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終焉を招く

「レヴァリス……まさか、本当に……」

「そう、嘘をついていたのは、彼の方だよ」


 現れたレヴァリスに、ロアードは驚きながらも、背負う大剣に手が伸びていた。

 ……クロムバルムはもうない。ロアードの背にある大剣は、以前まで彼が使っていた大剣だ。


「……死にたいと言うのは、嘘だったの?」

「まさか。私は本当にそう思っていた。実際、私は死にかけていたとも。……この世界は邪竜の死を信じ始めていたからな」


 リアンの問いかけにレヴァリスが答える。

 リアンが邪竜を演じ、人々の前でその死を伝えたことで、確かに世界はレヴァリスの死を認め始めていた。

 そしてリアンという二代目の水竜の存在が、邪竜の死を証明するものだった。


「なら、出てこなきゃ良かったのに……そうすれば君の望み通りだったじゃないか」

「お前がこの嘘に気付かなければ、私は出て来なかっただろうな」


 リアンはその指摘を受けて、苦々しい表情を浮かべた。


「私が死んだという嘘が暴かれたから、私の死が否定されたのだ」


 レヴァリスは愉快そうに笑う。

 そう、リアンがその死は嘘であると気づいてしまったから、邪竜は死の淵から甦ってしまったのだ。


「……死ねなかったわりにはずいぶんと、楽しそうだね」

「お前がいつこの事に気付くのか、愉しみにしていたからな。……私の想定より早かったのはあいつ(地竜)のせいだが。もう少しこの状況を愉しみたかったが……それでもこの嘘に気づいてくれたことが嬉しいのだよ」

「……やっぱり、君、死ぬ気ないでしょ」

「まさか、死にたいと本気で思っている。だが、簡単に死ぬのは勿体無いとも思っているだけだ。死とは生があってこそだ。必死で生き抜いた先に、死があるものだからな。だから、私はいつ死んでもいいように、今を懸命に生きているのだよ」


