第百三十五話 レベルの力
「――て、やぁぁぁぁぁ!」
気合の声と共に僕の正面に剣が迫る。
その速度は、前世のオリンピック選手もかくや、というほど苛烈なもの。
でも、
(……軽い、な)
以前はいなすしかなかったその一撃を、今の僕は簡単に受け止めることが出来た。
(うん。僕の力もちゃんと成長してるみたいだ)
真剣な顔で斬りかかってくる練習相手のレミナを見る。
レミナの現在のレベルは32。
僕がレベル25だった時は、レベル差のせいでまともに打ち合うことも出来なかったけど……。
「ほい、っと」
力が上がった今では余裕を持って攻撃を受けられるし、速度も倍増したおかげで簡単に躱すことだって出来る。
「流石です、レオハルト様! これが修業の成果ですか?」
「ま、まあね」
レミナに言われて、僕が少し「力を出しすぎて」いたことに気付いて冷や汗をかく。
(あ、危ない危ない。あんまりやりすぎないようにしないと……)
僕は少しだけ、急激に強くなりすぎた。
これがバレてしまうと、せっかくここまで上手く守護ってきた原作から逸脱してしまう危険性がある。
(流石に一気に強くなるのは、周回主人公だったとしても不自然だし、ね)
これは何も、僕の自意識過剰な思い込み、という訳じゃない。
この前、試しにトリシャに「仮にだけどさ。一日で僕の位階が50ほど上がった、って言ったらどうする?」と探りを入れたところ、
「――とりあえず、ストレスで吐くかな」
と、力強いお言葉を賜ったのだ。
(やっぱり、レベルのことはしばらく黙ってた方がいいみたいだね)
最近なんだかお疲れの様子のトリシャの心労を、これ以上増やす訳にもいかない。
僕は実力を段階的に見せていくことにより、自然なレベルアップを演出することを決めたのだ。
「行きますね、レオハルト様!」
「いくらでも来い!」
レミナには、軽くだけれど事情は話してある。
茶番に付き合わせて悪いなと思いながらも、ほどほどに苦戦を演出しながら打ち合いを続け、キリのいいところで彼女の胸元に剣を突きつけた。
(……うん。上手く戦えてたんじゃないかな)
我ながら、結果は上々。
これなら見破られることはない、と思ったんだけど、
「――レオハルト! 次はオレと戦ってくれないか?」
レミナとの練習を終えた途端、横からディークくんがそんな提案をしてきたのだった。
※ ※ ※
「な、何言ってるんだよ。僕がディークくんに勝てる訳……」
ディークくんはセイリアと渡り合える剣士だ。
慌ててそう言い訳して、逃げの一手を打とうとするけれど、
「遠慮は抜きで行こうぜ。レミナさんとの練習だから抑えてたんだろうが、強くなったのは見てれば分かるさ」
「え、いや、それは……」
「胸を借りるつもりで挑む! お前の本気を、オレに見せてくれ!」
戸惑う僕を置き去りに、熱血展開を繰り広げようとするディークくん。
(僕のパワーアップを見抜いたのはすごいけど、そうじゃないんだって!)
これは一体どうやって躱せばいいのか。
僕が頭を悩ませていると、思わぬところから助け船が来た。
「――おーいレオハルト弟ー! ちょっとこっち来て魔法の実演してくれぇ!」
ネリス教官だ。
いつものにやついた憎たらしい顔が、今だけは菩薩の笑顔に見える。
「ごめん。教官に呼ばれてるから行かないと」
「あ、レオハルト!」
毎度傍迷惑な相手だけれど、今ばかりは渡りに船。
僕はこれ幸いと訓練を抜け出して、教官の方へ駆け寄った。
「お、来たな。早速で悪いが、こいつに〈ロックスマッシュ〉の魔法を見せてやってくれないか?」
そうあごをしゃくる教官の示す先には、見覚えのあるクラスメイトの姿。
確か彼女には、以前にも〈ロックスマッシュ〉の魔法を見せたことがあったはずだ。
僕がもの問いたげな視線を送ると、教官はガシガシと頭をかいた。
「や、その、わたしだってお前の兄貴に釘刺されてるから、ちったぁ遠慮はしてたんだぜ。ただ、土魔法の使い手ってどうしても限られちまうからさぁ」
そう教官が言い訳のように口にすると、
「ご、ごめんね、レオハルトくん。あと少しで覚えられそうだから、もう一度だけ、見せてほしいんだ」
その隣に立つクラスメイトも、そう言って頭を下げた。
僕が武術大会で優勝したことで、あまりおいそれと頼みごとの出来ない相手だと思われたのか、ここしばらくは魔法の実演を頼まれることはなかった。
ただ、今回はそれを差し引いても僕にお願いしたいほど、真面目な依頼ということなんだろう。
「……分かりました」
ディークくんの手前、何もしないで終わりという訳にはいかないし、実際大して手間のかかることじゃない。
まあ、今までに散々やったことだし、パッとやってパッと終わらせた方が苦労もない。
僕は軽い気持ちで引き受けると、的に向き直った。
(最近武技だのトーテムだのばっかりだったから、まともに魔法を使うのも久しぶりだな)
〈ロックスマッシュ〉は第五階位の土魔法で、相手の頭上に岩を生み出して、それを敵の脳天にぶつける、という色んな意味でパワー系な魔法だ。
別に重点的に熟練度を上げている魔法ではないけれど、前に使った時は大型犬くらいの大きさの岩がすごい勢いで飛んでいって、なかなか破壊力があるように見えた。
とはいえ、今さら第五階位の魔法を唱えるのに躊躇することもない。
「――〈ロックスマッシュ〉」
僕は気負いなく呪文を唱え、そこで異変に気付く。
「……へ?」
見上げれば、そこには見たこともないほどに巨大な大岩。
直径三メートルにも届かんというそれは、瞬きの間に的に向かってうなりを上げて飛んで行って……。
「――な、なんじゃこりゃあああああ!!」
教官の悲鳴と、ドォォォォォンという腹に響く地響きと共に、訓練場の地面に大きなクレーターを作ったのだった。
これが修業(レベル上げ)の成果!





