死と不毛の庭にて
冷たい死の海、始まりの巨人の血で満たされた海からそれらは這い出て来る
そうして全ての生きとし生ける全てに害を与える
それを打ち倒すのがトールの役目であった
最強の名は伊達ではない、何体もの巨人が彼の放つ雷とミョルニルを前に塵となった
トールが巨人相手に深手を負うなど有り得ないことだった。しかし、今まさにその有り得ないことがトールの身に降りかかり
彼は窮地に立たされていたのだ。
肩から下の本来あるべき右腕は無くなっていた。肘辺りまでの長さしか
そして何よりも痛々しいのはその断面だった、ひきちぎられた腕の断面は肉や骨が剥き出しになっており絶えず血が流れ出ている。
自分の右腕を見てトールは顔を歪めた。
「無様な…!」
そう吐き捨てた彼の前に一体の巨人が迫り来る。
だが、腕一つ失ったからと言って戦意を失うほど軟弱な精神など雷神であり戦神であるトールは持ち合わせていなかった。
むしろ怒りに燃える瞳をより一層輝かせて巨人を睨み付けた。
残された左腕でミョルニルを持つ
手に力を込めると先端に眩い光が収束していく。そして次の瞬間光り輝く稲妻となって巨人の身体へと突き刺さった。
轟音と共に大地が激しく揺れる。閃光に包まれながら巨人は大きく仰け反るとそのまま後ろに倒れ込んだ。巨体を受け止めた地面が大きく陥没する。
雷神トールの持つミョルニルはまさに雷の槌、振るえば地を割り山すらも砕くと言われる伝説の武器だ。この一撃を食らって無事で済む者はいないだろう。
トールは地面に転がる巨人に向かって構えを取り、片手でそれを巨人目掛けて全力で振り下ろした。
再び激しい衝撃音が響き渡る。今度は先程よりも大きな亀裂が生じそこから一気に蒸気が立ち昇っていた。
叩きつけられたミョルニルの下からじわりじわりと赤い液体が流れ出す。それは見る間に広がっていきやがて小さな池を作った。
それを見届け。ゆっくりとミョルニルを上げた、血溜まりの中にはかつて巨人であった肉塊と骨のかけらが散らばっているだけだ。
隻腕となった身でも関係ない、まだ残された腕でミョルニルを骨が浮き出るほど握り締める。するとそこに残った全ての力が注ぎ込まれるかのように輝きを放った。
一際ミョルニルが大きく鼓動したかと思うとトールは力の限りミョルニルを振りかぶった
巨人たちには抗う術はなかったであろう。
何しろ彼らの目の前に居るのは自分達とは比べ物にならない程の強大な存在だったからだ。
彼らはただ立ち尽くしていたわけではない。
少しでも抵抗しようと試みていたのだが結果は同じ事だったろう。
雷神の憤怒の一撃が放たれた時既に勝敗は決していたのだ。
大地を揺るがすような爆発音を響かせると同時に無数の雷の嵐が巨人たちを包み込む。
一瞬にして焼け焦げた臭いが広がる中、巨人たちは跡形も無く吹き飛ばされていった。
死の臭いだけが風に乗って広がる
凄まじい雷鳴の中一人佇むトールの姿があった。
その姿からは片腕を失った痛みなど微塵にも感じられない。
返り血を浴び全身真っ赤に染まってもなお
その神々しさを失わない姿はまさに戦神と呼ぶに相応しいものであったろう
全てが終わった頃、雷鳴は静まり、空は晴れ渡った。
月明かりが照らす戦場に静寂が訪れる。
ふぅっと息をつくとトールは再び歩き出した。目指すはオーディンの元だ。
アースガルズの主神である最高神の元へ向かおうとしているのだ。
全てが終わり、気が緩んだからか傷付いた体が痛み始めた。思わず小さな苦悶の声を上げる。
しかしそんな苦痛さえも今のトールにとっては心地好かった。
何故なら今はあの憎き巨人共がいないのだ。仇為す者を叩き潰したその心は獰猛で凶暴な歓喜に震えていた
(ああ、なんという喜びか)
血の臭いを吸い過ぎたからか、暫くこの不愉快な酔いは覚めそうになかった。
この昂りを抑えなければならない。
このままでは守るべき存在にまで害を与えてしまいそうだった
だから彼は自らの内で暴れる狂喜を抑える為に深い眠りについた。
どうにもならない感情は体にも心にも負担をかけます。




