第百六話 避けられぬ一撃
「――快挙! 歴史的な快挙です! なんとなんとなんと! 記念すべき第百回大会を制したのは、まさかの新入生!! ニューヒーロー、アルマ・レオハルトの誕生だああああああ!!」
興奮しきった実況のお姉さんの声に、観客も大きな声援で応える。
「それにしても、素晴らしい試合でした! やはり勝負の決め手は〈次元断ち〉でしょうか?」
「そりゃ間違いねえが、それだけってワケでもねえ。オレの家に伝わる奥義書にも〈次元断ち〉の記載はあったから、技の詳細は知ってる。ただ、その覚書には『遠距離から狙った場所を斬れるため、奇襲に適している。ただし、動く標的を狙うには向かない』ってあったし、オレも同意見だった」
なのに、と剣聖はそこで呆れたように息をついた。
「まさか、標的の動きを先読み……いや、誘導して、速度で勝る相手を斬るなんて使い方は考えもしなかったぜ。これに関しちゃ、素直に脱帽だ」
「おお! 剣聖様からの脱帽宣言です! それにしても誘導、というと、アルマ選手は〈次元断ち〉を当てるためにシギル選手の行動をコントロールしていた、ということでしょうか?」
「ああ。オレが気付いた中でも、いくつも相手の動きを誘導する動作があったぜ。まずは……」
背後ではまだ実況が続いていたけれど、なんだかいたたまれなくなった僕は慌ててリングを降りた。
すると、
「――おめでとう、アルマくん!」
真っ先に駆け寄ってきてくれたのは、燃えるような赤い髪をした剣士の少女だった。
「ボクの仇、取ってくれてありがとう!」
「セイリア……。うん、こっちこそありがとう!」
正直に言うと、セイリアに対しては後ろめたい気持ちもあった。
けれど、こうしてカラッとした顔で笑っている彼女を前にして、僕が思い悩むのも逆に彼女に失礼だ。
僕が笑顔を返すと、彼女も少しほっとしたような顔で、もう一度笑ってくれた。
「――おめでとう。まさか、本当に勝っちゃうなんて思わなかったよ」
次にやってきてくれたのはトリシャだ。
彼女も心からの祝福の言葉をかけてくれたけれど、ただ、どうにも納得がいかなそうな表情もしていた。
「でも、さ。どうやってシギル先輩が空中から攻撃してくるなんて分かったの?」
「たぶんだけど……」
そこで口をはさんできたのは、セイリアだった。
興奮覚めやらない、という表情で、早口に話し出す。
「あれは、アルマくんの立ち位置が重要だったんだと思う。あそこはリングの端で、しかもちょっと角度がついてたでしょ。だから、アルマくんの右側はリングの端があって狭くて、逆に左側は大きくスペースが空いていた。だからそこでアルマくんは右足を大きく踏み出すことで、右側のスペースを殺して、さらに左側のスペースを大きく取ったんだよ」
「ええと、それだと、さらに左側から攻撃しやすくなりそうだけど……」
トリシャが不思議そうに尋ねると、セイリアは首を横に振った。
「ううん。人ってね。狭いのはもちろん困るけど、隙が大きすぎても素直に突っ込みたくなくなるものなんだよ。それに、シギル先輩は自分の能力に絶対の自信を持っていた。だからこそ……」
「先輩は、上から攻撃することを選んだ。いや、選ばされた?」
トリシャの言葉に小さくうなずいて、セイリアがこちらを見る。
「……って、思ってたんだけど。どう? 合ってる、かな?」
「う、うん。そこまではっきりとじゃないけど、大体そんな感じのことを考えてたと思う。セイリアは、やっぱりすごいね」
それは、僕が説明しようと思っていた動きの理由と、大まかには一致していた。
「すごいのはアルマくんだよ! それをぶっつけ本番でやって、成功させちゃうなんて!」
「あ、あはは」
負い目は気にしないようにしたとはいえ、こう面と向かって褒められるとやっぱりちょっと困る。
僕は視線を少し逸らして、そこでとても大事なことを思い出した。
「あ、ごめん、二人とも! 僕はちょっとだけ出てくるよ」
「で、出てくるって……。でも、もうすぐ表彰式が始まっちゃうよ?」
心配したセイリアが声をかけてくるけれど、僕はもう動き出していた。
「どうしても、優勝の報告をしたい子がいるんだ!」
「え? レミナとファーリさんだったら、観客席に……」
言いかけるトリシャに、僕は首を振って笑った。
「二人にも話したいけど、違うよ。それよりももっと近くで僕を見守ってくれた相手に、お礼を言いたいんだ!」
※ ※ ※
「……この辺なら、いいかな」
会場を離れ、人が見当たらなくなった辺りで、足を止めた。
(技でMP使いすぎちゃったから、また召喚が切れちゃったんだよね)
呼び出したらまたへそを曲げられそうだけど、仕方ない。
なんだかんだとティータには散々心配をかけてしまったし、それは甘んじて受けよう。
(ティータは、僕が優勝したって聞いたら、喜んでくれるかな?)
そうして彼女の反応を想像しながら、僕がティータを呼び出すためにマナポーションを飲もうとした、その時だった。
「――みぃつけたぁ!」
背後から、不吉な声がした。
「……え?」
反射的に振り向いたその先。
そこには狂気の笑みを貼りつけたシギルが、凄まじい勢いで僕に迫っていて、
(や、ば――)
抵抗の暇はなかった。
気付いた時にはシギルの右手は、すでに僕に向かって振り抜かれていて、
「――死ねよぉ、虫けら!」
恐ろしいほどの力が籠められたその拳が、僕の身体に突き刺さった。
白昼の凶行!





