第百二十八話 不遇魔法
「――そ、それもしかして、〈魔法契約書〉!?」
僕が取りだした羊皮紙に、トリシャが目を見開いた。
通常、魔法を覚えるには熟練度を稼いで魔法レベルを上げるか、もしくはレベルを上げることで一部の人が覚える〈固有スキル〉に懸けるしかないが、この〈魔法契約書〉は使うだけで誰でも魔法が習得出来てしまうという優れモノ。
とはいえ、魔法の習得自体は誰でも出来るけれど、実際に覚えた魔法を使うには対応した属性の魔法レベルが必要になるため、結局は相応の魔法や武器の熟練が必要になる。
それに……。
「レ、レオっち! 気持ちは嬉しいけど、そんな貴重なものを譲ってもらうなんて、流石に……!」
この〈魔法契約書〉というのはダンジョンの宝箱などから極低確率で出現するもので、一度魔法を覚えたら消滅してしまう使い捨てアイテム。
仮に冒険者が拾っても自分たちで使ってしまうことが多いため、なかなか手に入る機会がない貴重品なのだ。
ただ……。
「残念だけど、さ。これは確かに〈魔法契約書〉だけど、街の道具屋で投げ売りされたのを買ったもので、そんな大層なものじゃないんだ」
「う、嘘だよ! 〈魔法契約書〉が投げ売りなんて、そんなワケ……」
そう言いながら、トリシャは肩を怒らせて僕の手元の羊皮紙を覗き込み、
「あ……っ」
そこに書かれた魔法名を見た途端に、分かりやすい声を出して目をそらした。
……そう。
この〈魔法契約書〉で覚えられる魔法〈エレメンタルトーテム〉はいわゆる不遇魔法。
――あの兄さんすらも「使えない」と匙を投げた、産廃魔法なのだ!
※ ※ ※
この〈エレメンタルトーテム〉との出会いは、僕とティータをめぐり合わせた道具屋。
精霊との契約に使ったしなびた〈妖精の羽根〉を売っていたあの店だった。
そこで〈魔法契約書〉の十枚セットが一万ゴールドで売られていたのを見た僕は、即決でそれを購入。
すぐに一枚を自分に使い、覚えたての魔法を使いまくってはしゃぎまわった。
これはぜひ兄さんにも覚えてもらおうと、ほくほく顔で兄さんに見せに行ったんだ。
けれど、兄さんの反応は僕の想像していたものと真逆だった。
「アルマ。残念だけど、その〈魔法契約書〉は……」
その時の、困ったような憐れむような兄さんの目を、僕はいまだに忘れられない。
兄さんが言うには、この〈エレメンタルトーテム〉の魔法は誰がどう頑張っても使えないとされている魔法で、セット売りにしたのは誰にも買い手がつかないから。
つまり僕は、あの狡猾な道具屋の罠に嵌められたのだ。
……それから実際に〈エレメンタルトーテム〉の使用感を確かめてみると、要らない子扱いされるのも納得出来た。
この魔法の効果は簡単に言えば、「特定の属性から身を守れるトーテムポールを作る」魔法。
トーテムポールというのは鳥の顔とかが象られた柱のようなものだが、この魔法は属性ごとに色違いのトーテムポールが作れて、その柱の傍にいると該当する属性攻撃を弱めてくれるという仕組み。
ただ問題なのは、あくまで「弱めてくれる」だけで無効化する訳ではないこと。
そのほか、一つのトーテムで一つの属性しか軽減出来ないのに一人につき一個までしか作れないこと、バリアなどではなくて設置物なので移動すると恩恵が受けられないこと、初期状態では軽減率も範囲も大したことがないことなど、問題は山積していた。
おまけに普段使いで言っても、レベル一の魔法のくせに消費魔力が五と多く、魔法訓練にも適さない。
確かにこれは、とあきらめかけたけれど、何度も使っていくうちに〈エレメンタルトーテム〉の熟練度が上がり、使うMPはさらに増えたものの、効果は強くなった。
これなら、と思って、兄さんに再アタック。
実演も交えて、必死にこの魔法のいいところを語った。
しかし、現実は無情だった。
「アルマの熱意は分かった。……でもね。ほかの人には、間違ってもこの魔法が『使える』なんて話しちゃいけないよ」
ガチなトーンだった。
茶化しているとかやっかんでいるとかは一切なく、混じり気なしに純粋に、真剣に僕のことを案じてそう言っていると分かってしまっては、僕としてはもうぐうの音も出なかった。
あの兄さんに……癒しの女神よりも慈悲深いと言われた兄さんにあそこまで言われたのだ。
この〈エレメンタルトーテム〉がダメダメなのは確かなんだろう。
……でもその時、僕は密かに誓ったんだ。
この不遇魔法を絶対に救ってみせる!
