第百二十五話 エンディング
オープニングの最後に流れたデモムービーを見終えた私は、はふぅ、とため息をついた。
推し成分を摂取出来て大変満足……なんだけど、ゲームとしてはここからがスタート地点。
イベントや好感度の調整もだけれど、ここからは自分でパーティを組んでダンジョン探索をこなしていかなくてはならない。
(うーん、誰を育てていこうかなぁ)
クラスには主人公を含めて二十人の生徒が所属していて、そのうちの約半分にあたる十一人が、主人公との個別エンディングを持ついわゆる「メインキャラ」だ。
その内訳は、攻略対象キャラの男性五人と、恋敵になる女性キャラ五人。
そこに主人公の親友キャラである新聞部ちゃん(万年帰宅部)も加えて、合計十一人となる。
それ以外のクラスメイトの八人は、言ってしまえば数合わせ要員。
多少のイベントはあるものの、個別のエンディングを持たない、いわゆる「モブクラスメイト」になる。
「クラスメイト全員が仲間! 自由なパーティを組もう!」というのが売り文句のこのゲームでは、もちろん彼らともパーティが組める。
組める、のだが……。
(実際のとこ、メインキャラだけで組む方が無難なんだよね)
というのも、この「メインキャラ」と「モブクラスメイト」の間は、大きな大きな性能格差があるのだ。
※ ※ ※
一番分かりやすい例で言うなら、やはり盾役だろうか。
このクラスには、タンク役として設計されたキャラが二人いる。
一人は攻略キャラ。
好き嫌いなく、誰とでも仲良くなれるクラスのムードメーカー。
ゲーム開始時は猪突猛進で考えなしな発言にイラッとさせられることもあるけれど、ゲーム序盤のイベントで仲間を失ったことをきっかけに、やがてパーティの頼れる盾役に成長する少年、Dくん(仮名)。
もう一人はモブクラスメイト。
好き嫌いなく、食べられるなら雑草でもなんでも喜んで食べるクラスのフードファイター。
性格はみえっぱりに見えてかなりのビビリであるけれど、実はドMで妄想癖のあるシスコンの変態という特性から、やがてパーティの盾役として開花する少年、マルマインくん(仮名)。
この二人は同じ学園のクラスメイト、しかもお互いに伯爵家の跡継ぎであり、どちらもタンク職……と共通項の多いキャラだけれど、比べると悲しいほど明確な性能差がある。
例えば……。
マルマインくんが覚える固有技〈かばう〉が一人しか対象に出来ないのに対して、Dくんがイベントで覚える〈命の誓い〉は周辺キャラ全員を守る。
マルマインくんが覚える〈豚パンチ〉が一人に小ダメージしか与えられないのに対して、Dくんが同じレベルで覚える〈エナジーバースト〉は三×三マスに中ダメージを与える範囲技。
マルマインくんが〈くいしんぼう〉の特性で食料アイテムで二割ほど多く回復が出来るのに対して、Dくんは〈生存力〉の特性で自分への全ての回復効果を倍にする。
マルマインくんが〈ドM〉の特性でダメージを受けると攻撃力が上がるのに対して、Dくんの特性〈リベンジ〉はダメージを防いだ場合でも次の攻撃の威力が上がる。
マルマインくんが適性Cの土属性魔法(地味)を得意としているのに対して、Dくんは適性Aの火属性魔法(カッコイイ)を操る。
……とまあ、いじめかな、と思うくらいにDくんとマルマインくんの技能には格差がある。
しかも能力値にも大きな差があって、Dくんの方が総じて全ての値が高い上に、特にタンクに必要な防御の値では五割近い能力差をつけられている、という不遇っぷり。
攻略だけを考えるなら、ぶっちゃけモブキャラをパーティに入れるメリットはほとんどないのだ。
では、私の推しである〈零光のレオハルト〉ことハルト様はどうなのか、というと、
(――はっきり言って、「最強!!」なんだよねぇぇぇ!!)
