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感謝の花と神の影

招いたのだが…教会の中は酷い有り様だった

真ん中にある主神の像は埃まみれになっており、天井には蜘蛛の巣が出来ている始末である


「うわぁああっ!!これはひでェなァ!?お前さんよく今まで掃除しなかったなァ!?」

「うるさい!私だってちゃんとやってたさ…一月に五回くらい」

「全然足りてねェじゃねェかァ!!」


自堕落神父に侍が怒鳴り声をあげる

聖職者がすたすたと神父に歩みより、後ろから神父の胴を両手でガッチリと掴み自らが後方に反り返る勢いを利用しつつ持ち上げそのまま神父を床に叩きつけた


「ぐぇっ!?」

「お前!何がオーディン神の敬虔な信徒だ!肝心の主神の像が埃だらけじゃないか!それにこの有様は何だ!蜘蛛が巣を張ったままじゃないか!」


神父を床に押さえつけながら説教する聖職者

それを素通りして薬師が主神の像を拭う様に羽織の袖で磨いている


「酷い有り様だな、おい…聖職者なんか小さい主神の像を小さな祭壇に置いてるが葡萄酒を供える前にそりゃあもう丁寧に毎日欠かさずぴかぴかに磨き上げてるのに……」


侍が埃まみれのオーディンの像の前に立つ


「こりゃァ…うん、一回、主神様から雷を落とされた方が良いかもなァ……」


侍が冗談めかしにぼやいてから後ろを振り返ると聖職者が遠雷の槍の奇跡を唱え

掌にバチバチと紫電を走らせていた


「待て待て待て!主神が雷を降らせる前にお前が雷を降らせてどーすんだよ!」

「落ち着きなってェ!聖職者ァッ!わぁっ!凄いねェ?!今にも頭の血管がブチキレそうだァッ!」


聖職者の堪忍袋の尾が既に限界を迎えつつあると悟り、全力で薬師と侍が聖職者を宥めれば怒りが静まったのか聖職者の掌から雷の槍がふっ、と消えた


「……全く…とりあえず……夜が来るまで主神の像を掃除するぞ」


聖職者の言葉に神父がうげっ、と顔をしかめた


「掃除をするのか……まったくなんだって私が……」

「今度は憤怒の雷霆を貴様の頭上に撃ち込んでやろうか?遠雷の槍を超えるほどの威力だが?」

「わぁあああっ!!分かった!!分かりました!!やります!!掃除します!!」


聖職者の余りの迫力に神父は涙目になりながら承諾した

その後、四人は教会内の清掃を始めた


「主神さまよォ、吾の女神さまの父よ、ぴっかぴかにしてあげるからねェ?」


侍は埃まみれのオーディンの像を清める様に布で磨く、その隣で聖職者もまるで傷付いた体を労る様に像を優しく撫でる様に磨いていた


「父なる神よ、我らの父よ」


三人はそれぞれ祈りを捧げながら作業をしていた


「よし、綺麗になったな」


満足そうに頷く聖職者の傍で頭に大量のたんこぶを作った神父がしくしく泣いていた


「お前さんよォ、頭どうしたんだィ?聖職者にやられたかァ?」

「ち、ちがう…そっちの薬師に…」

半泣きになりながら神父は答える


「んァ?薬師が?珍しいねェ?滅多にキレたりしねえのに?」

「さっきこいつの部屋もついでに掃除しようと思って中に入ったんだよ!そしたらまあ!酒瓶は転がってるわ!ゴミ溜めみたいになってるわ!!これが神職に就く者のする事か!?」


