第百三話 攻防
――準決勝、第二試合。
僕は、同じクラスのディークくんと正面から向き合っていた。
「レオハルトとは本選で戦ってみたいとは言ったけどよ。それがまさか、準決勝なんて大舞台になるとは思ってもなかったぜ」
「それは……まあ僕もだよ」
正直に言えば、僕は一回戦で負けても構わないと思っていた。
それが今や、優勝を目指して必死になっているのだから、本当に人生というのは何が起こるか分からない。
慣れない大舞台で緊張している僕に対して、ディークくんはいつも以上に楽しそうだった。
「お前とは一度本気で戦ってみたかったんだ。……つっても、流石にあのトンデモ技を防ぐ方法はまだ思いついてねえんだけどな」
クラスメイトだからお互いに気安い雰囲気にはなってしまうが、ディークくんはここまで大会を勝ち抜いてきた実力者。
だからこそ、僕の〈絶影〉の厄介さを正しく理解していたんだろう。
これまでの対戦相手と違い、本気で僕を警戒しているのが見て取れた。
けれど、その心配は杞憂だ。
「だったら、最初に宣言しておくよ。僕は、この試合では〈絶影〉は使わない」
「……へぇ?」
唐突な宣言に、ディークくんの眉がぴくりと動いた。
これは、言ってしまえば舐めプ宣言のようなもの。
本気の戦いを望んでいるディークくんにとっては面白くないだろう。
だけど、だからこそ、僕ははっきりと言い切った。
「――ディークくんが僕より強いのは分かってる。それでも僕は、この試合で〈絶影〉以外の可能性を示さなきゃいけないんだ!」
僕の〈絶影〉が通用しない可能性のある相手なんて、そうはいない。
それだけで、ディークくんは察したようだった。
「……なるほど、な。さしずめオレは、決勝を見越した予行練習相手、ってことか」
探るようにつぶやかれた言葉を、僕は否定しなかった。
すると、
「手加減されてるようで、思うところはあるけどよ。ただ……」
楽しそうだったディークくんの顔に、それ以上に獰猛で危険な、捕食者の笑みが浮かんで、
「――そいつは願ってもないチャンスだ! 悪いが決勝戦への切符はオレがいただいてくぜ!」
そんな宣言と同時に、僕の準決勝は始まった。
※ ※ ※
「――それじゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ!」
言うなりディークくんは迷うことなく、この大会中何度も何度も見た、独特の姿勢を取る。
(なっ!?)
それは、突進系剣技〈スティンガー〉の構え。
想像を超えた思い切りのよさ。
僕が〈絶影〉を本当に封印していなかったらここでディークくんの敗北が確定していたし、刀の技には剣と同様、〈スティンガー〉対策として有名な〈血風陣〉もある。
(なのに、ここで切り札を切ってくるか!)
しかし実際、僕の敏捷では今から〈スティンガー〉に間に合うように〈血風陣〉を撃つのは不可能。
それを瞬時に見切り、あまりにも大胆に初手で切り札を切ってくるその決断力は、ディークくんが天性の戦士だと証明していた。
「くら、えぇぇぇ!!」
気合と共に、神速の突きが飛んでくる。
一瞬にして窮地に追いやられたところだけれど、僕にも切れる札が残っていない訳じゃない。
僕は〈スティンガー〉に合わせるように、刀の技を発動させる。
「――〈燕返し〉!」
この〈燕返し〉は七つ目の刀技にして、カウンター武技。
立ち位置としては剣の〈パリィ〉と互換しているが、実は技の性質が微妙に違う。
「――取った! ……え?」
僕に突きを入れたと確信したディークくんが、驚きの声をあげた。
〈パリィ〉は相手の攻撃に合わせて剣を振り、相手の武器を巻き上げる技。
しかし、〈燕返し〉は違う。
「――甘い!」
神速の突きは確かに僕の身体に突き刺さった。
けれど〈燕返し〉は相手の攻撃を受けて無効化しつつ反撃を繰り出す、純然たる反撃技!
〈燕返し〉発動直後に命中した物理攻撃は一回に限り全て無効化され、すぐさま反撃の一撃が飛ぶ。
「これ、でぇ!」
生み出された風の刃が、折れた刀身から繰り出される!
