第百十五話 ダンジョン
――ダンジョンとは、一言で言うと「闇の魔力が溜まりやすい場所」のことらしい。
魔力は、場所や人によって様々な色に変わる。
例えば水場の近くでは青、つまりは水属性の魔力が生まれやすいし、火山の近くでは火属性の魔力が、風通しのいいところは風属性、地面に近い場所では土属性、とそれぞれ傾向がある。
ただ、誰にも、どこにも影響されることのなかった無色の魔力はやがて淀み、濁り、闇の属性を帯びる。
そんな闇の魔力が集まると、その場所を「異界化」させ、果てには闇の魔力が凝縮された存在、すなわち「魔物」を生み出す。
これが、ダンジョンの仕組みだという。
「だから、ダンジョンって言っても全部が全部洞窟だとか迷宮ってワケじゃないんだよ! 実際、帝都近くにはいくつもダンジョンがあるけど、迷宮型の方が少ないくらいだしね」
そう嬉々として僕に説明をしてくれるのは、みんなご存知トリッピィ……じゃなかった、トリシャだ。
何しろ僕は、謙虚、堅実をモットーに生きている一般ゲーム主人公。
いきなり身の丈に合わない最前線に突撃する、なんて無茶なことはしない。
そこで事情通のトリシャに、手ごろな狩場の場所を教えてもらうことにしたのだ。
だって……。
「特に帝都の近くには、ほかよりダンジョンが多いんだよね?」
「うん。一般に公開されている場所だけで、百個はあるって言われてるね。だからこそ、帝国は軍や冒険者の育成に熱心だし、わたしたちみたいな学園生にも期待がかけられてるんだよ」
ダンジョンは、資源として有益だ。
ダンジョンの魔物を倒すことでその魔物が持っていた闇の魔力は浄化され、倒した人間の糧になったり、その魔物に縁のある素材やアイテムに変わったりする。
……まあ、要するにレベルアップやドロップアイテムが期待出来る訳だ。
ただ一方で、ダンジョンを放置して魔力が溜まりすぎれば、困ったことになる。
余剰魔力によってダンジョンがさらに拡大したり、新しいダンジョンが出来たり、あるいはダンジョンに入りきらなくなった魔物が外へ飛び出し、近隣の街を襲う〈スタンピード〉が起こってしまうこともあるのだ。
(ダンジョンが多いのは、ゲームの舞台としての設定、だろうとは思うんだけど……)
故郷のレオハルト公爵領にはダンジョンは少なく、領内全域で十個ほどだったように記憶している。
それを考えると、やっぱり帝都周辺のダンジョンの多さは異常だ。
(……グレンさんが、「この国はあと数年ももたない」って言ってたのは、このこと、なのかな)
どうしても気にはなってしまうが、今はあまり考えすぎていても仕方がないだろう。
僕がトリシャに視線を戻すと、彼女は思わせぶりに右手に紙を持って、差し出してきた。
「まあ、帝都が初めてだと自分に合ったダンジョンを探すのも一苦労だよね。だからわたしが、手ごろそうなダンジョンをリストアップしてきました!」
「おおー」
僕に拍手され、まんざらでもなさそうな顔をするトリシャ。
ただ、渡されたリストは詳細で、ダンジョンの特徴や、敵の平均的な位階や属性、注意するべき点などが事細かに記されている。
これは言うだけのことがあるというか、褒められるべき仕事をしていると言うべきだろう。
(……うん、やっぱり、ここがいいかな)
僕もトリシャに頼り切りという訳でもなく、自分で情報収集はしてきた。
その時に目星をつけていたダンジョンが、リストにある説明を見ても、最初のレベル上げスポットとしてはちょうどいいように思えた。
「――どこにするの、レオ?」
僕がリストを眺め、一人うんうんとうなずいていると、僕の肩にひょこっとあごを乗せるようにして、水色の瞳が後ろから覗き込んできた。
「きゅ、急に出てくるね、ファーリ」
さっきまで道場の隅でひたすらに魔法練習をしていたはずのファーリは、当たり前のような顔で僕の肩越しにリストを覗き込んでいる。
それから、ふむ、と一声漏らすと、
「わたしのオススメは、ここ。火属性の敵が多くて、戦いやすい」
ピッと指を伸ばして、リストの一点を示した。
「へぇ、どれどれ……って、ここ敵レベル70超えてるじゃん!」
僕はレベル25。
いきなり50レベル差はハードルが高すぎる。
しかし、ファーリは何でもないことのように首を振った。
「大丈夫。レオがどうしてもと言うなら、〈ブリーズ〉、ついていくのも、〈ブリーズ〉、やぶさかでは〈ブリーズ〉」
「いや、話してる時くらい魔法の練習やめようよ」
会話しながら魔法を使うのは器用だとは思うけど、そんな技能をここで無駄遣いしないでほしい。
僕とファーリがそんな風に話をしていると、
「あ、心配だし、ボクもついていくよ。ほら、この刀の試し切りもしたいしさ」
横から、さらなる乱入者の声が響く。
「セイリアまで……」
その声の主は、道場の中心でボム次郎と汗を流している少女、セイリアだった。
……そう。
ヒノカグツチというぶっ壊れ火属性装備を手にしたことで、セイリアの火力はワンランク……いや、前とは比較にならないほどに大幅に向上した。
そこで、今までの相棒だったレベル150のボム太郎を卒業し、晴れてレベル420のボム次郎と訓練をすることになったのだ。
ボム太郎と涙の別れを済ませ、僕が取りだしたボム次郎に「よろしくお願いします」と綺麗な礼をしたセイリアの姿はなんとも印象的だったけれど、今はそんなボム次郎からも視線を外し、僕に向かって猛アピールをしてきていた。
ただ……。
「あ、あのさ。二人とも、気持ちは嬉しいんだけど……」
この世界、経験値は敵を倒した時に貢献度に応じて手に入れられるため、基本的にパワーレベリングなんかは出来ない。
そんなルールの世界で、レベル80オーバーの二人に応援に来られたとしたら、僕のレベル上げに支障が出てしまう。
「む。でも……」
「もし、アルマくんに何かあったら……」
そう不安を口にする二人に、僕は笑ってみせた。
「あはは。大丈夫大丈夫。今回に限っては、絶対に心配要らないよ。だって……」
僕はリストから、一つのダンジョンを指し示す。
それは、僕がかねてから最初の狩場として目星をつけていたダンジョンの一つ。
――敵平均レベル24のフィールド型ダンジョン、〈ノビーリ平原〉。
トラップなどもなく、レベル25の僕が安全に、かつ効果的に狩りが出来る無難オブ無難な狩場。
そこを指さしながら、僕は自信満々に言った。
「――今回の狩りは安全第一。危険なんて、絶対にあるはずないんだから、さ」
極めて安全で想定外なことなど何も起こらない退屈なレベル上げが始まる!!