そして、一万ゴールドの元を絶対に取ってやるんだ、と!
※ ※ ※
「この魔法が使えないって言われてることは、知ってるよ。だけど、僕はそれを変えてみたい。挑戦してみたいんだ」
これは、あの日のリベンジ。
ずっと考え続けてきたこの魔法の活用法を試して、このどうしようもない不遇魔法を救いたいという、僕のワガママだ。
「――だから、二人とも。よければ、僕の実験に協力してくれないかな?」
僕が尋ねると、彼女たちは顔を見合わせ、小さく笑った。
そして……。
「レオっちの頼みだったら、しょうがないなぁ」
「わ、わたしでよければ、なんなりと!」
「ん。面白そう」
僕は三人の優しさに思わずほろりと来そうになって……あれ?
「ファーリ!?」
何かおかしいと思ったら、いつのまにやら当然の顔をしてファーリが契約書に手を伸ばしていた。
なんというか、油断も隙もない子だ。
「きょ、協力してくれるのは嬉しいけど、いいの?」
「もちろん! こんな楽しそうなこと、参加しない訳がない」
そう言ってファーリが勢い込んでうなずくと、
「あ、ず、ずるいよ! ボクも……って、ジローさん! ちょ、ちょっと止まって止まってえぇ!」
さらに後ろでボム次郎と戯れていたセイリアも騒ぎ出して、これで参加者は四人。
どうやら僕は、いい仲間を持ったみたいだ。
「……ならあらためて、説明するね」
騒ぐセイリアとボム次郎を回収して、仕切り直し。
レミナとセイリアは〈魔法契約書〉を使うのが初めてらしいので、一応そこから解説する。
とは言っても、〈魔法契約書〉の使い方は簡単だ。
「この紙の真ん中に手を置いて、その上に書いてある魔法名〈エレメンタルトーテム〉を口に出して言ってみてくれるかな」
僕の言葉にうなずいて、四人が一斉に「エレメンタルトーテム」と唱え、それで終わり。
彼女たちの身体が光って、呪文習得は完了した。
おおーっと互いの姿を見てはしゃいでいる姿を見て、僕もほおをほころばせる。
でも、本番はここからだ。
「じゃ、まずは火属性から。〈ブレイズトーテム〉!」
僕が唱えると、床からニョキっと奇妙なオブジェが生える。
あいかわらずの変な形だけれど、この際それはどうでもいい。
とりあえずみんなにもやってもらおうと、僕は振り返って、
「こうやって……ん?」
そこで、みんなの反応がおかしいことに気付く。
レミナとセイリアはきょとんとしているだけだけど、ファーリはうんうんとしきりにうなずいてキラキラと目を輝かせていて、反対にトリシャはトーテムポールを見てわなわなと震えている。
トリシャのこの反応は、なんだろう。
なんというか、とても驚いている……ような?
もしかして、熟練度を上げたトーテムを初めて見たんだろうか。
「トリシャ、なんだかびっくりしてるみたいだけど、どうし――」
「こ、こんなの、驚かないワケないでしょ!」
僕がおずおずとかけた声は、トリシャの怒声によって遮られた。
一体彼女は突然何を言い出しているのか。
状況が理解出来ない僕を見て、彼女は苛立たしそうに僕の作り出したトーテムポールを指さすと、涙目になって叫んだのだ。
「――この〈エレメンタルトーテム〉は、一種の遺失魔法! 契約書を使っても誰も発動出来なかった魔法なんだよ!」
不遇(誰も使い方を知らない)魔法!!
また余計な秘密を知ったトリシャの明日はどっちだ!