相手の虚を突いた、完璧なタイミングでの反撃。
「ぐ、ぅぅ!」
そう思ったけれど、そこはやはり、素のスペックの違いがものを言った。
繰り出した反撃の刃を、ディークくんはのけぞるように身体を逸らすことで回避する。
――このスペック差で、斬り合いになったら勝ち目はない。
そう直感した僕は、相手の体勢が戻る前にすかさず追撃の一手を繰り出した。
「――刀技の九〈火走り〉!」
それは、かつてボム次郎に食らわせた高速の抜刀術。
ダメージの本体が炎なため、折れた刀でも普通の刀と遜色ない攻撃が放てる上に、数ある抜刀系武技の中でも上位の速度を誇る回避困難な抜き撃ち!
「うわっ、ととと!」
……なのに、ディークくんはどこか緊張感のない声をあげて、これも後ろに跳んであっさりと躱してしまった。
(分かってたけど、敏捷の差がでっかいなぁ)
おかげで十分な距離が取れたというのが、不幸中の幸いか。
僕らは油断なく互いに武器を向け合いながら、小休止とばかりに会話を交わす。
「流石だね、ディークくん」
「そっちも想像以上だ! 正直に言えば、速さが同じだったらオレに勝ち目はなかった!」
なんてことを言うけれど、速度が持ち味な技を初見で見切られたのは、ちょっとばかりショックだ。
特に、出が早いカウンター技の〈燕返し〉や、抜刀系武技の中で〈絶影〉の次にモーションが速い〈火走り〉が避けられたということは、ディークくんよりも速いシギルには、僕の普通の技は絶対に当たらないということになる。
そして、だからこそ……。
――「この技」でディークくんが倒せれば、そこに「可能性」が生まれる!
……準備は、整った。
発動までに若干の時間がかかるこの技は、相手が近距離にいると使えないし、たとえ距離があっても相手に突進技や遠距離技が残っていると都合が悪い。
(そういう意味では、ディークくんが初手で〈スティンガー〉を切ってくれたのは助かったな)
そんなことを思いながら、ゆっくりと右手を刀に添える。
今までに何度も見せた、抜刀術の構え。
「……それじゃあ僕も、そろそろ切り札を使わせてもらうよ」
まさか、大会でこの技を使うなんて思いもしなかった。
あんまり原作と乖離した姿は見せたくないんだけど、背に腹は代えられない。
構えを取ったまま、ちらりと横を見る。
意外なことに、今回は会場の端に、こちらをニヤニヤと眺めるシギルの姿もあった。
(……なんで今回に限って、とは思うけど)
見たければ、存分に見てくれて構わない。
いや、むしろ見てくれた方が好都合だ。
――意識させて意識させて、そうして生まれた隙を突く。
それが今回の僕のプランだ。
「余所見なんて、ずいぶんと余裕だな!」
しかし、そうして視線を逸らした僕を、ディークくんは見逃さなかった。
隙を見つけたとばかりに、飛び込んでくる。
(――かかった!)
でも僕は、その反応を待っていた。
タイミングを見計らって、ディークくんが刀の間合いに飛び込む直前に、刀を抜き放つ!
「――刀技の十一〈次元断ち〉!!」
高らかに技名を叫びながら、僕は全力で刀を振るう。
籠められた魔力が赤い燐光となって僕の身体を淡く光らせ、撃ち放たれた最強の技がディークくんを薙ぎ払わんとうなりをあげて、
「――当たる、かぁ!!」
しかし、間合いに入る直前で強引に足を止めたディークくんによって、タイミングが外される。
空を切る刃。
ニヤリと笑うディークくん。
「――悪いな。オレの勝ちだ」
会心の笑みと共にディークくんが剣を振り上げても、抜刀を終え、腕を振り切ってとっさに動けない僕に、もはや出来ることは何もない。
――終わりは、あっけないほどに、あっけなかった。
ディークくんの剣は一切の慈悲もなく僕に向かって振り下ろされ、直後、
「――うん、読み通り!」
前触れなく虚空から生まれた刃が、ディークくんをあっさりと引き裂いたのだった。
分からん殺し!!