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時を越えて届く光

「くくく、はははは!! 見たか、愚かなる大地の竜の子らよ! これが私に歯向かった罰だ!」


 式典の会場はすでに原型を留めていなかった。

 亀裂と隆起により、さらに大きな峡谷を作り出していた。

 その被害は当然、王都と王城にも届いていた。


「……む?」


 ……だが、ザムエルが思った以上に建物の倒壊がない。

 地割れに飲まれて落ちていった建物は別として、地上に残る建物はあまり倒壊していない。


「どういう、ことだ……」


 いや、それだけではない。

 巻き込まれた人間はずのたちも無傷だ。


「……あれ? 俺生きてる?」

「どこも怪我してないぞ」

「お、お母さん!」

「坊や! ああ、良かった!」

「おおーい! 上の奴ら聞こえるかー!」

「地割れに落ちた人たちか!? まさか生きているのか!」


 そこかしこで上がる人々の声に、ザムエルが驚く。


「まさか、バルムートが……」

「――それは断じて違う!」


 ザムエルの声を力強く否定したのは、ロアードだ。

 彼もまた先程の状況に巻き込まれることはなかった。


「エルゼを通して見なかったのか? 俺たちはいつか来たる災害に対策をしていたことを」


 ロアードはポケットから何かを取り出した。

 それはチェーンの付いたペンダントで、丸いコインのようなモノがぶら下がっていた。


「……英雄ペンダント。身に付けた者を、命の危機から一度だけ守る魔導具だ」


 ロアードの言葉に、人々が騒めき立つ。

 その人々の胸には当然、英雄ペンダントが……役目を終えて割れたコインがぶら下がっていた。


「……やっぱり! 英雄が俺たちを守ってくれたんだ!!」

「英雄ペンダントの力は本物だったんだ!」

『ロアード! ロアード! ロアード!』


 地面が沸き立ち、揺れる。

 だが今度の揺れは人々が上げる歓声と熱狂によるものだ。


「英雄だと!? ふざけるな!!」

「……俺も少しそう思う」


 人々の歓声を受けながら、ロアードは自虐気味に笑う。


「だが、俺は"英雄"と呼ばれている。これが事実(、、)だ」


 しかし、続く言葉には決して堅い意志が宿っていた。それが事実であると、宣言するように。


「もしくは、第六十代グラングレス国王になるかもしれなかった者。……お前の末裔だ、ザムエル」


 ザムエルと同じ紫水晶のような、しかし比べ物にもならない強い光を宿した瞳と目が合った。


「あ……あぁ……」


 その目は確かにザムエルと同じだった。

 しかし、そこに見た強い光は……あの時の赤のほうが近い。

 あのルビーのように鋭く輝く忌々しい瞳……愚弟と同じ目だ。


「貴様も、貴様も私の邪魔をするのか!! あの愚弟と同じく!!!」


 ザムエルが宝剣クロムバルムを振るう。

 周囲に鋭く尖った岩が現れ、ロアードに向かって高速で飛んでいく。

 ……詠唱なしでの魔法の行使。それをこの地竜の大剣が可能にした。

 普通ならば反応は間に合わない。


 ――パリンッ。


 コインが割れた。ロアードが手にしていた英雄ペンダントが、最初の一撃を防いだのだ。


「――《防御障壁(プロテクション)》」


 ……その僅かな時間で彼は十分だった。

 ロアードは《防御障壁(プロテクション)》の詠唱を済ませ、雨のように降り注ぐつららのような岩を防いだ。


「《脚力強化(スピードアップ)》」


 土埃が上がる中、ロアードは武の魔術で素早く動き、ザムエルに詰め寄る。


「バカな、竜神の魔法だぞ!? く、来るな!!」


 ザムエルは必死でロアードを狙うように再び鋭い岩を飛ばす。それは地面からも生えるようになったが、ロアードを捉えることが出来なかった。


「本物の竜神の力は、こんなものではない」


 ロアードは身をもって知っていた。ザムエルの攻撃は、あの二代目の火竜、ヒノカに比べれば大したことなどない。

 もはや盾すら構える必要もない。彼は速さのみで、ひらりと攻撃をかわしていく。

 そして走りながら、兵士が落としていった片手剣を拾い上げた。


「クロムバルム、それはかつて地竜バルムートが初代国王ロアに授けた物。見た目こそ大剣だが、その本質は誰かを守るための盾だ。……己だけを守ろうとするお前が持ったとして、その真価を発揮出来るわけがない!!」


