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英雄の条件

「バルムート、ごめんね。何を用意すればいいか分からなくて」


 前を歩くリアンの隣にバルムートが追い付いてきた。リアンはバルムートに対しても何か贈り物を用意しようと考えていたが、ちょうどいい物が思い付かなかった。


「良い。案内役をしてもらっているからな。……ただ、我からの返しはどうすれば良いか?」

「なら、ここまで公国を見てきた感想が聞きたいかな」

「ふむ……感想か」


 バルムートはゆっくりと周囲を見渡した。

 夕暮れに染まっていく街は、これから祭りの佳境に入るのだろう。

 先程よりも賑やかで、人の姿もさらに多くなってきた。


「……煩くなかったのだ」

「え? 今は人も多いし、騒がしいと思うけど」

「違う。……我を求める声がしないのだよ」


 通りを行き交う人々は、ロアの花をそれぞれの形で手にし、そして流行りの英雄ペンダントも身につけていた。


「昔は地の底に潜っても、我に願いを乞う人々の声がした。……それが、今はこうして地上の街中を歩いてもしないのだ」

「……彼らにとっては、君が去ってから千年以上も経っているからね。地竜祭も今年で終わるみたいだし」


 十五年前までなら一人いたがそれももういない。

 他に居たとしても、邪竜の影響で願う者もいなくなっただろう。


「……本当にそうだろうか。あんなに、守護竜に頼り、願っていた者たちが……」


 未だ信じられないものを見るように、バルムートはバルミアの民たちを眺めていた。


「――きゃあ、邪竜よ!」

「えっ!?」


 邪竜という声が突然聞こえ、リアンは驚いた。

 声をした方を振り向くと、そこには……。


「がおー! おれさまは邪竜だぞー!」

「邪竜めー、この英雄ロアードが対峙してやるー!」


 一人の男の子が、丸めた紙の剣を手に、邪竜と叫んだもう一人の男の子に切り掛かっていた。


「わぁー、やられたー」

「この英雄がいる限り、邪竜は敵ではないのだー!」

「きゃー、さすが英雄様ー!」


 邪竜役の男の子は倒れ、ヒロイン役らしい女の子が英雄役の男の子に賞賛を送っていた。


「な、なんだ……子供のごっこ遊びか」


 リアンは邪竜と叫ばれてつい焦ってしまった。最近はそのように呼ばれることもなくなったというのに。


「次はぼくも英雄やりたい! また邪竜役なんてやだよー!」

「えー、おれも英雄がいいー!」

「ちょっと二人とも、喧嘩はダメだって」

「これ、落ち着くのだ」


 男の子たちが言い争いし始めた時、バルムートが子供たちに話しかけた。


「な、なんだよ。お前、このあたりでは見ないやつだな」

「もしかしてあんたが邪竜役やってくれるのか?」

「例え演技でも、我は邪竜などやりたくないな」


 困ったように笑いながら、バルムートは続けた。


「なに、英雄が一人しかいない決まりはない。二人が英雄を名乗っても良いと思ったのだ」

「確かにそうかも!」

「でも、邪竜役がいなくなるぞ?」

「敵を倒すことが英雄の条件ではない。人を助けることこそが、英雄と呼ばれる者だと、我は思うのだ」

「……言われてみればロアード様はそうかも」

「ロアード様はみんなを守るために邪竜と戦ってたもんな!」

「うん。それにわたしの家もね、ロアード様が直してくれたのよ!」


 バルムートの言っていることが伝わったのか、男の子二人は頷いた。


「なら、おれたち二人は英雄だ!」

「やったー! ぼくも英雄だー!」

「わ、わたしも! わたしもやる! エルゼリーナ様みたいになりたいもん!」

「うむ、ならば三人とも英雄なのだ」


 三人の子供たちをバルムートは微笑ましく見ていた。


「時に一つ聞きたいのだが、お前さんたちはこの国の守護竜を知っているのだ?」

「守護竜……なにそれ?」

「ばか、知らないのか? ほらあれだよ……えっと確か、すっげー昔にいた国を守ってた地竜だよ!」

「名前なんだっけ? バウムクーヘンみたいな名前だったはずよ!」

「ははは、ずいぶんとおいしそうな名前なのだ」


 バルムートは、名前を間違えられても愉快そうに笑う。


「質問に答えてくれてありがとうなのだ。ほれ、英雄として人助けに行くと良いのだ」

「うん、じゃあねー」


 三人の小さな英雄たちは、通りの向こうに駆けていった。……胸元にある英雄ペンダントを揺らしながら。


「……邪竜がこの街を襲ったのはいつなのだ?」

「半年くらい前だよ。邪竜はその時に倒されたけど、その時にこの首都も被害を受けたよ」

「それはお前さんがやったのだな?」

「……いや、やったのは邪竜レヴァリスだよ。私じゃない」


 ……この地竜は一体、どこまで見抜いているというのか。

 リアンは他の竜たちには世間で言われている通りのことしか話してはいない。その死の真相を知るのはロアードやリュシエン。ファリンとミレット、そしてエルゼリーナくらいだろう。


 話すタイミングがなかったのもあるが、別にこのままでも困ることもなかったからだ。真実を知るものが少ないほど、邪竜が討伐されたという嘘が通るというのもある。


「……まぁよい。しかし、半年か。半年で街は元通りになったのか?」

「正確には三ヶ月だね」

「そうか……だいぶ早いのだ」


 バルムートは街並みを確かめるように見渡した。


「邪竜の被害があったようにも見えないのだ……。昔ならば、我が出向いて守っておったのに。子供らも、我の名を知らなかった。昔ならば、子供でも知っていたというのに」

「バルムート……」


 千年と時が過ぎ去った。だが、バルムートだけは千年前に取り残されているような、哀愁を纏っていた。


「リアンお姉様ー、バルムート様ー! もうすぐ式典が始まるようですよー!」

「ロアードが出てくるのじゃろう? 見なくてよいのかー?」


 通りの向こうで待っていたファリンたちが呼びかけてきた。


「最後の地竜祭。その終わりを見届けに行く?」

「……ああ、もちろんだ」


 バルムートがゆっくりと振り返った。

 相変わらず、穏和な笑みを浮かべていたが、そこに少しの寂しさが見えていた。

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