森の精の家族と神の親子
さて、宵闇の森では戻らぬ我が子を案じる父と母が必死に我が子を探していた
魔物に襲われたのではないか
巨人に襲われたのではないか
「ミュルクヴィズーッ!」
「坊や!どこに居るの!」
そう叫びながら森の中を探し回る両親の姿があった
「ああ!あなた…ひょっとしたら…」
「バカを言うな!あの子のことだ!どこかに隠れてふざけているだけさ!」
父はそう叫んで悔し紛れに空を仰いだ
仰いだ時に森の精霊は見た
星屑を縫う様に駆ける美しい馬と
それに股がる我が子の姿と、我が子を守る様に抱く、主神と、主神の息子を
スレイプニルは静かに降り立ち
オーディンは腕にミュルクヴィズを抱いて馬から降りた
「さあ、着いたぞ」
「おとうさん!おかあさん!」
下に降ろしてやればミュルクヴィズは父と母の元へ駆けていく
「おお!ミュルクヴィズ!しょうのない坊主め!無事だったのか!今までどこに行ってたんだ!」
「私たちの可愛い坊や!よかった!本当に心配したんだからね!?」
両親は泣きじゃくりながら我が子を抱き締めた、ミュルクヴィズも両親の胸の中でわんわん泣いていた
「ごめんなさい、ぼく、ちょっと迷子になっちゃって」
「もういいよ、お前が無事で良かった」
「えへへ、ありがとう、お父さんお母さん」
そんな微笑ましい親子の姿を愛しげに目を細め眺めているオーディンの傍らにトールが寄り添う様に立った
そうしてミュルクヴィズの両親は、信じられない様な思いでオーディンとトールにこれ以上ないほど深く深く頭を下げる
まさか迷子になった我が子を助けてくれたのがアースガルズの主神とその息子とはゆめにも思わなかったろう
「オーディンさま、トールさま、この度はうちの子をお助けいただきまして誠に有難うございます」
「まさか、ミュルクヴィズを助けてくださったのがオーディンさまとトールさまだとは…、息子共々なんとお礼を申し上げてよいものやら……」
そう言って何度も頭を下げてくる両親に
オーディンは笑って手を振る
「良い、頭を上げよ、我等は当然のことをしたまでだ、それに礼を言わねばならぬのは私たちの方だ」
その言葉に森の精霊の夫婦は酷く驚いた
神々の王が森の精霊に礼を?
「いえ、滅相もない!オーディンさまやトールさまにお礼など言われることなど何もしておりません!」
「私たちの可愛い息子を救って頂いて感謝の言葉しかありませんわ!」
慌てる二人にオーディンは優しく笑う
「ミュルクヴィズは私の息子と仲良くしてくれたのだ、こんな筋骨隆々とした大男に臆せずに話しかけてくれてな、嬉しかったぞ、だから礼を言いたいのはこちらの方なのだ」
オーディンがそう言うと
トールが恥ずかしさに顔を真っ赤にして叫ぶ
「ち、父上!!!」
オーディンは笑い声を上げて息子の頭を撫でる
「全く……貴方という人は……」
呆れたようにため息をつくトールにオーディンはもう一度優しく笑った
「さて、そろそろ帰ろうか、あまり遅くなると皆が心配するだろう」
「ミュルクヴィズ、また宵闇の森に父上と共に来よう」
トールは優しくミュルクヴィズの頭を撫でた
「うん!ぜったい来てね!やくそくだよ!」
「ああ、約束だ」
そう言ってトールは大きな手を差し出した、小さな森の精霊の手を包む様に握り約束の握手を交わした
「さようなら!トールさま!オーディンさま!」
「さようなら、ミュルクヴィズ、父と母を大切にするのだぞ!」
「森の精霊のご夫妻、己の子をどうか大切にな」
そうしてオーディンとトールはスレイプニルに乗り、宵闇の森をあとにした
その後ろ姿を森の精霊の夫婦とミュルクヴィズはいつまでも見送っていた
「まるで信じられないわ……」
「ああ、俺もだ……」
「でも本当よ」
「まさか、アースガルズの主神とその長子様が…我が子を助けてくださるなんて…孫子の代まで語り継ごうじゃないか……」
「ええ、私達の子孫にも伝えましょうね」
「あぁ、必ず伝えるとも……」
そんな両親をよそに、ミュルクヴィズは大きく強く優しい雷神と主神が消えていった星空を瞳に映しキラキラさせながらいつまでも見つめていた。




