地精霊と主神
アースガルズでは数年に一度、アースガルズ中の神々や精霊をヴァーラスキャールヴに集めて開く会議がある
会議と言うよりはアースガルズ中に住まう種族たちが息災であると主神に報告する場だ。
「で、ドヴェルグ代表で呼ばれたのが」
「俺たちかよ」
彼らはドリン、フリンと言う兄弟のドヴェルグであった
細工の技に長けて、主神の槍であるグンニグルや様々な武具を作っているのだ
ちなみに彼ら兄弟はドワーフ族の中でも変わり種であり、他の兄弟たちと違って鍛冶の技術に特化しているわけではない。
どちらかと言えば芸術的なセンスがあり、その腕を生かして武器防具を作るよりも彫刻などの工芸品を作ることを得意としていた。
「親父が腰を痛めちまったせいで、まさか俺たちが呼ばれるとはなぁ……」
「仕方ねぇさ、しかし、主神に挨拶かぁ…」
ドリンもフリンも気が気ではなかった、主神オーディンと言えば嵐と死を司る最高神
ドヴェルグたちの噂では彼はかなり偏屈な性格をしているらしく、一度機嫌を損ねればその場で殺されることも珍しくないという そんな相手に対して種族を代表して挨拶とか考えるだけで胃が痛くなる思いだった……二人はヴァーラスキャールヴの城の門にたどり着き、門番に声をかけた
「長髭のドヴェルグの兄弟のドリンとフリンと申します…この度は主神様に我ら一族の息災をお伝えするために参りました!」
「ふむ?お主らがドヴェルグの代表であるか?わかった、城門を開こう」
ヴァーラスキャールヴの銀の大扉が開く
「オーディン様はヴァーラスキャールヴの奥にあるフリズスキャールヴの間においでだ、くれぐれも失礼の無いようにな?」
「はい!ありがとうございます!!」
こうしてドリンは緊張しながら謁見の間へと向かっていった ------が
迷った、何分、ヴァーラスキャールヴの広さは尋常ではない。
そもそもドリンたちは生まれてから一度もこんな大きな建物に入ったことがないため、自分が今どこにいるのかすらわからない状態なのだ
(どーすんだよこれ!?)
(落ち着け!!とりあえず誰かに道を聞かないと……あっちの方角に行ってみるぞ?)
そう言って二人が歩き出すと呼び止められた
「あら?あなたたち、ドヴェルグの兄弟ではないの?」
ドリンとフリンが振り返ると其処には愛の女神ヘルンが居た
オーディンの娘だ、金色の髪が歩く度に揺れる
二人の元に来ると小柄なドヴェルグたちに目線を合わせる
「ひょっとして、お父様の居るフリズスキャールヴの間に行こうとしてたんじゃないでしょうね?」
図星だったので黙っている二人を見て呆れた顔をした彼女は言った
「もう……しょうがないわね、私が案内してあげる」
そういうわけで彼女に連れられて二人は無事目的地に到着した
「ここよ、フリズスキャールヴの間、お父様は奥に居るわ」
フリンとドリンは固唾を呑む
重々しい扉をヘルンが開ければ、そこには玉座に座っている主神の姿があった その姿を見た瞬間、ドリンは自分の体が震えていることに気付いた 圧倒的な威圧感、これが最高神のオーラなのかと実感する
嵐の色を宿した双眸に、地に届かんばかりの長い髪が風に靡く
「あ、あが…が」
挨拶をせねばならないのに、フリンの舌はうまく回らない だが、そんな弟の様子など気にせず、ドリンは何とか声を振り絞って口を開いた そして、膝をついて頭を下げる それに続いて慌ててフリンも同じように頭を垂れた
しかし、オーディンは何も語らない
(や、やばいぞ、まさか不興を買ったか?!)
