第百一話 剣聖と侍
準々決勝第二試合。
これは本来は二年生同士がぶつかる試合となるはずだったが、片方の選手が棄権したために、シギルという男子生徒が不戦勝で勝ち上がることになった。
「――少し残念ではありますが、切り替えましょう! 次の第三試合はなんと、三年生と一年生の試合になるそうですよ!」
実況を担当するティリアの言葉に、観客席が沸く。
「三年生の方は……。あ、彼は教官推薦枠の生徒さんですね。この〈ボルク・リニアー〉選手は三年Aクラスに所属していて、位階は99。得意武器は大会ではめずらしい槍ですね。二回戦での彼の戦いはわたしも見させていただきましたが、能力の差で対戦成績こそ先ほどのフレデリック選手に負けているようですが、立ち回りや武器の扱い方で身体能力以上の強さを発揮するいぶし銀の選手だと思います」
楽しそうに語るティリアに、剣聖がぼやく。
「教官推薦枠ねぇ。あれ、あんま好きじゃねえんだよな。どうせ三年のAクラスにしか使われねえし、結局Aクラス四人がベストフォーになったりすると白けるしよぉ」
「あ、あはは……。ま、まあ強い人が三年Aクラスに集中してしまうのはどうしようも……あ、でもこの対戦相手の一年生、こちらも教官推薦枠で出場した子のようですよ!」
「あぁん?」
思わず剣聖が柄の悪い声を出したが、そのくらいに推薦枠が一年に使われるのは異例のことだった。
「名前は〈アルマ・レオハルト〉さんで、位階は……は?」
すらすらと資料を読み込んでいたティリアの唇が止まった。
「し、失礼しました。その、アルマ、選手の位階は、25……だそうです」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「だ、だってそう書いてあるんですもん!」
お互いに、放送も忘れて言い合うが、そこに書いてあることは彼らにとってはそれだけ衝撃だった。
それでもティリアはプロ。
困惑を押し殺して、続きを読む。
「え、ええとですね。アルマ選手は一年Aクラス所属の位階25。得意武器は……刀、だそうです」
「はぁぁぁぁ?」
刀という単語が出た瞬間に、位階を聞いた以上の音量で声をあげる剣聖。
その態度にティリアはビクッとしたが、実況者としての使命感か、あからさまに顔をしかめた剣聖におそるおそる質問を投げかける。
「ええと、刀、というのはあまり聞かない武器ですが、知っているんですか?」
それに対して、剣聖は不機嫌そうにちっと舌を鳴らしたが、面倒そうに語り出した。
「いいか? 刀ってのはもう製法が失われちまって、今じゃどこぞの王宮の宝物庫か、高難易度ダンジョンの宝箱からくらいしか出てこねえ代物なんだよ」
「じゃ、じゃあ、この一年生の選手はそんな貴重なものを使っている、という……」
「ありえねえよ! どうにか手に入れたとしてもそいつは全部が全部とびっきり強力な品だ。当然要求される能力も高い。学生レベルの能力じゃ厳しいし、少なくとも位階たった25の奴に扱えるようなものじゃ絶対にねえ!」
唾を飛ばすほどの勢いで叫ぶ剣聖は、なんだかんだと刀にこだわりがあるようだった。
「それは……あ、でも、刀は刀でも『折れた刀』を使っているそうです、よ?」
「は、あ?」
三度固まる会話。
それでも剣聖はガリガリと頭をかくと、気を取り直したように口を開き直す。
「あー、そいつが意味分かんねえ奴だってことは分かった。……で? その折れた刀使い野郎は、どうやってここまで勝ち上がったんだ?」
「あ、はい! ええと、ですね。……どうも彼は奇襲を得意にしているようで、突進系の技を使って、今までの一、二回戦をどちらも一撃で相手を倒して勝ち抜いているようです」
ティリアの言葉に、仏頂面の剣聖は静かに口を開いた。
「……刀の突進技、ね。じゃあ〈破突〉だろうな」
「〈破突〉ですか?」
「刀ってのは、剣とほとんど同じ技構成をしてやがんだよ。〈スラッシュ〉が〈袈裟斬り〉になったり、〈Vスラッシュ〉が〈二段斬り〉になったりしてるが技内容自体は大差ねえ。あとの〈十字斬り〉だの〈血風陣〉だのは名前まで全く同じだしな」
表情だけはめんどくさそうにしながら、剣聖はよどみなく解説を続ける。
「で、〈破突〉ってのは〈スティンガー〉互換の技だ。性能もほぼ同じで、この大会でも使えるのは間違いねえ。ただまあ、相手が槍使いだったらその快進撃も終わりだろうな」
あっさりと答えた剣聖に対して、驚いたのはティリアだった。
「あの、もしかして剣聖様は『刀』の技にも詳しいんですか?」
その質問に対しても剣聖は仏頂面を崩さなかったが、嫌そうにうなずいた。
「……オレの先祖が刀使いだったらしくてな。奥義書だのなんだのが家宝として残ってやがんだよ。おかげで刀の性質だの技だのってのは頭に入ってる」
「おお、剣聖様の意外なルーツですね!」
はしゃぐ様子を見せるティリアに、剣聖は顔をしかめるだけ。
どうやら彼にとって、その一件はあまり触れてほしくない類の話題らしい。
「え、ええと……」
実況席に微妙な空気が漂ったところで、リングの方がようやく動き出した。
「お、おおっと。どうやら会場の準備が出来たようです! まず、西コーナーからは三年Aクラスの〈ボルク・リニアー〉選手! 長大な槍を構えて堂々出陣です!」
