第九十九話 必勝法
「棒で殴り合って喜ぶなんてニンゲンって野蛮、って思ってたけど、この大会ってのも案外面白いわね!」
そう言って出所不明なお菓子を片手にうなずくのは、僕の契約精霊のティータだ。
「こう、単に殴り合うだけじゃなくて、それぞれの相性とかタイミングがあるのよね! 自分がどう戦うか、だけじゃなくて、相手の手を予測して攻撃する。こういう読み合いは、ちょっとだけ魔法と似てるわ!」
なぜか玄人のような目線でふんぞりかえって寸評する精霊。
気付いていたけど、この子も割と影響されやすい。
「ねぇねぇ! アルマもやっぱり、剣を使うんでしょ? どういう戦術で行くワケ?」
「え? あぁ。それ、迷ってるんだよね」
セイリアが〈血風陣〉を使って見事な勝利を収めたあと。
僕は自分の試合会場に向かいながら、使用武器をいまだに決めかねていた。
(どう、しよっかなぁ)
自慢にはなるけれど、僕は色んな武器の熟練度を一通り上げてある。
いざとなればどんな武器を使っても戦うことは出来るけど、この大会のルールに適したもの、と考えると候補はだいぶ少なくなる。
一番無難なのはやはり剣。
どんな状況にも対応出来る豊富な技を持っていて、取れる選択肢が多い。
(ただ、ステータスで大幅に負けているから、正攻法で戦えば正直負ける未来しか見えないんだよね)
そうなると……。
もう一つ、マイナーではあるけれど、だからこそ強力な「あの武器」が候補には上がってくる。
発動までが早い技が多くて大会にはぴったりで、おまけに大会を見ても誰も使っていないマイナー武器だから奇襲にはもってこい。
ただ、難点もあって……。
(ちょっと、原作のアルマくんがやれる範囲を超えちゃいそうなんだよね)
優秀な技が後半に集中しているため、あの武器を使うなら必然的に強めの技を使っていくことになる。
特に一番大会に向いているのが第十武技なので、一年生が使うには少し分不相応なのだ。
(まあ、流石に前に第十三階位魔法を使った時ほどの騒ぎにはならないだろうけど……)
ここでさらに原作から外れるリスクを負ってまで勝利を目指すべきか、迷ってしまう。
だって、僕の目的は大会を勝ち残ることでも、武芸者として身を立てることでもなくて、優勝トロフィーを手に入れること。
万が一セイリアが負けた場合を想定して勝ち残っておくのはありっちゃありだけど、ここまで応援してきた以上、心情的には出来ればセイリアに優勝してもらいたいという想いもある。
(一回戦の相手は三年生らしいから、最悪負けても剣である程度食い下がれれば多少格好もつくし……)
そう思いながら会場まで行って、僕は絶句した。
LV 101 リューシュカ・ドラゴネル
(――あ、こりゃダメだ)
彼女を一目見た瞬間に、僕は心の中で剣を投げ捨てた。
僕が剣で彼女と戦ったら、きっと何も出来ずにあっさりと負ける。
きっと秒でたたまれて終了する。
そんな未来が、はっきりと見えてしまった。
(……よし、あっちを使おう!)
僕の「必勝法」がうまく嵌まるかは未知数だけど、ここでリューシュカ先輩をあらかじめ落とすことが出来ればセイリアの優勝の確率も上がる。
それに、考えてみればこいつはマイナー武器。
詳しい技の名前なんて誰も覚えてないだろうし、第十武技を使っても弱い技だと勘違いしてくれるかもしれない。
(うん、いけそうだ!)
