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玉藻の腕の中で眠る赤子は、どこか安らかな顔をしている。
つい赤子を見てしまったが、視線をまた玉藻に合わせて身構える。
『可愛いややごになりおってからに。この子が起きたらどうする、無粋な闘気を収めよ。』
腕の中に収まる赤子に愛おしそうに話しかける玉藻は、まるで神仏の様に見えた。
襲ってくる気配もなく、こちらが身構えることによって赤子が起きる事になったら、その方が恐ろしく感じるので構えを解き佇む。
『童よ、良い心がけじゃ。やっと会うことが叶ったのう、ようやく主を決めたかえ。』
玉藻は赤子に頬ずりしながら、こちらに向かって歩いてくる。
警戒は解いたが、余り歓迎出来るものではない。下手に逃げるのも玉藻の怒りを買いそうで、ビクビクしながら立っていると玉藻が目の前まで来て止まった。
『見てみい、愛らしい顔をしておろう。』
何故さっきまで殺されそうになっていた相手から、赤子の自慢を聞かないといけないんだ。
『ほれ、抱いてみい。決して、この子を落とすで無いぞ。』
赤子など関わったことなどある筈もなく、玉藻に渡されるが収まりが悪いのか赤子がグズりだした。
『大切に抱えんか!起きてもうたではないか。』
玉藻に手伝って貰いつつ、なんとか赤子をだくことが出来た時、目が合った赤子が機嫌良さそうに笑ってきた。
強すぎる霊気のせいで、人は皆俺を恐れて目線が合わない事が常だった。この様に無邪気な笑顔を見たのは、初めてかもしれない。
赤子が笑いながら手を伸ばしてくる様に、頬を流れる感覚で泣いていることを気付く。これが人の温もりなのかと、抱える手に力が入ってしまう。
『お主も難儀な童じゃのう、この子は温かろう。』
玉藻に頭を撫でられながら、涙が止まるのを待った。
涙が止まると、先程のやらかした事を思い出して、恥ずかしさにいたたまれない気持ちになってくる。
『さて、名残惜しがお別れじゃのう。なごう時間起きていた故に、ちと眠うなった。』
このまま何処かに行って眠りにつくというのは、とても良い情報を聞いてしまった。とてもじゃ無いが玉藻を力づくで追い出す事は俺には無理だし、武装してくるだろう師匠達にも荷が重いだろう。
「玉藻殿、では赤子を返そう。」
『何を言っておる、この子はお主と共に行くのじゃ。』
この狐は何を言っているんだ?俺にこの幼子を、どうこうできる筈も無いだろうが!
「何を言っているんだ、俺にどうしろと言うんだ!」
力量差も忘れてつい怒鳴ってしまった事で、腕に抱いた赤子がまたグズりだしてしまった。しかし置いていかれても困るので、なんとか玉藻に赤子を返したい。
『お主はこの子の主になったのじゃ、この子を育て導かねばならんじゃろう。
夢ゆめ忘れるなよ、この子の存在意義を。
そちの導き次第では、吉兆を産むか、破滅を呼ぶか。』
赤子を抱いたまま、玉藻に言われた言葉を考える。
主足るかと問われていたが、この子が話に出ていた神にも等しい存在だというのか。
腕の中に収まる小さな存在が、玉藻が認める神に等しき存在だという事を。
『くれぐれもこの子を、不幸にするでないぞ。妾はこの子の中で眠るが、この子が不幸になる事があれば、直ぐにそちの喉首を噛み切ってやるぞえ。』
笑いつつ恐ろしい事を言い切った玉藻の輪郭が、淡い光の粒に変わっていく。
玉藻の身体全てが光の粒に変わり、流れるように光の本流が赤子の中に全て吸い込まれていく。
そしてその場に、俺と赤子だけが取り残されてしまった。
幼子など本当に関わって来なかったのだから、こんな赤子を押し付けられても世話などみきれるはずもない。
「なんで俺がこんな目にあうんだ!」
洞窟の中に、俺の心からの叫びが寂しく響いていく。
とりあえず師匠に問題が片付いた事を式を飛ばして知らせ、赤子を落とさない様に抱いて山を降りる。
赤子を抱くことも初めての人間に、抱いて山をくだる事は難しく、途中転けそうになりつつ山をくだる。
都から外れた場所に佇む、庭の荒れ果てた屋敷に踏み入る。
手入れをせねばと思いつつ、忙しさを理由に手入れをしてこなかった。
ここに俺は1人で過ごしている、霊力が強い事で親とも関わりが薄いのだ。
師匠に見出されるとすぐに、この屋敷を買い俺を家から追い出した。俺も周りを気にせずに済む、この屋敷を気に入っている。
赤子を布団の上に寝かせ、やっと一息をつくことができた。
赤子はグズることも無く、安らかに眠っている。それに比べ俺は死闘をくぐり抜け、霊力の消費も多く体力も限界が近く、ハッキリ言ってボロボロな状態だというのに…。
とりあえずもう限界だと赤子の横によこになり、明日からの生活はまた明日考えようと思い眠りについた。
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