第百十九話 終焉の封印窟
「しゅ、〈終焉の封印窟〉って……」
ファーリが口にした「誰も足を踏み入れたことのないダンジョン」。
僕は思わず解説を求めて、何でも知っているトリシャに視線を送ったけれど、彼女も首を横に振った。
「わたしも存在を知ってるってだけで、詳しいことは分からないよ。一部の優秀な冒険者と、高位貴族の血統にしか場所を明かされないダンジョンがあるっていうのは聞いたことがあるけど、わたしの家では家格が足りなかったから……」
「な、なるほど」
と、一瞬納得しそうになったけれど、そこで「あれ?」と首をひねる。
僕の家も、一応公爵家のはずなんだけど……。
「レオの家は、帝都から遠い。教えられてなくても、無理はない」
さらっとファーリが口にした言葉からすると、やはりこの近くにあるダンジョンということらしい。
ついでにちらりとセイリアと、それからレミナに視線を向けると、
「残念だけど、ボクも聞いたことないや」
「わ、わたしも!」
子爵家のセイリアと、平民のレミナもやはり知らないらしい。
でも「終焉」、「終焉」かぁ。
名前を聞くだけで、どう考えてもゲーム序盤に行くべき場所じゃないということだけは分かる。
「ふふ。これでちょっとだけ、レオに恩を返せる」
ただ、嬉しそうにそう口にするファーリの様子を見ると、今さら行きませんとも言いにくい。
「大丈夫。すぐに行ける」
そんな自信満々のファーリの言葉に流され、僕はつい、そのダンジョンとやらを見に行くことにしてしまったのだが……。
「……ここ」
そうして連れてこられたのは、あまりにも予想外の場所だった。
「えっ、いや、ここって……」
ファーリが示した場所を見て、僕は流石に驚いてしまった。
なぜならそこは、正面に皇城を望む帝都のど真ん中。
おおよそダンジョンなんてあるはずのない、ただの民家だったから。
「……この中」
しかし、ファーリは驚く僕らを置いて、勝手に家のドアを開けてしまった。
僕は流石に止めようとするけれど、
「ちょ、他人の家に勝手に……」
「問題ない。ただの偽装」
ファーリの言葉通り、ドアを開けた僕らを迎えたのは居住スペースなどではなく、地下へと続く階段だった。
「まさか、こんな場所にあったなんて……」
情報通だからこそ、トリシャの衝撃はすさまじかったようだ。
トリシャ以外も少なからず動揺を隠せない中で、ファーリだけがズンズンと先に進んでいく。
地下の先は幅二メートルほどの通路になっていて、真っ赤な岩肌とそこに等間隔で取り付けられた青い松明の光が、独特の雰囲気を醸し出していた。
まるで別世界にでも迷い込んでしまったかのような、不思議な雰囲気。
現実とは隔絶されたその空間の中で、
「……あら?」
僕らは、意外な先客に遭遇した。
「――フィルレシア殿下!?」
この国の第一皇女。
僕らのクラスメイトでもある彼女が、地下通路の向こうから歩いてきたのだった。
「どうしてここに……いえ」
流石のフィルレシア皇女も、ここで僕らに会うとは思わなかったようだ。
めずらしく顔に動揺と驚きの色を貼りつけていたが、それも一瞬、すぐにいつも通りの完璧な笑みを浮かべて僕らに挨拶をしてくる。
「奇遇ですね。貴方たちも初代様にお祈りを?」
「初代様?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、なぜか皇女様も不思議そうな顔をした。
「知っていて、ここに来たのではないのですか?」
そこで、口をはさんだのはトリシャだ。
いつもの斜に構えた口調をすっかり忘れ、慌てた様子で口を開く。
「ま、まさか、初代様とは初代聖女のユーレシア様ですか? ということは、ここは……」