焦るドワーフの兄弟の隣を女神ヘルンが通り抜け玉座に座る父の目の前で手を振る
「……やだ、お父様ったら目を開けたまま寝てる!」
ズゴォッ、とドリンとフリンが盛大にずっこけた どうにも緊張感に欠ける親子である…… -----
その後、ようやく目覚めた主神に改めて挨拶をすることが出来た 最初は無表情だったが、やがてその顔に笑みを浮かべてドリンたちを歓迎してくれたようだ ちなみにこの時、ドリンとフリンは主神に対して今まで抱いていたイメージが完全に崩壊した
オーディンはころころと笑う穏やかな性格をしており、偏屈どころかむしろ親しみやすい人柄だったのだ。
ドリンとフリンがドヴェルグの一族を代表して挨拶に来たことを告げれば彼は嬉しそうな声で答えてくれた
「遠い地からはるばるよく来てくれた、私は嬉しいぞ、ドリン殿…しかし、族長殿は?」
「は、はい、父は腰を痛めて動けず…代わりに私たち兄弟が参りました!」
「なるほど、それは残念だ…だが、よく来てくれたな…何ぞ困ったことはないか?ドヴェルグの一族もまた、私の元では等しくかけがえのない我が子同然だ…困ったことがあれば何でも相談に乗ろう…」
その言葉にドリンとフリンは感動で打ち震えた
嵐と死を司る恐ろしい神と聞いていたが、実際はまさかこんなに穏やかで優しい神様だったとは…… ドリンとフリンはオーディンの優しさに触れ、自分たちがいかに愚かであったかを痛感した
しばらくするとドヴェルグのドリンやフリンの他に様々な種族がオーディンの元に息災の報せを持ってやってきた エルフ、ドライアド、ノームといった森に住む妖精たち、ケンタウロスなどの人型に近い亜人たち 他にも獣人や鳥人の長たちも次々とオーディンの元を訪れ、皆一様に感謝の言葉を述べていた オーディンは訪れた者たちの言葉一つ一つに真摯に耳を傾けた
ある者は困り事を相談し、またある者は新しい命を授かったという報告をした
その一つ一つを決して聞きもらすまいとオーディンは全てに真剣に向き合った ドリンはその様子を見て思った
(なんて偉大な方なんだ……)
自分の父や他の神々が崇めている主神はまさしくこの世界の創造主であり、全ての生命の父なのだと…
「はて?何やら向こうが騒がしいな?」ふと気が付くと先程まで笑顔を見せていたはずのオーディンの顔色が変わっていた
視線の先には森の精霊の夫婦が何か探している様子だ
「森の精霊のご夫妻、何かあったのか?」
オーディンが声をかけると彼らは慌ただしく言った
「あぁ、オーディン様、ミュルクヴィスが迷子になってしまいまして…」
ミュルクヴィスはトールが以前に迷子になっていたところを助け
オーディンと共に宵闇の森へ送り届けた森の精の子供である
「もしや、この広いヴァーラスキャールヴの中で迷ったか?この城は無駄に広すぎるからな」
「はい、我々も必死になって探していたのですが見つからず……どうかお力を貸してください」
オーディンは少し考え込むと、ドリンとフリンに声をかける
「ドリン殿、フリン殿、すまないが私と一緒に森の精の子供を探すのを手伝ってくれまいか?」
最高神が自分たちに頼み事など滅多にないことだ 二人は喜んで引き受けることにした ------
その後、ドリンたちは城中を探し回った だが、一向に見つかる気配がない 途方に暮れかけたその時だった ガサガサっと近くの茂みの中から物音がした ドリンたちが警戒して武器を構える
「ま、まさか魔物か?」
「馬鹿野郎!びびるな!例え魔物だったとしても俺たちは誇り高いドヴェルグだ!絶対に負けねぇぞ!!」
だが、次の瞬間、ドリンたちの目の前に現れたものは予想外のものだった
というか魔物の方が遥かにマシだった
片手に血が滴る大槌を持ち、白い戦装束は返り血で汚れ、全身が真っ赤に染まっている
腰にまで伸びた赤い髪は風に揺れ、嵐の色を宿した双眸が静かにドヴェルグの兄弟を見下ろしていた
雷神トール、オーディンの息子にして
三神の長男
最強の戦士が巨人を屠り、帰還するところだったのだ その姿を見た途端、その場にいるフリンもドリンも凍り付いたように動けなくなった
「……どうした、私の顔に何かついているか?」