 ロアードは片手剣を振い、ザムエルが持つクロムバルムを叩き飛ばした。

 クロムバルムはくるくると宙を回って、壇上の外の地面に突き刺さった。


「私の宝剣が!」

「お前のではない。あれは初代国王の物だ」

「ひっ……」


 ロアードは片手剣をザムエルの喉元に突き付ける。


「ま、待て! 貴様、忘れた訳ではないだろう? この体があの女のものであることを……!」


 ザムエルは必死に命乞いをする。

 確かに無理矢理何かをすれば、依代になっているエルゼリーナが傷付くだけだ。


「……ザムエル、これに見覚えはあるか?」

「それは……まさか……」


 ロアードは今度は指輪を取り出して見せた。金で出来たその指輪にはアメジストが輝いており、そこには地竜を模ったグラングレスの国章が彫り込まれていた。


「お前の弟……ルクシス様は、死後、すぐに悪霊となったお前をこの王家の指輪に封印した。……それ以来、グラングレスの宝物庫の中で眠ることになったのだろう?」


 ……グラングレス王国の宝物庫には、悪霊が眠っている。それは昔から噂として言い伝えられてきた。


「あの噂は眉唾だと俺は思っていたが、本当だったとはな。……俺の父親は知っていたのかもしれないが」


 国王に即位して初めて知ることが出来るものがあると、父親が言っていた。きっとザムエルのことも、その類の一つだったのだろう。

 今となっては何も分からない。ロアードの父親も、詳しいことを知っていそうな臣下たちも皆、十五年前にグラングレス王国と共に亡くなってしまったのだから。


「エルゼはそうとは知らずに、お前の魂が封印されていた指輪に触ってしまったのだろう」


 王国の宝物庫は最近まで水の下に沈んでいた。

 現在の所有国であるバルミア公国が、その宝物庫の中身を水中から引き上げていた。

 中身についてどうするかとエルゼリーナに聞かれていたが、ロアードはあまり興味がなかったため、宝物庫の中身については、エルゼリーナたちバルミア側にすべて任せていた。


「また私を封印するのか……!?」

「封印? いいや、それはしない。そんなことをしても同じ事を繰り返すだけだ」


 ロアードは片手剣をザムエルに向けたまま、話を続ける。


「なぜ、俺がルクシス様の話をしたか、分かるか? なぜ、ルクシス様はお前を封印したのか。……それは当時はそうすることしか出来なかったからだ。だから、ルクシス様はお前を封印した後に、除霊の魔術について研究をしていた」