とりなすようにティリアが口を開くと、それに合わせるように、三年生の少年、ボルクが会場入りする。
彼の入場に、先ほどのフレデリック選手ほどではないが、三年を中心に拍手が湧き起こった。
対して、
「そして東コーナーからは、この大会ぶっちぎりの最低値、位階25にてここまで勝ち進んできた驚異のダークホース、〈アルマ・レオハルト〉選手が入場です!」
続いて入場してきたアルマに対する拍手は、明らかにまばらだった。
誰もがアルマにどんな態度を取っていいか戸惑っている。
そんな空気がそこからは窺えた。
「――まさか、リューシュカを破る一年がいるなんて想像もしてなかったよ」
二人の選手が顔を見合わせると、まずは槍使いのボルクが口を開いた。
年長らしき余裕を見せながら、彼は穏やかに、けれど静かな対抗心と闘志を隠しもせずにアルマに語りかける。
「でもまあ、二回戦の試合を見させてもらったら納得したよ。抜き手すら見えない神速の抜刀術。前情報なくそんなものをぶつけられたらリューシュカが後れを取るのも無理はない。その脅威は認めるよ。……ただ、ね」
そう口にしながら、彼は手にした槍を振り回し、
「――その技には、突進系武技である限り逃れられない弱点がある!」
その長い槍を、まるで二人の間の防壁でもあるかのように前に突き出した。
明かな宣戦布告。
だが、そこまでされてなお、対戦相手の少年は全く動きを見せなかった。
まるで勝負をあきらめたかのようにじっと、ただ試合開始の合図を待つ。
「――では、準々決勝第三試合、開始!」
その宣言がなされると同時に動いたのは、やはり年かさの少年、ボルクだった。
「来年のために、教えてあげよう! 突進系の武技はこう止めるのだ、とね!」
彼は手にした槍を斜め四十五度の角度で地面に突き立て、叫んだ。
「――槍技の四〈ガードインパクト〉!!
その武技によって、槍が分裂。
まるで彼の前方にハリネズミのごとき槍の防壁を作る。
難攻不落という言葉がふさわしいほどの、鉄壁のガード。
それこそが〈スティンガー〉や〈獅子闘破〉といった突進系の技が幅を利かせる大会を、彼がここまで勝ち抜いてきた理由。
ただし……。
「――〈絶影〉」
今回ばかりは、相手が悪かった。
武技発動の一秒後、彼はあっさりと鉄壁のガードを抜かれ、場外へと飛ばされていったのだった。
※ ※ ※
一瞬の、あまりにも呆気なさすぎる決着に、会場は沈黙が支配する空間となった。
拍手も、歓声も湧き起こらない。
目の前で起こったあまりにも理解不能な光景に、誰もがフリーズしていたのだ。
「――あいつは、なんだ?」
沈黙した会場を、まるで庭を散歩するような気軽さでアルマが出ていくと、ようやく剣聖が絞り出すように言葉を発した。
「間違いねえ。あいつが使った武技は、刀技の十〈絶影〉だぞ」
「じゅ、十番目の技、ですか!?」
今までもアルマの試合を見ていた人間はいたし、アルマが使う技を見て脅威を感じる者もいたが、その技が正確になんなのか、把握出来ているものはいなかった。
この時初めて、アルマの試合を見ていた観客は彼が何をしていたのかを理解したのだ。
「すさまじい速さの技でしたけど、まさか、第十武技だなんて……」
ティリアも実況を務める人間として、そして一人の戦士として、武技を覚える大変さは骨身にしみている。
何しろ、学園の最高峰の三年Aクラス、その中でもさらに上澄みの上澄みである大会筆頭選手クラスになってようやく第八剣技の〈血風陣〉を覚えられるレベルなのだ。
なのに、その二つ上の第十武技を、しかもどう見ても熟練度上げに向いていない〈折れた刀〉でどうやって習得したのか。
想像するだけで、くらくらとする思いだった。
「どうやってあの折れた刀であそこまでの技を覚えたのか。いや、そもそもどうして刀で技なんざ覚えようと思ったのか分からねえ。ただ、あの技はとびきり凶悪だぞ」
「え?」
しかし、それだけではまだ足りなかったらしい。
剣聖グレンは深刻そうな表情で続ける。
「あの技は単に速い突進技なんて生易しいもんじゃねえ。あれは瞬間移動。一瞬にして敵の背後に現れてるから、進行方向をいくらふさいでもあの攻撃は防げねえんだ」
「そ、そんな……」
――そんなのはもう、無敵じゃないのか?
浮かんだ言葉を、ティリアは必死に押し殺した。
ただ、その隣にいる剣聖は、そこで自重するほど大人ではなかった。
「――なぁ? もうこの大会、あいつが優勝で決まりじゃねえか?」
思わずティリアが言葉に詰まるようなことをあっさりと口にする。
「あの技はカウンター系の技じゃ防げない。なら、あとは〈スティンガー〉を超えるような速度でとっさに避けなきゃ回避なんて出来ねえが、そんなの学生のレベルじゃ絶対に無理だろ。……つうか単純によ。この中にあの技を避けられる奴がいると思うか?」
「そ、れは……」
否定したいのに、ティリアは言葉が出なかった。
複雑な空気を抱えたまま、大会はさらに進んでいき……。
しかし……。
彼らの予想は、ふたたび思いがけない形で裏切られる。
優勝候補筆頭、フレデリックを破った気鋭の剣士、セイリア。
そのセイリアをまさに人間離れした能力で破ったシギルという怪物が、大会に波乱を巻き起こすことになるのだった。
そして現在へ!