むしろ、教官推薦枠とかいう二つしかない枠で入って、「何もせずにあっさり負けましたぁ!」じゃそれこそ悪目立ちしてしまうだろう。
僕は今まで持っていた一般的な剣をしまうと、代わりに〈火走り〉に使った武器を手に取った。
(これで……と、その前に)
属性や特殊能力がついていたり、殺傷能力が高すぎたりする武器を持ち込んだ場合に、あとで物言いがつくことがあるらしい。
問題はないとは思うけど、念のため審判役の教師に事前に確認を取っておこう。
「……あの。武器はこれを使いたいんですけど、大丈夫ですよね?」
「どれどれ? ……は?」
僕が差し出した武器を見た瞬間に、審判の表情が曇った。
「え、いや、まあ……ルール上は問題ないが。しかし、君は武器がこれで本当にいいのかね?」
「はい!」
これで言質は取れた。
いや、別にやばい武器という訳ではないんだけど、ちょっと見た目が独特だから、変な誤解をされないか不安だったのだ。
僕がウキウキでリングに登ると、今日の対戦相手と向き直る。
対戦相手だというリューシュカ先輩は長身で凛とした雰囲気の女性だったが、その彼女が今はなんとも言えない困ったような表情をして、僕に話しかけてきた。
「あー。その、アルマ・レオハルトくんだったか? 君は本当に、その武器で私と戦うつもりなのか?」
言われて、もう一度僕は手にした武器を見る。
僕が手にしているのは、この帝国ではめずらしい「和」の要素が強い武器である「刀」。
ただ、普通の刀とはちょっと違う部分もあって……。
《折れた刀(武器):かつては刀だったモノ。そのままでは使い物にならないが、直すことが出来れば……?
攻撃力 : 1
装備条件: 腕力1》
説明文から分かる通り、この武器の何よりの特徴は、刀身が折れていて三センチくらいしか残っていないこと。
このせいで武器としての性能は終わっているし、射程が短くて使いにくい、どころか、普通に振ったら鍔が邪魔になってまず刃の部分に当たらないため、殺傷能力はほぼゼロと言ってもいい。
(まあ、対戦相手が試合にこれを持ってやって来たら、僕もきっとびっくりしちゃうよな)
でも、大丈夫だ。
「問題ありません! この試合、武器の威力は関係ありませんから!」
「い、威力……。いや、それ以前の問題が……あ、いや、君が納得しているのなら、何も言うまい」
物分かりよく引き下がってくれた先輩に感謝をしながら、僕は折れた刀を鞘に納める。
そのまま左手で鞘を握り、右手を柄にかける抜き打ちの構えを取ると、リューシュカ先輩が「ほぅ」とつぶやいて目を細めた。
「その構え……。君が狙っているのは『抜刀術』という奴かな」
「知って、るんですか?」
全く予想外の言葉に、僕は思わず聞き返していた。
「聞きかじった程度だけれどね。侍と呼ばれる異国の剣士が使う独特の剣と、そこから繰り出される『抜刀術』は界隈では有名だよ。間合いに入った瞬間に鞘から抜き放たれる一撃は、さながら『神速の後の先』だとね」
界隈というのが何界隈なのかは分からないけれど、先輩がすらすらと刀や抜刀術について話し出したことに、僕は驚いた。
いや、現実だと抜刀術はあくまで「刀を抜いてない状態から早く相手を斬れる」術であって、別に「刀を抜いている時より早く相手を斬れる」技ではないらしいけど、ここはゲーム世界。
中でも、〈武技〉なんていう魔力すらも利用したトンデモ技は、想像の世界を容易に現実のものにする。
僕が大会で使う武器として「刀」を選んだのは、刀自体の知名度が低くて初見殺しが通用しそうなことと、まさにその「抜刀技の速さ」を求めてのことだった。
「……ふむ。確かな理があってのことなら、私も遠慮はやめよう。本気の一撃でもって、君を叩き潰す!」
そしてその知識は、先輩の戦士としての警戒心を呼び起こしてしまったらしい。
先輩から見えない闘気が迸り、会場にピリピリとした緊張感が満ちる。
本当は何も分からないうちにやられてくれたら助かったんだけど、こうなったらもう腹をくくるしかない。
僕と先輩はしばしの間、無言で見つめ合い、
「――第一回戦第七試合、はじめ!」
試合開始の合図と同時に、先輩は大きく剣を振り上げ、僕は刀の鯉口を切る。
そして、
「――〈血風……」
「――〈絶影〉」
二人の言葉が交錯し、目の前の景色が変わる。
気付けば僕は数メートルほど先、ちょうどさっきまでリューシュカ先輩が立っていた場所の少し奥にいて、それから……。
「………………え?」
場外で剣を振り上げた姿勢のまま固まっているリューシュカ先輩に向けて、ペコリ、と頭を下げたのだった。
無慈悲の勝利!!
Q.自分よりも攻撃力も敏捷も高くて、武器を扱う技術も上で、定石にも詳しい相手に勝つにはどうすればいいですか?
A.厨武器使え