。
「教えて! あんな威力、絶対に普通じゃないよ! もし、レミナが何か無理してるなら……」
ただ、トリシャが気を回しすぎてしまっているのを見て、これは話してしまった方がいいと思い直した。
「そんな大げさな話じゃないよ。ほら、レミナに僕が渡した指輪。特に、あの〈レッドドラゴンリング〉の力なんだ」
「〈レッドドラゴンリング〉の? 確かに国宝だし、すごいとは思うけど、50%威力が上がるだけであんな……」
僕は油断なく戦いを見守りながらも、彼女に答えを返す。
「威力が50%上がるだけならそうだね。でも、それだけじゃないとしたら?」
「……え?」
国宝として宝物庫にある指輪と、僕がレミナに渡した指輪は「違う」。
実際にあの指輪を見た時に出てきた説明文は、二行あった。
《レッドドラゴンリング(指輪):装備者の火属性魔法の威力を50%増加させる。
魔術一心(レジェンド):装備者の腕力が0になる代わりに、魔力が50%上昇する(重複不可)》
……これが、僕があの指輪をレミナに渡した理由。
無限指輪のような元が弱い指輪は、指輪自体の効果は大したことがなく、まるでエンチャントが本体のような扱われ方をしていた。
――でも、あの〈レッドドラゴンリング〉は違う。
ただでさえすごい特殊効果のある指輪に、さらにエンチャントのぶっ壊れ効果が加わっているのだ。
これがエンチャントの強みにして、数々のゲームでエンチャント掘りが沼と称される所以。
「――〈ブレイズバレット〉!!」
幾度目か分からない炎の弾丸によって、ついにサーペントの巨体が湖に沈んでいくのを見届けてから、僕はトリシャに向き直った。
魔法威力アップと魔力アップの効果は重複して、相乗効果を生む。
ゆえにあれは、訓練の時に勘違いで疑われた最強指輪そのもの。
「――単体で魔法の威力を倍以上に強化する、二倍魔法リングなんだよ」
神器、参戦!!
1.5倍の指輪かと思ったー?
ざーんねん、1.5倍×1.5倍の2.25倍でしたー!