何かついていると言う騒ぎではない、むしろ何もついていないところがない。
ドヴェルグ兄弟はこの時初めて理解する、自分たちの目の前にいる存在は紛れもなく最強の戦神であることを
トールはドヴェルグの兄弟に視線を合わせる様に屈んだ
「種族を代表して父に息災の挨拶をしに来たのであろう?なぜこの様な場所に?迷ったか?」
屈まれても感じる圧倒的な威圧感を前にドヴェルグのドリンは辛うじて口を開いた だが、言葉にならない。ただ口をパクつかせるだけだ そんな兄弟の様子を見てかトールは不思議そうに首を傾げた
「トール!戻ったか!」
「父上」
オーディンがトールに駆け寄り、彼の手を握った その顔には笑みを浮かべている 先程の穏やかな表情とは打って変わり、まるで息子との再会を心の底から喜んでいるようだ オーディンの様子を見てようやくドリンとフリンも我に帰る
「ただいま戻りました、父上」
「おかえり、トール…また派手に服が汚れておるな…そなた自身に怪我はないか?」
「全て忌々しい巨人どもの返り血です」
「相変わらず無茶をする奴め……さぁ、こちらに来なさい、紹介しよう……これが私の息子のトー……ん?トール、お前の後ろに隠れているのは誰だ?」
オーディンの言葉にドリンとフリンは慌てて振り返るとそこには緑の髪をした小さな森の精の子供が隠れていた
オーディンはその姿を見て喜びの声を上げる
「ミュルクヴィスではないか!森の精霊のご夫妻が心配していたぞ」
「ご、ごめんなひゃい…ぼくお城で迷子になって…歩いていたらトールさまがいて……」
「こんなところに迷い込んでいたのか……仕方のないやつめ、ほら帰るぞ?」
「うん……ごめんなしゃ……うわあああん!!!」
突然泣き出した森の精霊の子供をオーディンは優しく抱き上げた
「よしよし、怖かったな、大丈夫、大丈夫だ」
トールが優しくオーディンの腕に抱かれたミュルクヴィスの頭を撫でる
「全く、お前も森の精の長兄であろう?兄たるものしっかりせんか」
「うっ、ひっく…だ、だいじょうぶ!もうへいきです!お兄ちゃんだから、泣かないよ!」
涙目になりながらも必死で笑顔を作る姿はなんとも健気である その姿を見たオーディンは思わず微笑む
「いや、しっかりした子だ、トールも普段はしっかりしておるが、巨人退治から戻ったら私に目一杯甘えて来るのだぞ?兄弟たちが居る前ではしっかりとしているが、二人きりになるとそれはもう可愛くてたまらんのだぞ?」
「父上!何を言ってるんですか!?」
顔を真っ赤にしてトールが慌てる
「トールさまも、オーディンさまに甘える時があるんですか?」
「あるともさ、私が玉座に座っていれば私に抱きついてな?私の腕の中で安心した様に眠ってな?私が優しく髪や頬を撫でればそれはそれは嬉しそうな顔をして笑うんだ、それが愛おしすぎて私はいつも抱きしめてしまうのだがな?」
「父上!」
「なんだ、恥ずかしがることはないだろう?なにせ、可愛い我が子のことだ、自慢したくなる気持ちはわかるだろう?」
「も…もう…あなたと言う人は…」
トールが照れながら俯いている その様子を見たオーディンは穏やかに微笑みトールの口端に口付ける
「なっ!?」
トールの顔がさらに赤く染まる
「トール、私の愛しい子よ」
そう言うとオーディンは再びトールを抱き寄せた オーディンの行動にトールはさらにあわあわする しかし、嫌ではないらしい。そのまま大人しくしている
その姿を見たドリンは目を丸くする
「主神オーディン様は…その、もっと恐ろしい方だとばかり思っていたのですが……まさかこれほどまでに親馬鹿だったとは……」
ドリンの言葉を聞いてフリンもまた驚きを隠せない様子であった。
嵐と死を司る神、神々を統べし王、そして絶対強者たる戦の神……その様なイメージしか持っていなかった だが、今目の前にいるのはどうだろうか? オーディンの表情はとても穏やかなものだ その表情を見て、二人は思う
(本当に本当に心優しい神なのだなぁ)と そんなことを考えている二人を見てトールが意地悪げに笑う
「お前たち、ひょっとして我が父オーディンのことをかなり偏屈な性格をしている気難しい神だと思っていたのではないか?」
