第九十八話 四人目の男
更新が加速……しないだと!?
「……ごめん、アルマくん。約束、守れなかった」
駆け寄った先でセイリアが口にした第一声は、そんな言葉だった。
「な、何言ってるんだよ」
むしろ、謝るべきは僕の方だ。
僕はぐっと唇を噛むと、セイリアに向かって大きく頭を下げた。
「ごめん、セイリア。優勝させるって言ったのに……」
原作を守護るためにセイリアを利用しようとしたのは僕だ。
なのにそれを果たせなかったばかりか、セイリアにこんな顔をさせてしまった。
……いや、それだけじゃない。
「それに、あいつが出場してきたのはきっと、僕のせいだ」
シギルが言っていることはよく分からなかったけれど、「気にかかる一年生」が出てきたことで予定を変更されて大会に出場することになった、と言っていた。
この一年生というのは、ほぼ間違いなく僕のことだろう。
これが僕が原作にない行動を取ったから起こったイレギュラーなのか、あるいは僕が目立ちすぎたために発生した周回引継ぎキャラ用の難易度増加イベントなのか、そこは分からない。
ただ、セイリアがあいつと戦うことになった原因が僕にあることは確実だった。
「そんなことない! アルマくんは、本当によくしてくれたし、ボクはもらいすぎるくらいもらったよ! なのに、チャンスを生かせなかったボクの方が……」
しかし、セイリアはそんなの認められないとばかりに激しく首を振った。
互いに自分が悪いと譲らない中で、
「――二人とも、そこまで」
そんな僕らを止めたのは、急いで駆けつけた様子のトリシャだった。
「譲り合いの精神はいいことだけどね。今そんなことをやったって不毛だよ。……どっちが悪いって話じゃない。ここであんな強さの相手が出てくるなんて、予測しろって方が無理な話だよ」
その言葉に冷静さを取り戻した僕らは顔を見合わせ、大きく息を吐いた。
視線をリングに向けると、すでにそこにシギルの姿はない。
彼は試合が決着したあと、ふらりとどこかへ消えてしまったようだった。
(あいつは一体、なんなんだ?)
どう考えてもあいつ……シギルという少年の強さは異常だった。
セイリアを手玉に取ったスピードを思い出して、僕は今さらながらに戦慄する。
「まさか、二年生にあれほどまでの速さの生徒がいるなんて……」
「ううん。速さだけじゃないよ」
そこで当事者たるセイリアは、ゆっくりと首を横に振った。
シギルに刺された胸を押さえるようにして、つぶやく。
「あの時、ボクは武技で攻撃をしようとしてた。だからその時、ボクの身体は気力の鎧に守られてたはずなんだ」
「そういえば……」
スーパーアーマーというのは本来格闘ゲームなどでよく使われる用語で、吹き飛ばしやよろめきなど、主に動作を中断させるような攻撃に対しての耐性を指す。
本来ターン制RPGには縁遠い概念だけれど、複数ターン継続する武技の説明に「技の継続中は集めた気力が鎧となって攻撃を防ぐが、武技による攻撃か、威力の高い攻撃を食らうと体勢が崩れ、技も解除される」という記述があったから、おそらくそこから来たものだろう。
大会において絶対視されるスーパーアーマーだけれど、それが覆る状況があることを、僕はもう知っている。
かつて僕がランドという不良と戦った時、あまりの能力差のせいで、スーパーアーマー越しに吹き飛ばされたことがあった。
――でもそれはつまり、レベル84のセイリアの気力の鎧が無理矢理に剥がされるくらいのとんでもない力が、あの無造作に突き出された剣に込められていたということ。
明らかに、学生レベルのステータスじゃない。
僕もセイリアも、難しい顔をして黙り込む中で、トリシャがどこか腑に落ちた様子で口を開いた。
「でも、おかげで一つ謎が解けたよ。たぶん、あいつは〈スティンガー〉でここまで勝ち抜いてきたんじゃない。武技を使わずに〈スティンガー〉を再現して、それで勝ってきたんだ」
