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うちのクラスにいるツンデレ2人は両想い

作者: 零眠れい

 バレンタイン。

 それは古より伝えられし伝統行事である。

 女性が好きな異性、あるいは知り合いや友人にチョコレートを渡すという、テンプレートにして王道の恋愛行事だ。中学時代はともかく、高校生ともなればウキウキするイベントである。

 まぁ、私は興味ないが。

 別に好きな異性がいなければ、わざわざチョコを渡そうと思えるほどの人物もいない。そもそもお菓子作りは苦手でチョコなんて作れないので、参加しようがないのだ。誰かから貰えたら嬉しいなくらいの行事である。チョコ好きだし。

 ……と、教室内のとある男女を目撃するまでは、そう思っていた。

 よく考えてみて。これ、恋愛行事じゃん。

 日頃から恋愛に親しみのある者からすれば、ビックイベントじゃん。

 ならあの二人、確実に行動を起こすじゃん――!?

 私としたことがどうかしていた。私には関わりないよと冷めた目をしている場合か!? なぜいつものカメラを持ってきてしまったんだ!? こういう時のための高級カメラだろ!?

 だって、恋愛が絡みやすい行事であるなら――あの二人のツンデレっぷりが本領発揮されるってことじゃないか!?

 ――そんなこんなで、バレンタインである今日。

 私は今、気分を落ち着かせて自分の席に座り、口元を隠している。

 なぜって? にやついているのが周囲にバレるから。

 悔いていても仕方がない。今から家に高級カメラを取りに行ったら遅刻確定だからね、ならばせめてあの二人のやり取りをこの目に焼き付けるまでさ。

 何を見ているのかというと――現在教室の中央で声を張り上げている、このクラスの中で最も有名な二人組。

 その二人組を、可愛いなぁ……と思いながら、ふにゃりと眺めていた。


「べ、別にあんたのこと友達程度としか思ってないんだから、これ貰ったくらいで意識しないでよね。作る分量を少し間違えちゃって、でも他の友達にはみんな配っちゃって余ったから、だから仕方なくあげるだけなのよ。勘違いしないでよ!」

「は、はぁ!? チョコ貰ったくらいで何とも思わねーし。ばっかじゃねぇの! 俺もおまえのことクラスメイトくらいにしか思ってねぇけど、まぁ、余ったならしょうがない。捨てるのも勿体ないしな。受け取ってやるよ」


 両者共に顔を真っ赤にしながら視線を合わせず、彼女から彼に渡る四角いチョコレートの箱。


「す、捨てたら承知しないからね。食べ物を粗末にしたらダメなんだから」

「わ、わかってるよ。無駄にするのはよくないからな。どんなに不味くても食ってやるよ」


 それからプイッとそっぽ向くように、二人は左右に離れていった。

 ああ、やっぱり、可愛いなぁ……とても微笑ましい。

 今すぐカメラを構えて写真に収めたいところだけど、こんな公然でやったらさすがにバレる。あー、早く昼休みにならないかなー。



 昼休みになった。二人はチャイムが鳴ると即教室から出ていき、それぞれ別の方向へと早歩きする。

 かくいう私も、絶好のスポットへと駆けた。バラバラになった二人を同時に視界に入れることができ、且つあまり人が通りかからない二階から三階にかけて位置する東階段の踊り場である。ここにある窓を覗くと……右端には体育倉庫裏に佇む彼が、左端には外の階段付近でうろちょろする彼女の姿を同時に捉えることができるのだ。

 そんな人気のない場所にいて不良に目を付けられないか? うちの学校にいるのは空気読める系の不良なので問題ない。

 それよりもと、素早くカメラを構える私。これで如何なるシャッターチャンスも逃しはしない。さぁ、どんなリアクションもどんとこいっ!