ドリンとフリンはぎくっ、と肩を震わせる 図星を突かれてしまったようだ
その様子を見てオーディンが朗らかに笑う
「はっはっ、私は嵐と死を司る身だ、誤解をされても仕方がない…だが、私は何時いかなる時も他の神族や精霊や人間たちに危害を加えることはないぞ?それこそ天地創造の時からずっとな」
そう言い切ると、ドリンが恐縮しながら頭を下げる
「申し訳ありません……我々は貴方様のような偉大な存在を前にするとどうしても恐れを抱いてしまうものですので……」
「よい、気にしておらぬ…というか、ドヴェルグたちの間では私はどのような噂になっているのだ?」
「えっと……雷を操る冷酷非道の暴君……とかでしょうか?」
「思ったよりも遥かにドヴェルグたちの間では私の評判が悪いではないか!!」
オーディンは思わず声を上げる
トールがため息をつく
「まあ、ドヴェルグはヴァーラスキャールヴより遥か南にある山奥に住む種族ですからね…恐らく噂に尾ひれがついてそのような話になってしまったのでしょう」
「ううむ……これは困った……」
オーディンは顎に手を当てて考え込む、その姿を見ていたミュルクヴィスがオーディンの服を引っ張る
「ぼく覚えてるよ、オーディンさまは迷子になってたぼくをトールさまと一緒にスレイプニルにのせてくれて宵闇の森まで連れていってくれたんだよ!」
ミュルクヴィスの発言にトールは笑う
「そうであったな、迷い泣いていたお前を私が見つけ共に歩いていたら…いつまでも戻らぬ私を心配した父が探しに来てな?それで一緒に森まで行ったのだったな?」
「うん!あの時はありがとうございました!」
元気よくお辞儀をするミュルクヴィスにトールは微笑み頭を撫でる
オーディンは微笑みながらミュルクヴィスに頬擦りをした
「素直でよろしい!良い子だな!」
「あはは!オーディンさまぁ!お髭がくすぐったいですぅ」
じゃれ合う主神と森の精霊の子を見てドリンとフリンは微笑む
すると森の精霊の夫婦がミュルクヴィスを迎えに来た
「ミュルクヴィス!何処に行っていたんだ!心配したんだぞ?」
「ああ、オーディンさま!息子が何か粗相を致しませんでしたか?」
オーディンに深々と礼をする
「いいや、相変わらず礼儀正しい子供だよ。それにとても可愛らしい。」
よしよしと頭を撫でてやればミュルクヴィスは照れくさそうに笑う
オーディンが優しく背を押してやれば森の精霊の夫婦の懐に飛び込み、抱きしめられる その様子を見たオーディンは満足げに笑った
「我が子を愛しいと思う姿は神も精霊も変わらぬな…」
微笑みながら見つめれば、ミュルクヴィスは母が抱くおくるみに包まれた赤ん坊を見ていた
「リースは寝ちゃったの?」
「お前が居なくなってからずっと泣いていたから、泣きつかれて眠ってしまったみたいだ」
「そっかぁ……寂しかったよね」
そう言ってミュルクヴィスが眠る赤子の顔を覗き込めば、赤ん坊が目を覚まして泣き始める
「ふぇぇっ…」
「あっ、起きちゃった!?大丈夫よー、ママはここにいるわよぉ〜」
慌ててあやすもなかなか機嫌を治してくれない そんな様子を見ていたトールがミュルクヴィスの母に話しかける
「貸してみよ」
優しく手を差し伸べられ、母は戸惑いながらも娘を渡す すると、トールは優しくおくるみを抱きあやす様にゆっくりと揺らし始めた
(凄いな……まるで本物の母親のように……)
ドリンは感心する、この神は本当に子供を慈しみ愛しているのだと感じられたからだ、微かで優しいトールの歌声が赤ん坊を眠りに誘う
「おやすみ良い子、明日もきっと笑顔が溢れる素敵な日になる」
眠るリースをトールが優しくあやせば、オーディンが優しく親指で慈しむ様に赤ん坊の頬を撫でる
「安心しきって眠っておるなあ」
トールは優しく微笑み、起こさぬ様に森の精霊の母に赤ん坊を返す
「ま、まさかトールさまにあやして頂けるなんて……恐れ多い……」
恐縮しながら頭を下げる森の精霊の妻にトールは苦笑いを浮かべた
「気にすることは無い、私はただ歌を歌っただけだ」
戦神である前に豊穣と実りを司るトールにとったら、子を思う母の気持ちなど手に取るように分かる だからこそ、トールはこの親子には自然体に接することができるのだ