 悪霊ザムエルの力を前に、王弟ルクシスの力では敵わなかった。

 異母兄だったザムエルを封印後、ルクシスは封印が解かれた場合を危惧した。

 そして彼は、もしも封印が解かれてしまった場合に備えて、対抗手段を研究し始めたのだ。


「彼の研究はお前のように未練を残して悪霊となった者やアンデッドの魔物に対して有効な魔術の基礎となった。……お前に見せてやろう、ルクシス様が残した魔術を」


 ザムエルが封印されてから千年以上も経過している。その長い時は、魔術の進化を進ませるには十分過ぎるほどに経過していた。


「《導きの光(ホーリーライト)》」


 ロアードの手にした片手剣が光を帯び始めた。

 それは邪悪なる存在を祓う聖なる光の力を秘めていた。


「や、やめろ! やめてくれ……お願いだ! 私はまだ――」

「ザムエル、千年前の亡霊よ。お前の歴史もここで終わりだ」


 ロアードはザムエルを斬った。

 聖なる光を宿した剣はエルゼリーナを傷つける事なく、取り憑いたザムエルのみを斬り祓った。


「おのれおのれおのれ……愚弟め! 死後も私の邪魔をおおおおーーーあああああぁぁぁぁ!!」


 光が悪霊を焼き尽くし、この世にしがみ付いていた魂を消し去った。

 その光は千の時を越えて、悪霊と化した兄の魂に届いたのだ。


「……エルゼ!」


 悪霊から解放されたエルゼリーナを、ロアードが受け止めた。


「……ロア、ード」

「大丈夫か、エルゼ」

「全部、見ていたわ。……ごめんなさい」

「気にするな」


 謝るエルゼリーナの姿に、ロアードはほっとするように微笑んだ。


『ロアード! ロアード! ロアード!』


 エルゼリーナの無事に、人々は拍手と歓声と共に再び英雄を称え始めた。


「……あなたのおかげね。ありがとう、ロアード」

「あくまで俺は最後に手を貸しただけだ。……国民たちを救ったのはお前だろ、エルゼ」


 ロアードは少し不服そうにいいながら、英雄ペンダントを見せる。

 英雄ペンダント……これを作り出し国中にばら撒いたのはエルゼリーナだ。


「……いいのか、お前の功績だろう。あのヒカグラの国を説得して、これを作ったのだって……」


 いつか来る災害に向けてバルミアの女王である彼女は対策をしなければならなかった。

 そこでヒカグラの国と交渉し、その優れた細工の技術力を持って、この魔導具を量産したのだ。

 現代において過去ほど魔導具の技術は高くない。いくら術式を真似したからと言って優れた魔導具職人が複数居なければ、一つ作るのも難しい。


 しかしヒカグラの職人たちはそれを可能にする力を持っていた。元よりこのペンダントの試作品を作り出したのは、ヒカグラからバルミアに流れてきた職人の一人だったのだ。


 あとは交渉すればいいだけの話だったが、火竜がいた頃、この交渉をヒカグラは絶対に受け入れてくれなかった。

 二代目の火竜に力がなく、国は貧しさに苦しんでいるにも関わらず、伝統の技術を他国に使いたくないとして、この交渉を突っぱねたのだ。


 しかし、最近になって覚醒した二代目の火竜はヒカグラの元を離れた。

 火竜の加護が本当に無くなった今ならば、耳を傾けてくれるかもしれない。

 これを逃す手はないとして、エルゼリーナはすぐにヒカグラの国と交渉し、そして上手く量産を取り付けたのだ。

 その際にあまり不思議に思われないように、他の日用品雑貨の生産も頼んでいた。

 それは国民たちに災害が来ると知られ、余計な混乱を引き起こさないために。もう一つはヒカグラの国に恩を売るために。

 貧困に苦しんでいたヒカグラの国は、このバルミア公国からの大量注文に、感謝をしたことだろう。

 少なくとも、国としては首の皮一枚は繋がったのだ。


 それらをすべて取りまとめたのが、エルゼリーナだ。

 そして英雄ペンダントを大量に生み出すことに成功し、結果として多くの国民たちを救った。


 英雄と、ペンダントには付けられているが、決してこれはロアードの手柄ではないだろう。


「あら、ちゃんとあなたの名声を利用していいって聞いたじゃない」

「……それはそうだが」


 今もまだロアードを讃える声が続いており、それを彼は不服そうに聞いている。

 そんなロアードの姿に、エルゼリーナはクスクスと笑った。


 広く流通させるには、キャッチコピーが効果的だ。そこでエルゼリーナはロアードに許可をとって、この魔導具を英雄ペンダントとして売り出したのだ。

 その効果は……見て分かる通りだ。


「私の功績なんてどうでもいいのよ。国にとって一番大切な物は、そこに住まう国民たちなのだから」


 ザムエルの答えとは違う、それがエルゼリーナの答えだった。


「……ご心配をおかけしました! 私が無事なのも彼のおかげです。……私たちの英雄のおかげで、悪霊ザムエルは討伐されました!」


 エルゼリーナはロアードの手を借りて立ち上がる。

 そして無事な姿を見せながら、エルゼリーナは堂々と宣言をした。その声に返すように歓声が上がる。


「ロアード、あなたは英雄の名を背負うことにしたのでしょう? なら、この賛称もお願いね?」

「……確かに今回、名前を貸したのは俺だからな」


 こうしてまた一つ、ロアードの英雄としての功績が増えたのだった。

 ペンダントの件は別にしても、ザムエルに関しては彼が祓ったのだから、けして間違いではないだろう。


 その後、式典は中断となり、峡谷に落ちた人々や、瓦礫の下敷きになってしまった人などの救助活動を優先することとなった。




「……ほらね、私の言った通りでしょう?」


 リアンはなんでもないようにそう言った。

 壇上での出来事を、もちろんリアンたちも見ていた。

 盛り上がり崖となったその場所は、ちょうど上から式典の壇上を見るのにいい位置だ。

 人が全くいないのもよく、その場にはリアンたちしか居なかった。


「……リアン、最初からこうなるって知ってただろ?」

「まぁね。私は耳がいいから。……と言ってもエルゼリーナがあんなのに取り憑かれていたのはちょっと把握してなかったけど」


 アルバーノにそう返事を返す。

 実を言うと、リアンは大体のことは把握していた。

 ただ彼女が手を出すわけには行かなかったので、知っていただけだ。

 エルゼリーナたちが大地震について調べていたことも、それに対して対策をしていたことも知っていた。

 一応エルゼリーナの様子がおかしいことまでは把握していたが、それが悪霊ザムエルに取り憑かれたせいだったことまでは把握していなかった。

 ただ、ロアードがザムエルについて調べ始めていたので、彼に任せれば大丈夫そうだという判断になったのだ。


「まぁ、とにかくロアードに任せればなんとかなりそうだったからね」


(……私がしなきゃいけないことは、それじゃなかったからね)


 例えば、もしもこの時、地竜が現れたならば。

 確かに地竜が出ていけば、被害はもっと抑えられていたかもしれない。地形が変わることもなかっただろう。

 建物も、邪竜に破壊された影響で立て直され、強度が増され、倒壊が少なかったとはいえ。


 しかし、地竜が表に再び出て行くことはよくないことだった。公国の今後にも……そして地竜自身にも。

 だから、地竜を止める役目をリアンはしなければならなかった。


「人間たちを信じてみて良かったでしょ?」

「……そうだな。すべて、お前さんが言った通りになったのだ……」


 地竜は――バルムートは、そのアメジストの瞳で崖の下の人々を見ていた。

 峡谷の底から次々と人々が引き上げられていく。彼らは多少の怪我はしたようだが、致命的な怪我はない。あの英雄ペンダントのおかげだろう。


「……もう、我の手は必要ないというのか……」


 地面に突き刺さったままの宝剣クロムバルムを、ロアードが回収していく。

 ……その大剣の力は救助に使われることもなく、彼の背に収まったまま、それ以降抜かれることはなかった。

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