「……ふぅ」


 別々の場所にいるというのに、阿吽の呼吸で誰もいないことを確認するように周囲をきょろきょろして、安心したように深く息を吸う二人。そして――

 渡したー!! と分かりやすく喜びその場で跳ねる彼女。

 貰ったー!! と分かりやすく喜びチョコを高々と掲げる彼。

 もーこいつら可愛すぎるだろ!! と連続してシャッター音を鳴らす私。

 (やった! やったー! ついに渡しちゃったよー!)と、彼女からはそんな声が聞こえてきそうな仕草をしていた。対して彼はというと……

 (やべぇな……! マジで貰ったよすげーハラハラした!)ざっとこんなところだろう。

 ふふふふふふ……私も私で笑みが止まらなかった。いつにも増してツンデレっぷりを拝めたのだから。

 ツンデレくんはチョコの箱を丁寧に破き、ごくりと唾を飲み込んで中にあるお菓子を少し齧る。美味しそうな表情を浮かべていた。嬉しそうで何よりだ。

 続いてツンデレちゃんは……おや? 雲行きが怪しい。何やら悩んでいる様子。

 ……ああ、なるほど。そういうことか。意図を察した私は、彼女が立ち去るタイミングで食堂に向かった。昼食をして待っていたら、彼女が私を探しに来るだろう。

 ――十分後。


「あ、いたいた」


 一人でオムライスを頬張る私に、チョコを片手にこちらに歩み寄ってくるツンデレちゃん。やっぱり来たぜ。

 彼女は私の向かいの椅子に座り、チョコを差し出す。


「はい、これ友チョコ。遅くなってごめんね」

「おお、朝に渡されなかったからてっきり忘れられたのかと思ったよ。ありがとう」

「そ、それは……その……」

「ああ、いいっていいって。こうして貰えたし、気にしてないから」


 おそらくというか間違いなく、彼にチョコを渡すことでいっぱいいっぱいになっていたのだろう。それは詰るべきことではない。むしろ大いに賛美するべきことだ。


「それで、何か話したいことがあるように見えるけど、どうしたの?」


 だいたい察しているが、訊いておく。実はこっそり観察していたなど、彼女らには話せない。

 するとツンデレちゃんはもじもじと、目線を泳がせながら答えた。


「その……朝あいつに手作りチョコを渡したんだけど……仕方なく! 仕方なくねっ! 別に他意があったわけじゃないわ!」

「うんうん」


 スプーンでオムライスを口に入れながら頷く私。

 それが見え見えの嘘であることは見抜いていたが、あえて見抜かなかった。どうやらツンデレ二人組は、相手に好意を持っていることを相手だけでなく周りにも知られたくない、と思っているみたいなのだ。もう周知の事実だが。