「それじゃあ、あいつは素の状態で普通の人の〈スティンガー〉と同じ速度を出せるってこと?」
否定をしてほしくて口にした言葉だったけれど、トリシャは首を横に振ってはくれなかった。
深刻そうな声で、言葉を続ける。
「二回戦、シギルの〈スティンガー〉に対して〈パリィ〉が失敗して勝負が決まった、って言ったでしょ。混乱させちゃうかもと思って伝えなかったんだけど、その時に見ていた人の中には『〈パリィ〉が当たる直前、〈スティンガー〉の軌道がズレた気がした』って言ってる人もいたんだ。本当に〈スティンガー〉を撃ったならそんなことはありえない。でも……」
「手動で〈スティンガー〉の軌道を模していただけなら、可能性はある?」
トリシャは無言でうなずいた。
謎は解けたものの、だからといってセイリアが負けた事実も、シギルという異様な存在がいまだに大会に居座っていることも、何も変わりがない。
誰もが黙り込んでしまった中で、セイリアがもう一度、ぽつりと口を開いた。
「……あのね。本当に、ボクのことは気にしなくていいんだ」
「セイリア、でも……!」
反射的に反論しようとする僕の唇を、セイリアはその細い指で押さえた。
負けてつらいはずなのに、笑みすら浮かべて僕を優しく諭す。
「そりゃ、ね? 悔しくないって言ったらウソになるよ。父様に認めてもらいたいとか、見返したいって気持ちも本当。……でも、ボクがアルマくんにもらったものは、それよりももっと大切なものだから」
「僕があげたもの、って……」
とっさに思いつかずに言葉に詰まると、そんな僕をセイリアは愛しそうに見つめていた。
「んー。なんて言えばいいのかな。ボクは、君に一言では言えないくらい色んなものをもらったよ。武技とか強さとももちろんそうだけど、自分の居場所とか、楽しい思い出とか、味方になってくれる人がいる嬉しさとか、そ、その、特別な気持ち、とか……」
そう言葉を連ねて、急に恥ずかしくなったらしい。
声量をあげて、早口に言葉をつなげる。
「と、とにかく、ただ大会に優勝することなんかよりもずっと、大事なものをたくさんもらったの! だから、ボクはもう大丈夫! 大丈夫、なんだけど……」
そこで、セイリアの顔が曇った。
「……だからこそ。ボクはアルマくんに優勝トロフィーをあげたかった、んだけどね」
失敗しちゃったよ、と冗談めかして、だけど泣きそうな顔で言うセイリアに、僕の覚悟も決まった。
「……大丈夫。それなら、心配ないよ」
そうだ。
ここまでくればもう、迷っている暇なんてない。
あの規格外にぶつかるには、普通の強さの生徒じゃ無理だ。
だから……。
「――セイリアの仇は、僕がとる。そのついでに、優勝だってしてやるさ」
僕は静かに、誓いを立てた。
無謀だっていうのは分かってる。
セイリアにすらステータスで劣っている僕が、あんな規格外にどこまで食い下がれるかは正直、分からない。
でも……。
それはきっと、準決勝まで勝ち進んだ「四人目の選手」であり、フレデリック先輩と並んで優勝候補とされていたリューシュカ先輩に、誰も想像しない方法で勝った、「僕」にしか出来ないことだから。
……そっと目をつぶると、一回戦を戦った時の記憶が、まざまざとよみがえる。
僕も、最初は自分がここまで勝ち抜けるなんて想像もしてなかった。
だけど……。
(思いついちゃったんだよ、ね)
きっかけは、ボム次郎が暴走して、大爆発が起こりそうになった時。
あの時とっさに一番速い攻撃を、と思って〈火走り〉を撃った時に、気付いてしまったんだ。
――この大会には、必勝法がある!
と。
大体失敗する奴の台詞!!
ということで、ここからが大会の後半戦!
少し時間を戻して、セイリアの熱戦の裏でアルマくんが何をやらかしてたかを明かしていきます!
お楽しみに!