VSサキュバス戦
文字通り尻尾を表した夢魔
「よくわかったじゃない?ご褒美にいいこと教えてあげるわぁ。私達みたいな魔物にとって人間の精気はとても良い餌になるのよぉ、だから定期的に人間を襲ってたんだけど…まさか聖職者が引っ掛かるなんてねえ…聖職者って日頃から清廉潔白を謳ってるでしょう?そう言うのが一番私たちサキュバスにとったら美味しい食事なのよねえ……」
舌なめずりをして笑う
「文字通り尻尾を表したか、化け物め」
足を一歩、退けてから駆け出す
握り締めた拳を顔面に叩きつけようと振りかぶるがすり抜けてしまう
勢いそのままによろけてしまえば背後から、いや、屋敷全体からクスクスとバカにした様な笑い声が響いた
霧になって隠れたか、それともただ単に姿を消したのか
警戒しながら辺りを見回す、するとフギンが激しく鳴いた
後ろを見れば何時の間にか背後に立っていたサキュバスに腕を掴まれていた
咄嗟に殴ろうとするが腕に力が入らない
またあの甘ったるい臭いが漂っていた
「元気な坊やね、食べごたえがありそう」
体が動かずそのまま押し倒される
石でできた床の冷たさとは違う悪寒が聖職者の背を襲う
怒りに満ちた目で睨み付ける、が、それさえサキュバスにとっては煽情的でしかない
フギンが飛びかかろうとするがサキュバスが張った結界に弾き飛ばされる
「そんな怖い顔しないでよ、すぐに気持ちよくしてあげるから…」
艶やかに笑い、聖職者の服に手をかけた……刹那
「いい加減にしろよ、この変態女。」
ゴッキン!
聞き覚えのある声と共に鈍い音がした後
がくん、と力を失った様にサキュバスが倒れる
聖職者が見上げれば其処には銀製の壺を持った薬師が肩にムニンを乗せて佇んでいた
「薬師!ムニン!」
「ったく、大丈夫か?」
言いながらサキュバスを退けて薬師が手を差しのべて起こしてやれば結界に弾き飛ばされたフギンが聖職者の肩に舞い戻った
「ムニンが俺の耳元でガアガア鳴いてたの聞いて何とか意識は保ってたんだけど体が動かなくてな。ガラスが割れたみたいな音を聞いたとたんに体が動く様になったから駆けつけたんだよ」
ぽいっ、と銀の壺を捨ててサキュバスを見下ろす
「ったく、とんでもねえ野郎…いや、女か?どっちでも良いか。しかし、悪魔は銀に弱いって本当だったんだな」
転がった銀製の壺を見て笑う
「いや、別に悪魔じゃなくても銀の壺なんかで殴られたら延びると思うぞ…」
「さて、悪さできねえ様に紐で縛り上げるか」
ロープを手に視線を戻せば、もう其処にはサキュバスの姿は無かった
嫌な予感を覚えた瞬間
フギンとムニンがカァッ!と鳴いた
それを合図に二人がその場から飛んで退く
二人が立っていた場所に雷光が撃ち込まれた、光は石畳の床を穿ちそこからは黒い煙が上がっていた
「許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!」
サキュバスがヒステリックに喚き散らし頭をかきむしりながら宙に浮いていた
「ふん…良いわよ、死んで動かなくなってから弄んでやるんだから!」
そう言って細指から再び雷光を放って来る
当たれば痺れるくらいでは済みそうにない
「自分の思い通りに行かないからって暴れまわるのはどうかと思うんだがね」
飄々とかわして行く、矢が袖に掠り穴が空いただけで薬師は全くダメージを受けていない
聖職者は機敏な動きで自分を狙う雷を避けて
奇跡の一端を語る
「遠雷の槍よ!」
手を翳せばその手の中に輝く雷の槍が現れる
それを構えて放つがサキュバスは狙いを定められない様にコウモリの様に飛び回る
外れた槍はシャンデリアの鎖に当たり、落ちたガラスの破片がホールに飛び散った
「キャハハッ!のろまな人間が!」
嘲笑いながら飛ぶサキュバスが再び指先に雷光を灯そうとした瞬間にフギンとムニンがけたたましく鳴いて襲いかかった
鋭い爪を突き立てて、黒い嘴で攻撃を仕掛ける
「っ、この!」
腹立たしげに放った雷がフギンを狙うが、フギンは黒い羽一つ残して容易く避けた
続けてムニンを狙って雷を放とうと構えるサキュバスに目掛けて何か銀色に光る物体が物凄い早さで突っ込んで来た
見事に鳩尾に叩き付けられたのは銀の壺だった
唾液を吐き苦悶するサキュバスの視線の先には投擲の姿勢を取ったまま薬師が勝ち誇った様に笑っていた
「トドメはお前に任せるぜ、聖職者」
サキュバスの心臓が氷の手に掴まれた様に冷える、急激な体温の低下に胸に痛みすら感じる
苦悶に身を捩った瞬間を、聖職者は見逃さなかった
恐怖に見開いた紫の瞳には聖職者の顔が写っていた
その手には赤く輝く雷の槍
「嵐の神の御名において」
祈りの言葉を口にしながら、振りかぶられた槍は真っ直ぐにサキュバスへと投げつけられた 空気を切り裂いて赤い閃光となって飛来した槍はその勢いのままにサキュバスを貫き霧散して消えた
「討伐完了だ」
薬師が着物の埃を払いながら決着を告げた
フギンとムニンが聖職者の肩に止まりムニンが優しく聖職者の肩を脚で掴んでカアカアと鳴いた