そして、ミュルクヴィスにもまた同じことが言えるだろう…… 森の精霊たちは改めてオーディンとトールに感謝の言葉を述べて帰っていった
フリンははぁ、と感嘆のため息をつく
「トール様はミョルニルと神の雷で巨人を屠る恐ろしい戦神と伺っておりましたが……あんなにお優しげな方だったとは思いもしませんでした」
オーディンはその言葉に微笑みながら答える
「昔は感情らしい感情を一切表さぬ子であったが、ああ見えて情の深い男だからなあ。今は随分と変わったものだ」
「え?そうなんですか?」
ドリンの問いにオーディンは深くうなずく
「私の血から始まりに生まれたからか感情が酷く希薄で己の痛みに鈍感で泣きも笑いも怒りもしなかったのだ…時間が経つごとに、痛みとは何か、悲しみとは何か、喜びとは何かを少しずつ理解していった」
「そ、そうだったのですか…」
「いざ、感情が芽吹けば何と強くも優しい心が宝石の原石を磨き上げるかのように育っていった……」
オーディンは懐かしそうに遠くを見つめた
「私の愛しさも、優しさも全てあの子が教えてくれたのだ……」
その表情はとても穏やかであった
「……もしも、私が何かと引き換えにしても守りたいものがあるとすればそれは間違いなく、トールだと言えるだろう」
オーディンはそう言って笑う、聞こえていたのかトールが応えた
「俺が自分の命と引き換えにしても守りたいものがあるとすれば、それはあなたです、オーディンよ」
「トール……」
「あなたが愛するものを、私が守ることができるなら、私はそれを幸せと呼ぶのです」
ドリンとフリンは2人のやり取りを見て微笑んだ トールがオーディンを敬愛していることは知っていたが、これほどまでに深い愛情がある事に驚いた
「さて、そろそろ城に戻らねば…挨拶の途中であったな、皆待っておるぞ」
「はい!」
ドリンとフリンは元気よく返事をした 城に戻るとすでに宴の準備ができており、大広間には大きなテーブルが置かれ、その上には様々な料理が置かれていた 席に着くとすぐに乾杯が行われ、賑やかな食事が始まった ドリンとフリンは早速目の前に置かれた肉や魚、野菜などをふんだんに使ったスープを一口飲んでみる
「美味いっ!!こんな旨味のある食べ物は初めて食べた!!」
「本当ですね!今まで食べてきたどの食材を使ってもこの味わい深さはできないな」
2人が興奮気味に騒ぐ中、周りにいた者たちも同じ感想を抱いていた
オーディンはそんな様子を大広間の最奥にある玉座から眺めていた 隣にはトールがいる、トールは静かにワインを嗜んでいた
オーディンもまた同様に水晶の盃に入った葡萄酒を楽しんでいた
「他の種族の皆、息災で何よりだ、次の年にまた皆が集まってくれると嬉しく思う」
トールはドリンとフリンに声をかけた
「時にドリン、フリン、お前たちもドヴェルグの戦士なのであろう?いつか機会があれば私と手合わせ願いたいのだがどうかな?」
トールからの申し出にドリンは驚く
「えっ!?わ、我々で良ければ喜んでお相手致しますが、トール様のお手を煩わせるわけにもいきませんし、それに我々はまだまだ未熟者ゆえ、トール様にご満足頂けるような戦いができるかどうか…」
あたふたするドリンにトールはにやりと笑う
「ならば私と互角に渡り合えるくらいに強くなれば良いだけの話ではないか、私が直々に鍛えてやる故楽しみにしていると良い」
(あ、これは逃げられない奴だ)
ドリンは直感的に悟った
「では、その時を心待ちにしております」
「うむ」
トールは機嫌良く笑った すると今度はオーディンが声をかける
「ドリン、フリン、私の息子がすまない…戦神の性かどうにも好敵手が欲しいようで困ったものだよ」
「いえ、トール様との鍛錬は我らにとっても良い経験になりましょう、是非ともお願いしたいものでございます」
オーディンはその言葉を聞いて目を細める
「ありがとう」
オーディンの眼差しは本当に嵐と死を司る神とは思えないほど優しさと慈愛に満ち溢れていた ドリンとフリンは改めてこの親子がとても優しく温かい人たちなのだと感じた
オーディンが再び盃に口を付けようとすると不意に盃が弾かれ、首元に冷たい感触がした
「油断大敵だぜぇ?オーディン」