トリシャの言葉を継ぐように、フィルレシア皇女はふわりとうなずくと、
「――ええ。この先が、帝国にとっての『始まりの地』。〈始まりの聖女ユーレシア〉様が、『大いなる闇』を封じた場所なのです」
なんだかとっても重要そうなことを、口にしたのだった。
※ ※ ※
――〈始まりの聖女ユーレシア〉。
それは、国の歴史に疎い僕でも知っているほどに有名な人物だ。
ここがまだ帝国と呼ばれる前、魔物の跋扈する未開の地だったこの場所で、ユーレシア様は数々の奇跡を起こして人々を救った。
そして最後に、この地に根付いていた「大いなる闇」を地下に封印したあと、人知れずこの地を去ったという。
(もう完全に、おとぎ話の世界だよね)
けれど、そのおとぎ話の舞台こそが、この先にある〈終焉の封印窟〉らしい。
その情報源であるフィルレシア皇女は、言うだけ言ってこちらを混乱させたまま、優雅に去っていってしまった。
ただ、残されたこちらはたまったものではなくて、
「うわあぁ……。こんなの絶対一般学生が知っていいことじゃないよぉ」
それも気にせずにまだ頭を抱えているということは、やはりトリシャにとってはさっきの情報はそれだけの衝撃があったらしい。
しかし、この状況にあっても動じないのはファーリだ。
「どうせ、レオならいつかここに辿り着いた。なら、少し早くなっても変わらない」
「わたしは一生知らないままでいたかったよ!」
いつもは遠慮しがちなファーリ相手にも叫ぶトリシャには、妙な迫力があった。
「トリッピィは気にしすぎ。普通の人間がこれを知っても、どうしようもない。……ほら」
流石にちょっとだけ気圧された様子のファーリが、前方を指さした。
「石碑?」
道はそれまでと変わらない。
ただ、そこには道の左右を飾るように、小さな石碑が一つずつ設置されていた。
距離を取ったまま、書かれた文字に目を通す。
まず、左の石碑にはこんな文字。
《資格ナキ者 コノ先ニ進ムコト アタワズ》
そして、反対側の石碑には
《覚悟ナキ者 コノ先ニ進ムコト ナカレ》
という文が刻まれていた。
(意味深だなぁ)
ちなみにだが、この世界で使われている言語は大陸共通語と呼ばれてはいるが、ぶっちゃけ中身は全部日本語だ。
まあ和製ゲームだし、書き言葉全部が謎の聖なんちゃら語とかだったら永遠の時間がかかるし当たり前だよね。
あからさまに怪しい石碑を前に尻込みする僕らを他所に、
「……見てて」
すっと僕らを追い越したファーリが、石碑の間を通り抜けようとする。
ただ、
「と、止まった?」
ちょうど石碑と石碑の間を抜けようとした時、まるでそこに目に見えないバリアでもあるかのように、彼女の身体はそれ以上先に進めなくなってしまっていた。
「これが、石碑の守護」
ファーリはそこにある見えない壁に手を置くように片手を突き出しながら、僕たちを振り返った。
(なるほど、ね)
これが、石碑に書かれた「資格ナキ者」を通さない仕掛けなんだろう。
その間も、意外と好奇心旺盛なトリシャが試しとばかりに体当たりしてみるが、あっさりと弾かれてしまった。
「レオならこの結界、どうやって突破する?」
振り返って、キラキラとした目でこちらを見るファーリ。
隣のセイリアとレミナとも視線を合わせて、苦笑する。
(ゲームでは、いかにもなギミックだよね)
抜けられそうな方法はいくつか思い当たるけれども、とにかく一つずつ試してみるしかない。
まずは結界の正確な位置を確認しようと、僕は手を伸ばして、
「……あれ?」
突き出した右手は、空を切った。
いや、それどころか、
「……進め、てる?」
僕の足は、あっさりと石碑と石碑の間の境界線を、一歩踏み超えていたのだった。
これぞ主人公補正!?