私のハルト様……あ、ちなみにネットでも定着しているこのハルト様という呼び方は二人が恋愛関係になってからのイベントで、「君の前では獅子の心を失ってしまうよ」という言葉に対して「じゃあ今のあなたは〈零光のレオハルト〉ではなくて、ただの『ハルト』ですね」という二人のやりとりに由来していたりするんだけど、そこからの展開がもう、もう……砂糖がマーライオン!
……というのはどうでもよくて。
ハルト様は確かにゲーム序盤は魔法は使えないが、ぶっちゃけこのゲーム、物理攻撃要員か魔法攻撃要員かで役割が分かれるため、魔法が使えないことが大したデメリットにはならない。
むしろ武技に全てのリソースを注ぎ込めるため、育成が分かりやすいというメリットにすら感じられるほどで、特にハルト様は脳筋武器や色物武器にはあまり適性がないけれど、剣、槍、弓といったストレートな強武器の適性が高い。
だから普通に育てていけば順当に主力に育ってくれるし、使いたいけどちょうどいい武器がない、なんてことにもならない。
しかも選んだ武器によって、近距離アタッカー、タンク、遠距離アタッカーを切り替えられるため、パーティにどの役割が欠けていてもそこを補いやすいという便利具合。
さらに、ハルト様は固有技もかなり優秀だ。
MP消費は多いけれど武器の種類を問わない攻撃技を覚えるほか、Dくんの〈命の誓い〉ほどの性能はないものの、マルマインくんの〈かばう〉の上位互換である〈守護〉を覚えるため簡易タンクも可能。
得意な武器種の幅が広いのもあいまって、まさにオールマイティな活躍が期待出来るのだ。
さらにさらに、どの戦闘スタイルでも使える特性〈獅子の魂〉も地味に強い。
これは「戦闘中に限り、MPが足りなくなった場合に最大HPを削ってスキルが使える」というもので、消耗戦でMPが切れても技を使い続けることが出来る。
この特性は一見窮地でしか役に立たないように見えて、実は成長速度にもかかわる。
要はこの能力があることで攻撃機会が増えるため、長い目で見るとほかのキャラより多く経験値が稼げるようになり、結果的に活躍機会が増える、という好循環が生まれるのだ。
――しかし、なんといってもハルト様を「最強」たらしめているのは、何をおいてもその基礎能力。
何しろ、ハルト様はその「特殊な適性」ゆえに、ゲーム開始時からすでにぶっちぎりで強い精霊と契約をしているため、能力の伸びがえぐいのだ。
どんなポジションでも本職以上の性能が発揮出来て、さらに自分で育成の方向性を決める余地もある。
ついでに最初のダンジョン探索では確定で探索についてきてくれる(ついでにチュートリアルもしてくれる)ので、そのままスタメンに入れたプレイヤーは多いだろうし、私ももちろんそうだった。
……ただし、だ。
(――それこそが、フォルスト開発が仕組んだ罠、なんだよね)
多く活躍させるキャラは当然好感度も上がりやすいし、愛着も湧きやすい。
中でもハルト様のイベントはほかと比べると驚くほど難易度が低く、フォルストで見た最初のエンディングがハルト様の個別エンドだという人は多いはずだ。
実際それを証明するように、ゲームの実績画面を見ると、この「ハルト様エンディング」の実績が、ほかのエンディング実績と比べても一番達成率が高くなっている。
でも、それこそが奴らの思惑。
これはフォルストの開発が、プレイヤーをより深い「沼」に引きずり込むために仕組んだ撒き餌であり、落とし穴なのだ。
(……あの時は、ほんとびっくりしたなぁ)
いや、びっくりしたどころではなく呆然としたし、なんだったら発狂もした。
ハルト様の個別イベントは、序盤、中盤、終盤と隙のない甘々イチャイチャシナリオなのに、このハルト様エンドは、ビターエンド、もしくはメリーバッドエンドなどと呼ばれるものだった。
なぜなら……。
――このハルト様の個別ルートは、最愛のハルト様の死によって幕を閉じるのだから。
鬼畜の所業!!
こんなことしてるからこのゲーム売れなかったのでは?
ボブは訝しんだ