「あー、よしよし…とりあえず落ち着きなよォ?つか、あんた何だって神父やってんのにこんな自堕落なんだィ?」


侍が気になった様で神父に尋ねる


「いや…もともと父親から教会を受け継いでそのまま居着いてたらいつの間にかこうなっててな……」

「ああ、成程なァ?つまり、端から主神への祈りを唱えたり死者を慰めたりなんて芸当は出来てなかった訳だァ?」

「ぐっ……」


図星を突かれたのか神父の言葉が詰まる、ふと神父が見ると聖職者がオーディンの像の前に跪き祈りを捧げていた


月明かりが彼の銀色の髪を優しく照らし、その姿はとても美しく見えた


「……お前も祈ったらどうだ……主神もお喜びになるはずだ」


聖職者がルビーの様な瞳で神父を見て微笑むと彼は少し照れたように頭を掻いた


「あ、いや…でも…ろくに祈りの言葉も言えない様な奴に祈られたって…主神も迷惑だろう……」

「そんな事は無いと思うぞ、主神はあらゆる者の父だ、我が子に声をかけて貰えたら喜ぶ筈だ」


聖職者の言葉を聞き神父が目を丸くして驚いた表情を浮かべた後

躊躇いがちに主神の像の前に跪きぎこちなく手を組んだ


「あ、あの……主神さま……私はあまり信仰心が強くありませんが……これから主神さまの為に日々精進致します……ですからどうか、よろしくお願い申し上げます……」


ぎこちないが、それでも主神を敬っている気持ちは伝わったのか、主神の像は優しい笑みを神父に向けたような気がした

そんなことをしていると夜になった

外の墓地からガタガタと音が聞こえてきた為

三人は慌てて外に出ると墓地の棺から次々にゾンビ達が這い出て来たのだ


「おいおい!まさか本当にアンデッド共が出てくるとか!」


薬師が短刀を抜いて構える、が、聖職者が制止する


「死んでる奴を切っても意味が無いぞ」


死体たちは襲いかかる素振りがなかった、ただただ皆、苦しそうに悲しそうに呻きながら歩いていただけだった


「ああ…慰める祈りをしてもらえてねェから苦しくて仕方ないんだねェ…」


侍が呟く様に言うと、聖職者が両手を組み祈る仕草をした


「我が父よ、我らが父よ、祈りをどうかお聞き届けください……死したる者の父、慈悲深き死を……眠れぬ者たちに安らかな眠りをお与え下さい……我が父なるオーディンの名の下に」


