大切な家族
ミュルクヴィズはすっかりトールに心を開いたらしく
「ねぇねぇ!トールさまは好きな人はいるのですか?」
などと聞いてくる始末である だがトールはその無邪気さが好ましかった
「そうだな、私の好きな人は沢山いるな…妹のヘルン、弟のグリームニル…」
「どんな方なんですか?」
「うむ、皆優しい兄弟たちだ…だが、妹のヘルンは時々、口うるさい時がある
弟のグリームニルは真面目だが抜けている…だが、どちらも大切な家族だ」
そう語るトールの顔はとても穏やかで優しいものだった
「ぼくにも弟と一月前に生まれた妹がいるんですよ!」
「ほう、それは素晴らしいことだな」
「はい! もう可愛くて可愛くて仕方がないです!」
森の子は嬉しそうに
「ぼく、お兄ちゃんだからしっかりしないとって思ってるんだけど、どうしても可愛いと思ってしまうんです」
と言った
その言葉を聞いて、トールは柔らかく笑った
「兄というものは、そう言うものだ」
「そうなのかな?でも、やっぱりちょっと恥ずかしいなぁ」
照れた様に笑う森の子を見てトールはまた笑み
「恥じることではない、むしろ誇るべき事だ」
と言うと森の子は驚いた顔をした
「そっか、誇りに思うべきなのかなあ」
「ああ、家族を愛しいと思う心は何にも勝る宝となるだろう」
「うん!トール様の一番好きな人って誰なのですか?」
「…………私か?」
突然聞かれた問いに、トールは一瞬考えた
脳裏に過ったのは地まで届くほど長い白銀の髪を伸ばした陰鬱な美しさを湛えた嵐の双眸を持つ王
主神であり、父であるオーディンだった
「…父が好きだ…」
「お父さんが好きなんですね!ぼくといっしょだ!」
森の子はトール様といっしょだ!、と無邪気に喜んでいた
「ぼくのお父さんも、優しくてあったかいんですよー!」
「そうか、お前の家族も仲が良いのだな」
「はい!みんな仲良しさんです!」
雷神と森の子がそんな他愛なくも優しく暖かな会話をしていると月が輝く夜空の向こう
雲と星屑を縫う様に何かがこちらへ向かって降りてきた
八本の脚を持つ神馬スレイプニルだ
その背に乗っている者は一人しか居ない
嵐の色を宿した地まで届く長い髪を夜風になびかせながら疾走する姿はとても美しく見えた
「父上…。」
ミュルクヴィズを下に降ろして
ぽつりと呟いたトールに森の子が
「あれ?ちちうえ?トール様のおとうさん?…ってことは…」
「オーディンだ。」
「えっ!?じゃあ!?」
「神々の王だ。」
トールと驚きの声を上げる森の子の前に降り立ったスレイプニルからオーディンが降りる
「トール!いつまでも戻らぬから心配していたのだぞ!大丈夫か?怪我はないのか?」
「はい。ご迷惑をおかけしました。」
「無事で良かった」
トールを抱き締めるオーディンをミュルクヴィズは呆然と見つめていた
嵐と死を司り
アースガルズを創造した最高神
月明かりの下にあるオーディンの美しさは凍える様だったが、トールがそれを暖めている様に見えた
そうして息子から体を離したオーディンはミュルクヴィズに気付いた
「トール、この子は…?」
「私の友、森の子ミュルクヴィズです、父上」
そう言ってミュルクヴィズの頭をトールは屈んで優しく撫でた
「は、はじめまして!あ、あの…宵闇の森の…ミュルクヴィズです!」
小さな森の子はオーディンを前にして酷く緊張してカチコチになっていたが
オーディンは嵐の双眸を和らげトールと同じ様に森の子の前に屈んで目線を合わせた
「私はオーディンという。よろしくな、森の子よ。」
「はい!!こちらこそ!!」
「ふむ。ちゃんと挨拶ができておる、良い子だな。」
そう言ってミュルクヴィズの頭を優しく撫でた
「さぁ、もう夜も遅い。私が送ろう。」
「え、で、でも、ここから宵闇の森までは遠くて…」
ミュルクヴィズがあたふたすると、トールがくすくすと笑った
「スレイプニルが居るから心配はいらない、神々の王の愛馬は千里さえ飛び越えるのだから」
「そ、そうなんですか!?すごい!すごい!」
「ふふっ、さあ、乗りなさいトール、その小さき友人よ」
先にスレイプニルにオーディンがミュルクヴィズを抱いて乗って手綱を握り、その後ろにトールが乗ったのを確かめるとスレイプニルは風を切る様に駆け出した
「わー!!!はやい!はやいです!オーディンさま!」
「ふふっ、気に入ったか?森の子よ。」
「はい!すごく!」
「それは良かった。」
そんな会話を交わしながら神々の王と雷神と森の子はあっという間に宵闇の森に着いた。