 リアンとそっくりな瞳には、死の悲壮感はない。ただあるのは生の充実感だった。


「……るな。ふざけるな!!」


 怒号と共に、ロアードがレヴァリスに切り掛かった。


「何が懸命だ! 貴様は懸命に生きてきた多くの人々を死に追いやっておきながら、それを言うのか!!」

「言っただろう。生の先に、死があるのだと。彼らはその死を迎えただけだ」


 大剣は水に阻まれる。レヴァリスは大剣を包み巻き取るように、水を動かして防いだ。


「迎えた? 貴様が殺したんだ! この国の人々も、俺の両親だって……!」

「この私が憎いか。そうだろう、お前にとって私は仇だからな。だが良かったではないか、お前が最初に願っていたことが……復讐が叶うかもしれないのだから」

「……貴様ァ!」


 ロアードは怒りに飲まれながら、大剣に力を込めた。


「だがそう簡単に、お前の願いは叶わない」


 ――バキンッ。

 甲高い音がした。……ロアードの大剣が水圧で砕け散ったのだ。

 砕けた刃を含んだ水がロアードに襲い掛かる。

 それは鉄砲水のような激流となって、ロアードを吹き飛ばした。


「――ロアード!」


 リアンが叫びながら、吹き飛んだ方向を見る。

 朽ちた建物の壁に叩き付けられていたが、寸前で《防御甲冑(プロテクトアーマー)》を展開していた。

 だが、砕けた刃が先に体を貫いたようで、肩や足などに破片が刺さっていた。


「残念だったな、リアン。お前は見ていることしか、出来ないのだから」


 リアンの両肩に手が置かれた。いつの間にか、背後にレヴァリスが立っていた。


「……私には、何も出来ないから。そんな力はないから……」

「そうだ、よく分かっているな。水竜としての力はもうお前にはない。……いや、元からお前の物ではない。私がお前に、力を貸していたに過ぎないのだからな」


 リアンの頬を指が撫でた。冷たい水を触ったかのように、何の温かみもない指が、愛でるように輪郭をなぞっていく。


「人が竜神の力を手にしたらどうするのか、見てみたかったのだ。……水竜になって、どう感じた? 人智を超えた力を手にし、それを扱ったのだ。愉しかっただろう?」

「……その力のせいで私は君に間違われて、大変だったんだから……あまり楽しくはなかったよ」

「はは、確かにお前はずっと私に文句を言っていたな。その姿を見るのは、とても愉快だった」


 リアンにとっては不愉快な笑い声が真上から降ってくる。


「……お前は賢い。だから、もう分かっているのだろう?」


 指先がリアンの顎を掴んで上を向かせた。


「お前は私の暇潰しの一つに過ぎないと」


 ――闇の中に浮かぶ狂気の月がそこにあった。


「エルゼリーナと同じってことでしょ、知ってたよ。……本当に最悪の趣味してるね」

「エルゼリーナか。彼女の十年もなかなか愉しい娯楽だったな」


 かつてエルゼリーナも、同じように名を縛られ、運命を弄ばれた。リアンもまた、それと同じだった。


「お前との遊びはここで終わりだ。……少しの間だったが愉しかったぞ、リアンよ」

「……ぁっ……!」


 ドンっとリアンは後ろから突き飛ばされた。

 リアンの体から何かが切り離されていく。

 ……レヴァリスとの繋がりが切れていく。


「リアンッ!!」


 前に倒れていく視界の中で、ロアードが手を伸ばしていた。

 その手を掴むようにリアンも手を伸ばしたが……その手先から水泡となっていく。


(……そうか。私は……消えるんだ)


 形が保つことが出来ずに、身が崩れていく。

 繋がりがなくなった今、この世界に彼女の存在を留めておけるものがない。


(……ごめんね、ロアード。私は何も出来なくて……。だけど私は君なら、いや――)


「――君たちなら大丈夫だって、信じてるから」


 ――バシャリ。

 水が地に落ちた音が、その場に響いた。


「……リアン?」


 リアンだったものが、散らばった。それは身に付けていた服だけを残して、水溜まりとなって、地面に広がっていた。


 ロアードは自身の服を見た。リアンを受け止めようとした彼の服は、跳ねた水がかかって僅かに濡れていた。

 ……どこを探しても、リアンはいない。


「……なにを、したんだ……リアンは……」

「リアンの魂との繋がりを消した。だから、彼女は消滅したのだよ、この世界から」

「消滅……死んだ、のか……」

「そう捉えてもらって構わない。似たようなものだ」


 ロアードは水溜まりを前に愕然としていた。


「悲しいか。私も同じだ。出来ればもう少し、リアンで遊びたかったからな」

「同じ……だと? 貴様と同じにするな! 貴様はリアンの命を、弄んでいただけだろうが!」


 ロアードが怒りに震える声で叫んだ。彼が出す魔力圧が強くなっていく。


「良い力だな。……だが今はお前の相手をするつもりはない」

「何……?」


 レヴァリスはロアードなら目線を外し、人の姿をやめ、竜の姿に戻る。

 はばたくは双銀の翼。輝く白波の鱗。

 すらりとした胴体と尻尾は水の流れのよう。

 それこそが、水の化身。


「まずは私の復活を、世界に知らしめねばならない。――これはその祝砲だ」


 レヴァリスの前に、水の元素が集まっていく。

 それは大きな水塊となり、そして――。


「……まずい、あの方角には!」


 ――勢いよく放たれた。

 それはまるで旧文明の魔導兵器にあった光線(ビーム)兵器のように、世界を横切った。


 ロアードはそれを止めようと前に出るが、水圧ですぐに吹き飛ばされた。

 しばらくして着弾点から、衝撃波が地を揺らし、さらに遅れて轟音が響いた。


「……バルミアが」


 ロアードはその光景を見ているしかなかった。


「世界よ、私は帰ってきた! お前たちが邪竜と恐れるこの私……水を司る竜神、レヴァリスがな」


 声高々に、レヴァリスが名乗りを上げた。世界に轟かせるように。

 そして、空を覆うように暗雲が立ち始め、再びこの地に雨が降り始めた。


「お前の復讐は始まったばかりだ。……然るべき時にまた会おう、英雄(、、)よ」


 空をぐるりと回って、レヴァリスは何処かへ飛んでいく。


「……邪竜レヴァリスめ……お前は絶対に許さない」


 ……ロアードは追いかけなかった。

 今はそれよりも、バルミア公国とエルゼリーナの安否が気になったのだ。


「……リアン」


 ロアードは水溜まりからリアンの衣服を手にした。

 ……もちろん、あの日に買った青と赤と緑のガラス玉が付いたブレスレットも、そこに残されていた。

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