 そしてツンデレちゃんは、両の指先を絡めながら口にする。


「で、仕方なく渡したんだけど……その、あなたには彼にチョコの味を訊きに行ってほしいのよ」


 やっぱりそのことで悩んでたかー。わざわざ自分で訊きに行くのではなく、私に行ってほしい理由は、おそらく恥ずかしくて怖いからなのだろう。相手が好きな人だから。

 が、試しに訊いてみる。


「君が訊きに行ってはダメなの?」

「それは……! ほ、ほらっ! 作った本人の前では正直な感想って言いにくいじゃない? だからあなたの前なら正直な味の感想を教えてくれるかと思って……」


 むっ。この娘、以前より言い訳能力が高くなってないか? さすがはツンデレ。やりおる。


「……なるほどね。わかった、いいよ。ちょうど食べ終わったし、今から訊きに行ってくるよ」

「ほんと……!?」

「うん。じゃ、後でなんて答えが返ってきたか話に行くから、それまで楽しみに待っててねー。きっと美味しいって返答だろうからー」


 そう言って立ち上がる私に、彼女は素っ頓狂な声を上げた。


「べ、べべ別にそんな返答なんて期待してないんだから!!」

「はいはーい」


 ……さて。

 私の勘が正しければ、たぶん彼は今教室にいる。早速向かうとしよう。




「おやこんな所にいたのかいツンデレくん。探し回ったよ」


 くっ……まさか屋上だったとは。バレンタインなんてビックすぎるイベントのせいで私の予想が外れやすくなっている。


「おまえまた俺のことそんなあだ名で呼びやがって。何度も言ってるだろう、俺はツンデレじゃねぇって」


 ちなみにこれは素で思っている。恥ずかしいとか認められないとかではなく本人たちは自分がツンデレであることに素で気付いていない。

 まぁそれはどうだっていいんだ。


「ごめんごめん、つい癖で。……ところで君、今朝教室でチョコ貰ったよね?」

「!?」


 いやなぜ驚愕に満ちた表情をする。隠れてやっていたつもりだったのだろうか。

 あ、そっか。恋愛絡みの質問をされると警戒されたのか。別に手作りチョコが美味しかったくらいで好意があるかどうかなんてわからないのに。


「あのチョコの感想を聞きたいんだけど、どうだった? 美味しかった?」

「――な、なんでおまえにそんなこと言わないといけないんだよ。なんだっていいだろ!」

「いやーそれがね、あの子からどんな味だったか訊いてきてほしいって頼まれちゃって」

「ぐっ……!?」


 さぁ逃げ場は失くしたぞ。デレろ。今すぐデレろ。我が眼前で大いにちょいデレするがいい――!!

 そんな興奮を抑えに抑えたポーカーフェイスの私に、彼は口調を更に荒げた。


「あ、味なんてもう覚えてねぇーよ! わかんねぇし、俺チョコ苦手だし」


 そして顔を見せたくないのかこちらに背を向け、ぽつりと静かに呟く。


「けど、まぁ……悪くは、なかったんじゃねぇの」


 ……パシャ。


「……ん? 今カメラの音がしなかったか?」


 と、首を傾げて振り返る彼。


「あはは気のせいじゃないかなー」


 いやぁ………………。

 バレンタインって、素晴らしいな!



 その後、彼から「あいつには言うなよ! 絶対に言うなよ!」を連呼されたため、少し捏造して彼女に伝えた。今回彼女はチョコを渡すという偉大なことを成し遂げたのだ。彼の要望だけをまるっきり聞くわけにはいかない。

 彼女に伝えた内容はこう――『屋上に行くとチョコを食べる彼がいて、「悪くねぇな」と独り呟いていた』――これならまぁ完全な嘘ではないし、ポロっと出てきた一言がたまたま私の耳に入ったなら彼も言い訳しやすいだろう。

 どっちか片方に味方するつもりはない。どっちも損してどっちも得するような、そんな関係を維持させたい。天秤はつりあってるくらいがちょうどいいのだ。

 まぁ私はおいしいところ全部かっさらうけどね!

 放課後になって、私は例の踊り場で二人を観察していた。今度は二人とも嬉しがっている。

 眼福眼福ー。こんなに可愛い写真がたくさん撮れてラッキー! まさかバレンタインがここまで美味しい行事だったとは……認識を改める必要があ――


「ちょっと君、何を隠し撮りしているのかね?」

「もーなんだっていいでしょう? 今いいところなんだから邪魔しない……で……」


 カメラを構えたまま振り向けば、そこには大の大人がいた。

 教師である。

 それも生活指導には何かと口うるさい、私の最も苦手とする先生……。


「……」


 即座に私は教師の横をかいくぐり、廊下を全力ダッシュした。


「あ、こらっ! 待ちなさい!」


 待てと言われて待てるか! 捕まったら最後! 確実にこの写真を消される! なぜならすべて隠し撮りだから!!

 私は死に物狂いで校内を走り、階段は当然のように二段飛ばしをした。悔しいが、隙を見て教室にあるカバンを取り家に帰るしかない。今日撮った写真は特別なものだ。絶対に死守する必要がある。

 くっそーー、今まで目を付けられたことなかったのに、まさか教師が来るだなんて。しかもよりにもよってこのタイミングだなんて……!

 あーもう! もっとあの二人のデレっぷりを拝みたかったのにー!! ちくしょー!!

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