宴の終わりと新しい夜明け
「さて、死者たちの宴もそろそろお開きにしようではないか」
オーディンは死者たちに向かい合う
「宴が終わる前に私からもそなたたちに一つ慰めを贈ろう、迷える死者たちよ、答えを急いで出さずとも良い、傷付いた魂を引きずったまま彷徨わずとも良い、そなたたちの痛みや悲痛が癒えるまで、そなたたちが答えを見いだすまで私はずっとそなたたちの傍にいよう、いつでも、いつまでも傍にいる
私はそなたたちの父なのだ、そなたたちは私の大切な子供たちなのだ、どうか恐れずに自分の心の赴くままに在るが良い……私はいつだってそなたたちを見守り続けている……」
オーディンの声はとてもとても優しかった
「さあ、次の宴の時まで眠るが良い、赤茶けた雄鳥が鳴き、再びこの宴が始まればまた会おう」
そう言うと死者たちは一人、一人、と瞼を閉じてすぅっと消えてゆく
次の宴の時には再び皆が集まってくるのだろうか?
オーディンは息をつき子供たちを労う
「何人かは再び生を受けるために輪廻の輪へと還っていった……寂しいことだが仕方のない事だ……」
「迷いが晴れた者もいましたが……中には未だ苦しんでいる者もいるのですね……」
「そうだな……しかし、いつか必ず救われるであろう…その時が来るまで……いや、その時が来てもずっと私は見守っている……たとえどんな道を生きようと……それが親というものであろう……」
生きとし生ける全ての父、オーディン 彼の言葉は優しく力強く……そして温かい。
「さて、ヴァーラスキャールヴに帰るか」
一歩足を踏み出そうとするがふらりと体がよろめく、ロキに一閃喰らわせた時の緊張が宴が終わり安心したことで一気に押し寄せてきたらしい
「「父上!」」
トールとグリームニルが慌てて駆け寄るとオーディンの体を支える
「大丈夫だ、少し疲れが出ただけだ」
グリンカムビがトコトコと歩み寄り心配そうに翼をパタパタさせる
「オーディンさま、顔色が良くないです」
「大したことはない…少し…」
「お父様!そんな真っ青な顔で大丈夫だなんて言われても説得力ないわ!お父様はいつもそうじゃない!私たちのことばっかり心配して自分は平気だとか言って!」
ヘルンが珍しく声を上げる
「ヘルン……」
「何にも平気じゃないくせに!一番辛い時に一人で抱え込んで!私たちは家族なんでしょう!?︎もっと頼ってくれてもいいんじゃないの!」
頬を膨らませ、まるで幼子に説教をする母の様にヘルンはまくし立てる
「そうですよ、あなたは本当に昔から何も変わっていませんな父上」
グリームニルがオーディンの背中を撫でる
「我々はあなたの血から生まれた子です、子が親を心配するのは当然ではありませんか…あなたは最高神の責任から全て背負い込もうとする節がある、我々にもその重荷を分けて欲しいのです」
貴方は全知ではあるが全能ではない、その事を自覚して欲しいと二人は願う
「そうか……すまなかったな……」
オーディンは己がしっかりせねばと傲慢になっていたことを恥じた、こんなにも我が子たちは成長していたのだ
ふわりと体が浮き上がる、筋骨逞しい腕がオーディンを抱き上げる
「さあ、帰りましょう父上」
トールの腕が愛する様にオーディンを抱く、その表情には父を心配する息子の憂慮が浮かんでいた オーディンは苦笑するとトールの首元に手を回した
「ふむ……たまにはこうして抱かれるというのも悪くはないものだな」
オーディンは照れくさそうにする
「忘れないでください父上、私はいつも貴方を想っているということを、貴方と共に生を受けた瞬間から、私はずっと貴方を愛していますよ」
「ああ、私も同じ気持ちだ、我が子よ」
オーディンの長い髭をヘルンが優しく引っ張りながら微笑みかける
「お父様、私もよ?だからもう無理しないって約束してくれる?」
「はっはっ、わかった、約束しよう愛しい娘よ」
「なら良いわ♪」
オーディンの顔色はまだ悪い、しかしどこか安堵した様な穏やかな顔をしている
トールの足元にグリンカムビがトコトコとやってきてぴょんと飛び上がり横抱きにされたオーディンの腹に羽ばたきながらゆっくりと着地する
「オーディンさま、私もいます、ただの鶏ですけれど私もオーディンさまを大切に思っております…だから、だからどうかご自分を大切になさってくださいませ…」
オーディンはその小さな頭を優しく撫でる
「ありがとう、グリンカムビ、そなたもまた私にとって大切な存在だよ、これから先ずっと」
「はい!」と元気よく返事をしたグリンカムビにオーディンは顔の近くに来る様に促す
そしてその小さな額に口づけを落とした
「こ、けこ、コケー、か、体が熱くて丸焼き鳥になってしまいそうですー!!」
オーディンは明るい声で広間に響き渡る様な笑い声を上げた
グリンカムビは照れてしまいオーディンの腹の上で羽毛を丸めまるで茹でられたエビの様な形になっている
トールの背中にはメラメラと何かが燃えていた、面白いくらいの嫉妬心である
「羨ましい…」
雷鳴が轟く前の様な低い低い呟きにオーディンは目を丸くする
「兄上、だから、鶏と張り合ってどうするんですか!」
グリームニルが呆れたようにため息をつく
オーディンはますます明るい声で笑うのであった
「さて、では帰るとするかな」
オーディンはトールに抱えられヴァルハラの館を後にして
グリンカムビは主神と三神の後ろ姿を見送りつつその姿が見えなくなるまで見送った
そして日が登る空に向かってアースガルズに響き渡る様な大きな鳴き声を上げるのだった
それは赤茶けた雄鶏が世界に夜明けが来たことを告げる声
また新しい日々の始まりを告げるものだった。