すると不思議な事に死者達は静かになる

しばし、こちらを見ていたかと思いきや皆が次々と自分が眠っていた墓へ戻って行った


「……これでもう大丈夫だと思うぞ」


最後の死者が墓に入る前にこちらを向いた

腐敗は余り見られない、おそらく遺族にしっかりと弔われたのであろう事が伺える

軽く会釈をする様な仕草をしてから棺の中へと消えて行った


「オーディンは死を司る神でもあるから、こうして祈ることでこんな風に迷える魂を冥府に送る事が出来るんだ」


「成程なァ…だから、死したる者たちの父かァ…」

「他にも異名はたくさんあるがな」


墓に戻って行ったのを見届けて、ほっとしているとボコッと土から手が出てきた


「ぎゃぁっ!聖職者ぁっ!まだいた!早く何とかしてくれぇっ!!」

「ああ、分かった、今行く」


薬師の叫びに、聖職者が急いで駆け寄る

土から出てきた手は、何かを握っており仕草からしてどうやら聖職者に何かを渡したいようだった

聖職者が駆け寄るとその手に握られていたのは……


「花?」


青白い手が聖職者に渡したのはピンク色の一輪の薔薇の花だった

青白い手は聖職者にそれを渡した後

親指をグッと立てて見せてからまた地中に潜って行ってしまった


「何だ?今の?」


薬師が顔を真っ青にして青白い手が埋まって行った地面を指差す

聖職者の手には一輪のピンク色の薔薇だけが残されていた


「……感謝、か」


ピンク色の薔薇の花言葉は「感謝」「幸福」

恐らくあの死者の手は聖職者に助けて貰った事を感謝していたのだ

ふと聖職者が振り向くと件の神父が申し訳なさそうに一つ一つの墓の前に跪いては祈るように手を組んでいた


「おやァ?酒かっ食らってへべれけになって、言うほど信仰心は強く無さそうだと思ってたけどなァ?」

「う…む…いや、聖職者が死者たちに真摯に向き合い、魂を救おうと祈りの言葉を捧げている姿を見ているうちに、私も、祈ろうと思ったんだ」


頭をかいてから、ぽつりと呟く


「今さら神にどの面を下げて信徒として振舞えば良いのか分からない……せめてもの罪滅ぼしになればいいな……と…」


どうやら心の底から反省している様で

彼の表情からは嘘偽りを感じられなかった

聖職者が肩を竦める 


「罪も何も、オーディンは全ての命の父だぞ?お前を罪人だと断じたりしないし、そもそも間違いを犯すことだって人間ならば誰しもある事だろう?」


神父の肩を手で軽く叩いて微笑む


「罪を罪と認めて、間違いを間違いと認めて、悔い改める事が出来たなら、それはきっと神の赦しに繋がると思うぞ」

「……ありがとう」


憑き物が取れた様に神父の顔は晴れていた、笑顔で立ち上がりふと墓地の片隅に大きな影を見た

薄く儚い人影だが、地まで届くほど長い白銀の髪を伸ばした陰鬱な美しさを湛えた老齢の男が佇んでいた

亡霊ではないだろう、かと言って人ではない

余りにも神々し過ぎた

「あ…!」


神父が戦く、人影は嵐の双眸を和らげて穏やかに微笑む


「まさか…」


聖職者が慌てて跪き、頭を垂れる

老人は聖職者たちを見て穏やかに笑うとすぅっ、と溶け込む様に消えてしまった

神父はその姿を目にして震えていた感動と畏れと崇敬の念が入り混じる複雑な感情に支配され、涙すら浮かんでいる


「……ああ……ああっ!なんという……!」


侍はそんな神父の様子を見ながら苦笑する


「まぁ、確かにオーディン神の姿を見る機会なんて滅多に無いから、驚くのは無理も無いがねェ?」


侍もまた自分が仕える愛の女神の父へと敬意を示すために膝をつく


「主神よ、慈悲深き女神の父よ」


虚無から世界を創り、全ての命を産み出したとされる創造の神

景色に溶け込む様に消えた主神の声が、すっかり酔いの醒めた神父の耳に確かに届く


《…どうかこれからも時々で良いから思い出して欲しい》


「はいっ!必ず!!」


神父は涙を流しながら力強く答えた

声はとてもとても嬉しそうな響きで言った


《ありがとう》


「…我らが父よ」


聖職者が呟いた言葉は、まるで祈りの様に響いていた


「さーて、そんじゃァ、もう帰るかねェ?」


侍がうーんと朝日を見ながら背伸びをする

聖職者と薬師もそれにつられて空を見上げると日は既に高く昇っていた


「そうだな、ギルドに死者たちもみんな無事に大人しくなったって報告しねえとなあ…おい、神父!もう酒にまみれて祈りを怠る様な真似だけはしてくれるなよ?」


薬師が人差し指で神父の額を小突くと神父は痛そうに顔をしかめながらも素直に頷いた


「二度と…私の様な者の元に来てくださった主神の恩を仇で返すような事は致しません……」


「それでいい…きっと、きっと喜んでくれるだろう」


神父の目には先程まで酔っぱらいぐだを巻いていた人物とは思えないほど真剣な光が宿っていた

歩く死体騒ぎは無くなり、墓地は静寂と平穏を取り戻した


「さて、それじゃあ帰ろうかねェ?」

「祈りを欠かすなよ、主神に恥じぬ行いをしろ」

「はい」


聖職者の言葉に強く返事をして神父は胸に手を当て、恭しく礼をした


「皆様方……またいずれ……」


神父は墓地の奥へ歩み出す

聖職者はその背中を少し誇らしげな顔で見送った

その背後から「おう!」と侍が声を掛けると神父は驚いたように振り返ると侍が手を筒の様にして口に当てて叫んだ


「もう酒瓶転がしまくってべろべろになって管撒いたりすんなよォ!?」

「わ、分かってますとも!は、恥ずかしいので、ど、ど、どうかお止めください……」


神父の顔は真っ赤だった


「かっかっかぁ!あの様子ならもう大丈夫そうだねェ?」

「侍…お前ってたまに意地悪だな……」


聖職者はやれやれと言った様子だったが、どこかほっとした表情をしていた。

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