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式典

 夕陽は沈み始め、辺りは段々と暗くなっていく。

 地竜祭、その最後を締め括るのは、バルミア公国の公王が開く式典であった。

 その昔は地竜に向けて日々の感謝と、農作物も捧げる儀式であったが、今は公王による国民へ向けての感謝の言葉などを話すものとなっていた。


 毎年であれば首都カーディナルで行われるこの式典は、今年は街の外で行うことになった。

 王城と首都の間には平地が広がっているが、首都側に近い場所には地面が割れたような峡谷があった。

 それはかつてバルムートが作り出した、竜咆峡と呼ばれているものだ。

 谷底は見えないほどに深く、地底まで繋がっているという。


 その峡谷が見渡せる位置に、今回の式典の場所が設置されていた。

 観客は壇場の向こう側に峡谷が見えるような位置だ。


「最後の地竜祭とあって……観客が多いね?」


 その観客たちの中にはもちろん、リアンたちも紛れていた。


「そうですね、お姉様。首都の住民たちはほとんど参加しているように見えますね」

「英雄であるロアード様を見るためにはるばる来ている方もいるようですね」


 ファリンとリュシエンが言うように、観客が地平を埋め尽くすほどにいた。中には冒険者らしい者や、他国の装いの者もいるから、英雄目当ての参加者もいるようだ。


「今チラッと聞いた話によると、ロアードは今まで地竜祭に参加したことはないらしいな?」


 どこかで噂を拾ったのか、アルバーノがそう言った。


「今までを邪竜の復讐のために行動してただろうし、そんな余裕もなかったんだろうね。それに竜の力に頼りたくない彼らしさが出てる」

「しかし、それなら、なぜ今になって参加をしたのじゃ?」

「……最後の地竜祭だからだよ」


 千年と続けた地竜祭。守護竜であった地竜バルムートを祀るこの神祭は今年で終わりを告げる。

 それはこの国にとって、地竜との縁を切るものだ。


「…………」


 この場にいる者たちは知りはしない。

 観客の中に地竜が紛れていることを。


 守護竜である、地竜バルムートは、静かに壇上を見つめていた。

 かつての親友であり、グラングレスの初代国王であった少年の瞳を借りて。

 その横顔から表情を読むことはできない。ただ静かに、終わりを告げる式典の始まりを待っていた。


「――公王陛下よ!」

「エルゼリーナ様ー!」


 観客の視線が集まる壇上に、エルゼリーナが登壇した。歓声の波が広がり、会場の温度が上がったかのように湧き立った。


「皆の者、今宵はよく来てくれました!」


 エルゼリーナの声が会場に響く。魔術を使い声を拡散されているのだろう、後ろの方にいてもその声はよく聞こえる。

 それだけでなく、投影の魔術を使い、壇上の様子が宙に浮かぶ大きなスクリーンに映し出されていた。


「地竜祭を心ゆくまで楽しんだかしら? 地竜祭は今年で最後となるわ。……千年と続いた歴史は今日終わりを告げ、新たな歴史の始まりとなるでしょう!」


 エルゼリーナの言葉に、肯定をするように拍手と歓声が上がった。


「この最後の宴に相応しい方をお呼びいたしましょう……我らが英雄、ロアードを!」

「ロアード様ー!」

「我らが英雄ー!」


 エルゼリーナと観客の声に応えるように、ロアードが壇上に姿を現した。


「……皆の知っての通り、地竜祭は今年で終わる。それは地竜に守護されてきた我らの歴史も終わるということだ」


 ロアードは壇上で声を張り上げた。その声は拡散の魔術を通さずとも、会場に響き渡った。


「だが、我らはけして忘れてはならない。地竜の加護を求めた結果、繰り返してきた血の歴史を」


 ロアードの言葉に観客たちの表情が変わる。

 罪悪感のある表情をした者はバルミア公国の民だ。彼らの先代の王であり、エルゼリーナの父は地竜の加護を求めた結果として、グラングレスを滅ぼす要因となった。

 哀しむ表情をしているのは、その滅ぼされた側の、元グラングレス王国の民たちだろう。

 かつての主君であった、グラングレス王族のロアードの言葉に耳を傾けていた。


「我らは地竜の加護を求め、その力を奪い合うように戦争を繰り返してきた」


 その始まりは五百年前の継承者争いによるものだった。

 大国グラングレスの正当なる国家と継承者として、聖地と宝剣を巡って争ってきたのだ。


「忘れてはならない歴史だ。……だが、その戦争の歴史にも、今日終わりを告げることになる」


 ロアードは背負っていた大剣を手にし、観客に見せた。

 それこそが戦争の火種の一つ……かつて地竜が初代国王に授けた宝剣クロムバルム。

 地竜の鋼鉄のような鱗を打って鍛え上げられた黒き大剣は、初代国王であるロアの末裔でなければ、その力を扱うことができない。

 それ故に、継承者としてのシンボルとなっていた。


「クロムバルム。この大剣も我らにとっては不要……地竜バルムートに還す時が来たのだ!」


 ロアードは宝剣を掲げて、高らかに宣言した。

 クロムバルムを手放す……それは地竜と縁を切る証明として、これ以上ない証明の仕方だろう


「……賛成だー! ロアード様ー!」

「もう私たちには必要ないわ!」


 観客たちはその宣言に驚いていたが、次第に拍手と賛同の声が上がり始めた。

 民たちの反応にロアードは満足そうに頷いて、さらに続ける。


「クロムバルムを大地に還す。そのために、この場所を選んだのだ」


 彼は壇上の後ろを振り向いた。

 その後ろには、大地に走る亀裂のような峡谷、竜咆峡がある。

 地竜が親友である初代国王の死に嘆き悲しんだ時に、作り出したものと言われている。

 地の底まで繋がっているらしいこの峡谷に、宝剣クロムバルムを投げ込む。

 そうやって大地に――地竜に還すのだ。


「さぁ、ロアード。クロムバルムをこちらへ」


 エルゼリーナが手を差し出した。

 段取りとしては彼女がクロムバルムを投げ入れることになっていた。

 英雄ロアードでも様にはなるが、やはりバルミア公国の公王自らも手放すことに参加をすることで、意思を明確に伝えることができる。


「……ロアード? どうしたの?」


 ……だが、ロアードはエルゼリーナにすぐに大剣を渡そうとせず、じっと彼女を見ていた。


「エルゼ、一つ聞かせてくれないか?」

「何かしら?」

「国にとって一番大切な物とは、なんだ?」

「そんなの、決まってるじゃない」


 エルゼリーナは自身の胸に片手を置いて答える。


「――王たる私自身よ(、、、、、、、)。それ以外に何があるの?」

「……そうか」


 答えを聞いたロアードは……大剣の柄を握り直し、その切先をエルゼリーナに向けた。


「エルゼならば、そんな答えを言わないはずだ。――貴様は誰だ!」


 どよめく声が周囲に広がる。

 混乱の中、大剣を向けられたエルゼリーナは……いや、彼女ではない何かは……。


「……チッ、バレてしまったか」


 ――彼女の顔と声で、悪態を付いた。


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