ふわふわと逆さまに浮いた男がおどけたように言った その男は全身が黒く、まるで影のような男だった オーディンは苦笑いを浮かべながら言う 【ロキか】
オーディンの言葉に周りの種族はざわめく
「宴の席で主神である私に刃物を突き付けるなど穏やかではないな」
「ん~?もう少し慌てるか焦るかと思ったんだけどねぇ?」
そう言って黒き者はケラケラと笑い出した、オーディンはその様子を見つめる
「相変わらず悪ふざけが好きな奴だな……だが今宵の悪戯は些か度を過ぎているのではないかな、ロキ」
オーディンがそう告げた瞬間
トールがミョルニルを横に振り抜くと黒い者の姿が一瞬にして消えた そして次の瞬間にはいつの間にか玉座の後ろの壁際に浮いていた
トールの目に怒りが燃える
「ロキ、貴様…主神に刃を向けるとはどういう了見だ」
トールの怒りを孕んだ視線を受けてもなお、その者は不敵に笑う
「おぉ怖い、そんな怒らないでくれよトールちゃん」
オーディン以外の者たちが一斉に武器を構えるがオーディンが手で優しく遮った
「さて、ロキよ…今宵は数多の種族が私に息災を伝えに来てくれた大切な宴の場でこのような無粋な真似……よほど私を怒らせたい様だな」
オーディンは静かに立ち上がるとロキを睨みつけた、他の神々が恐怖で動けなくなるほどの威圧を放つ
さすがのロキもあまりの迫力に冷や汗を流す しかしそれでも尚ヘラっと笑って見せた トールはドリンとフリンを守るように立ち、2人は緊張しながらもいつでも攻撃できるように身構える
だが、その必要はなかった
主神の怒りの声に勝る武器はなかった
「失せろ、ロキ」
ただ一言発せられただけで大広間全体が大きく揺れた
ロキは流石にまずいと思い、その場から姿を消した オーディンの放つ圧倒的なまでの力にその場に居たものたちはただ呆然とするしかなかった オーディンは再び玉座へと腰を下ろし、先程までと同じように葡萄酒を飲み始めた
「父上…!」
トールにだけはわかっていた、あれだけの迫力で放たれた殺気は間違いなく本物であったと、トールはオーディンの前に膝をつく オーディンはトールを見ずに静かに呟く
「トール、私は大丈夫だから心配はいらぬ、それに……お前が本気で戦えばここに集まった者たちの身が危ない、私のために怒ってくれるのはとても嬉しいが、どうか矛を収めてくれないか」
トールは何も言わず頭を下げたまま動かなかった 他のものたちもオーディンの言葉を聞き、トールの行動を見てそれぞれ武器を収めた オーディンはトールに顔を上げさせると優しい声で言った
「そんな怖い顔をするでない、私はお前が笑った顔が好きだぞ」
その言葉にトールの顔から力が抜ける玉座に座る父に抱きつけば赤く長い髪から漂う甘い香りに包まれた
「申し訳ありません、我が父の寛大なる御心に感謝致します」
トールはオーディンに甘える様に頭を擦り付けた オーディンはトールの髪を撫でながら言う
「構わぬ、私こそすまなかった、まさかあの者があの様な事をするとは思わなかったのだ……」
ロキはタチの悪い悪戯者で忘れた頃にとんでもない事を仕掛けてくる困った神だったのだが、今回は明らかにやり過ぎていた
「父上…いずれあいつは父上に仇を為すかもしれません……その時は私が必ず仕留めます」
オーディンは少し驚いたような表情を見せた後、嬉しそうに微笑む
「頼もしいな」
オーディンはトールの頬に手を添えて優しく口づけをした 周りにいたものは皆一様に驚いていたが、オーディンが唇を離すとトールの顔は面白いほどに真っ赤に染まった それを見た周りのものも思わず笑ってしまう
「ち、父上ぇっ…!な、何も こんな所で……!!」
オーディンはクスリと笑うと再び立ち上がる
「では改めて……今宵はよく集まってくれた、この場にいる者全てが私の大切な家族である、故に今日という日を忘れる事なく今後も健やかに過ごして欲しい、そして願わくば……これからも私と共に歩んで欲しい……乾杯しようか」
そう言ってオーディンが盃を掲げると周りの者たちもそれに続く
【我らが偉大なる創造神に……】
オーディンは小さく口元を緩めると一気に葡萄酒を煽る トールが盃を掲げれば
