第百四話 次元断ち
「――しょ、勝負あり! 勝者、アルマ・レオハルト!!」
決着からいくぶんか遅れて、僕の勝利がアナウンスされる。
すると我に返った観客によって、申し訳程度の拍手が鳴り響いた。
(前の僕の試合は、だいぶ盛り下がってたからなぁ)
前回は〈絶影〉で一瞬で終わらせたせいで、実況席すらテンションが下がったのか何も言ってくれなかった。
なんだか申し訳ない気持ちになって、すぐにその場を離れたのは記憶に新しい。
ただ、勝負が終わってもいまだに事態を飲み込めていない人もいた。
「な、何が起きた? オレはきっちりと攻撃を避けたはず。それに、いつ攻撃が来たのかも、全然……」
僕の技を食らって退場していたディークくんは、自分の身に何が起こったのか、きちんと把握出来ていないようだった。
目が合うと、ディークくんは興奮したままで僕に駆け寄ってきた。
「な、なあ! どうやってオレに攻撃したんだ? さっきの技、〈次元断ち〉って言ったか? あれは一体どういう……」
思いつくままに語りかけて、しかし途中でハッとして口をつぐむ。
その視線の先には、シギルがいた。
「わ、悪い! 次の試合もあるんだったよな。つい興奮して……」
「いいや、構わないよ」
だけど、僕はすぐに首を振った。
普通なら、自分の手札は可能な限り伏せるのが当然なんだろうけど、今回に限ってはそれは当てはまらない。
むしろ、説明をすることが僕の目的にも適う。
僕はにっこりと笑うと、自慢をするようにこう言った。
「――〈次元断ち〉はその名の通り、『次元』を切り裂く技。自分が望んだ通りの場所を空間を跳躍して切り裂く、唯一無二の攻撃技なんだ」
※ ※ ※
「じ、次元を切り裂く? 空間を跳躍?」
いきなりの突飛な説明に、ディークくんは頭をはてなマークだらけにした。
とはいえ、僕も書かれていた説明文を読んだだけだし、気持ちは分かる。
「まあ、すごく簡単に言うと、さ。〈絶影〉が自分が瞬間移動して斬る技だとしたら、〈次元断ち〉は斬撃だけを瞬間移動させて相手に届ける技なんだよ」
そう考えると、〈絶影〉が刀技の十で、〈次元断ち〉が十一なのも納得が行く。
この二つは全く違う技のようでいて、確かに共通しているのだ。
しかし、その説明でもディークくんには感じがつかめていないようだった。
「え、えっと、つまり斬撃を飛ばす遠距離攻撃、ってことか?」
「まあ、そうとも言えるね」
というか実際、ゲーム時代の〈次元断ち〉は単なる便利な遠距離攻撃だったんだと思う。
でも、今のこの技の価値は、それだけに留まらない。
「この〈次元断ち〉が普通の遠距離技と違うのは、斬撃をただ『飛ばす』んじゃなくて、一瞬でその場所に『出現』させるところなんだ」
「それで、何か変わるのか?」
ディークくんは首を傾げるけれど、もちろん変わる。
「普通の遠距離攻撃と違って、〈次元断ち〉は攻撃が向かってくるところが見えずに、急にその場所に攻撃が『出現』する。だから、『それ』に斬られた人間は、自分が斬られる瞬間に、いや、斬られたあとになって、ようやく自分が攻撃されたと気付くんだ。つまり……」
いまだに技の真価に気付かないディークくんに、後ろで僕の話を聞いているトリシャに、そして何より、会場の端から僕をギラギラとした目で見ているシギルに向かって、僕は言葉を届ける。
「――たとえ相手がどんなに速かったとしても、相手の位置さえ正確に予測出来ていたら、この技は絶対に当たる、ってことだよ」
この技を前にしたら、「速度」なんてものはなんの意味もなさない。
僕がそんな意志を込めて言い切った瞬間、こちらを見ていたシギルの唇が「ニィィ」と吊り上がったことに、たぶん僕だけが気付いた。
それから……。
「そ、そう言われたらすげえな。確かにオレ、試合が終わっても自分がどうして負けたのか分からなかったし……」
〈次元断ち〉の価値は、ディークくんと、それから会場の観客たちにも、きちんと伝わってくれたらしい。
僕の刀を見るディークくんの目は、素直な感心と好奇心にキラキラと輝いていた。
とはいえ、この技はメリットばかりじゃない。
「まあその代わり、最初の抜刀から実際のダメージが入るまでに間が出来ちゃうから扱いが難しくて、『相手の動きを読む』ことが必須になってくるんだけど――」
そこで僕は、もう一度だけシギルの方に視線を向け、
「――どんな格上にだって通用する可能性が残る技、って考えると、夢があると思うんだ」
そう締めくくって、僕はリングをあとにした。
(……これで、第一関門は突破出来たかな)
ひやひやする場面がなかった訳じゃないけれど、結果からすれば上出来だと言えるんじゃないだろうか。
この調子で、第二関門だ。
「……って、感じなんだけど、どうかな?」
リングから降りた僕が真っ先に問いかけたのは、もちろんその第二関門たるトリシャだった。
ここでトリシャを説得出来なければ、大会は高確率で中止。
優勝トロフィーを手に入れることも出来なくなってしまうかもしれない。
「……流石に、あんなド派手なことされたら、ダメだなんて言えないよ」
彼女は僕の言葉に、「むぅ」と眉を寄せて、困ったように言った。
ただ、心情的に素直に納得したくないとも思っているのか、
「まさか刀の十一武技だなんて、ほんとレオっちはどんだけの手札を隠し持ってるのさ」
なんて言って、不貞腐れたように口を尖らせた。
とはいえ、気持ちはともかく、どうやら戦うこと自体は認めてくれたみたいだ。
「でも、さ。本当に話しちゃってよかったの?」
ただ、認めてくれたとはいえ、完全に不安が払拭された訳ではないようだ。
トリシャは声を潜めて、心配そうに尋ねてきた。
「これで、シギル先輩には確実に警戒されちゃったよ? 説明せずに、何も言わずに技を使って奇襲した方がよかったんじゃ……」
「いや、あれでいい。いいや、ああしないといけなかったんだ」
いくら必殺の技があっても、撃つ前に仕留められてしまえば元も子もない。
「相手の速度は圧倒的だよ。隙の大きい〈次元断ち〉なんかを普通に使ったんじゃ、使う前に潰されて終わる。だからこそ、相手をこっちの土俵に引きずり込む必要があるんだ」
――だから、挑発した。
お前の速度なんて怖くないと。
お前じゃこの技は絶対に避けられないと、たっぷりの自信を込めて叩きつけた。
その、結果は……。
ちらりと、シギルの様子を盗み見る。
賭けてもいい。
狂気の笑みでこちらを見る奴の頭には、きっと僕の放った剣技をかいくぐる自分の姿が映っていることだろう。
(……望みは、つないだ)
あとは本番で僕がどれだけあいつの動きを予測……いや、誘導出来るか、それに全てがかかっている。
こんなの、真っ当なやり方じゃないかもしれない。
本当の主人公の戦い方とは、もしかするとかけ離れているかもしれない。
それでも……。
(――セイリアのため、世界のため、それから、原作を守護るために! 僕は絶対に、負けられないんだ!!)
こうして……。
様々な思惑を乗せて、大会はいよいよ最終局面を迎える。
「――皆様、お待たせしました! 泣いても笑ってもこれが最後の試合です! ……では、これより第百回〈英雄学園捧剣練武大会〉、決勝戦を始めます!!」
開戦!!