ドリンとフリンも慌てて盃を掲げたあと一息に飲み干した その様子を見たオーディンが満足気に笑い、他の者もそれぞれのペースで飲んでいく こうして夜は更けていった 翌朝、フリンとドリンはドヴェルグの里へ帰る支度をしていた
「なんだか…夢みたいな1日だったなあ」
「ああ、そうだな……でも本当に良かったのか?俺たちだけ先に帰って」
「うん、いいんだ、だって……トール様が言ってたじゃないか」
「え?」
「また遊びに来てくれって」
「……確かに、言われてみれば……そうなのか」
2人は荷物をまとめて城門から出ようとすると兵士が呼び止める
「ドヴェルグの兄弟だな?帰る前に少し待てお前たちを見送りたいとオーディン様が仰っている」
「え?へ?!」
兵士が退くと其処にはオーディンとトールが立っていた
「寂しいではないか、挨拶もなしに行ってしまうのか?」
トールが片目を瞑りながら悪戯っぽく言えばドリンとフリンは顔を赤くして俯いた
「いえ、我々はドヴェルグの長の子とは言え!た、たかだか一介のドワーフにございますゆえ、その様な恐れ多い事は……」
「ふむ、だが昨晩は共に酌を交わした仲であろう、遠慮はいらぬ」
「はわわわ!」
トールはまるで古くからの親友にそうする様にドリンとフリンの肩に腕を回すと2人は慌てる オーディンはそんな様子を楽しげに見つめていた
「トールは随分とそなたたちを気に入ったようだ……どうだろう、そなたたちが良いならトールの友となっては貰えぬか?これが此処まで他者に懐くのは珍しい事でなぁ」
ドリンとフリンは互いに目配せると恥ずかしげながらも答えを出した 【はい、私たちなどで宜しければ光栄至極でありますれば】
オーディンはそれを聞くと満足気に何度も頷いた
「うむうむ、お前たちが良いなら暇な時にヴァーラスキャールヴに来ると良い、トールは巨人討伐意外では殆ど外に出ない上…私や兄弟たち以外の神々はトールの名を聞くだけで震え上がる始末でな、話し相手になってくれると助かる」
「は、はい!必ず参ります!!」
「楽しみにしております」
オーディンは嬉しさを隠しきれずに微笑みを浮かべるドリンとフリンの頭を撫でた
「では、気をつけて帰りなさい」
オーディンは優しく微笑んで頷いた
「次は俺の方からドヴェルグの里へ行こう、是非とも歓迎して欲しい」
トールは二人と握手をして笑った
【はい!!】
オーディンは手を振って見送ると城へと戻っていく それを見ていたロキは面白くなさそうに舌打ちをした
「ちっ……あの野郎め……」
オーディンは振り向かずに呟いた
「まだ何か企んでおるのか?ロキ」
ぞわりと辺りに凄まじい殺気が満ち溢れる、ロキはその殺気に思わず身震いし冷や汗を流す オーディンはゆっくりと振り返ると冷たい視線を向けたまま口を開く それはまさに絶対零度の眼差しであった 「余計なことをするでない……さもなくば……」
言葉こそ穏やかであったが声音は酷く冷たかった ロキは舌打ちし姿を消すようにその場を去った
「逃がすか!!!」
トールがミョルニルを手に追おうとするが、オーディンがそれを止める
「放っておけ、あやつ一人で出来ることなど高が知れている」
「しかし!」
「構わぬ…いずれ時がくれば……そんな時など永遠に来なければ良いのだがな」
オーディンの言葉には深い憂慮が込められていた トールが心配そうに声をかけた
「父上…」
「…ああ、そうだトール、もしドヴェルグの里へ行く時は私も連れて行ってはくれぬか?ドヴェルグたちの間では私は雷を操る冷酷非道の暴君などと呼ばれ……いや、本当にどうしてそのような噂が流れたのか……」
「思うに噂に尾ひれがついて、偏狭にいるドワーフたちに伝わったのではないかと……」
「全く困ったものよ…」
とほほ、とオーディンはため息をつく
トールはくすりと小さく笑う
「では、今度は誤解を解くためにドワーフの里へ赴きましょう」
「おお、それもまた一興だな」
2人は笑い合うと城の中に入っていった その後ろ姿をドリンとフリンは見えなくなるまでずっと眺めていた
「またいつか会えるだろうか?」
「きっと大丈夫さ、だってトール様が俺たちを友だって言ってくれたんだ」
ドリンとフリンは互いに笑い合った。




