花とコイン
四竜一行は祭りで賑わう街中を歩いていく。
大きな広場では人々は歌と踊りを楽しんでいた。
その周りを囲うようにあるのは様々な出店だ。
ちょっとした軽食や飲み物を提供する店や、様々な祭りにまつわる物を売る店などが連なっていた。
そんな通りを、リアンはヒノカとファリンと並んで歩いていた。
……もちろん、その後ろからリュシエンたちが着いてきているし、リアンはバルムートから意識を逸らしたりはしていない。
「ヒカグラの祭りに似ておる……どこも同じなのじゃな」
「ヒカグラにも似たような祭りがあるのですね?」
「うむ。ヒカグラには小さい祭りはいくつもあるが、その中でこの規模となると焔火祭りと呼ばれるものが近いじゃろう」
ヒノカは出店で買ったキラキラと輝く虹色のマシュマロを頬張りながら話を続けた。
「焔火祭りも火竜を祀る祭りじゃったな。……まぁ父上を祀っておったから、妾のために開かれたことはなかったが」
「……今なら君のために開かれるんじゃない?」
「ふん、今更妾のために開こうとするならば、祭りを台無しにしてやるのじゃ」
ぐっと拳を握りしめて、ヒノカが言う。
今更、ヒカグラの民の信仰をヒノカが欲しがったりはしない。
「……む?」
「どうしたの、ヒノカ?」
ヒノカはある出店の前で足を止めた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 今年で最後の地竜祭で送る感謝の印に当店の品はピッタリだよー! ほら、そこのお嬢ちゃんたちも見ていかないかい?」
店主のおばさんがリアンたちにそう声をかけてきた。
「今年で最後なんですか?」
「おや、お嬢ちゃんたちは国外から来たのかい? なら、歴史的瞬間に来たわね〜。そうよ、千年以上と続いた我が国の地竜祭は、今年で最後なのよ」
ファリンの質問に、店主がそう答えた。
「もう地竜はいないからね。あたしたちもいつまでも守護竜に頼っちゃいけないってことで、エルゼリーナ様が終了の宣言をしたの」
「ふむ……そうなのだな」
その言葉に、リアンはちらりとバルムートの方を見る。……特に驚いている様子もない。ただ事実を受け止めている様子だった。
「というわけで、最後の祭りに相応しい品をどうだい?」
出店の品はアクセサリーなどが並んでいた。
ペンダントや指輪、髪飾りといったものだ。
「値段は手頃だけど、結構綺麗で作りがしっかりしてるね」
「ですね。……しかしながら、この花は一体何の花でしょうか? わたしは見たことがありません……」
その殆どは花を模った物が多い。
髪飾りの一つを手にとって、ファリンは不思議そうに首を傾げていた。
「ファリンでも知らない花なの?」
エルフであるファリンは植物に詳しい。花の種類にも詳しいが、そのファリンでも分からないという。
「当然だ。それは実在しない花なのだから」
その疑問に答えたのはバルムートであった。
「実在しない花?」
バルムートは出店に並ぶ一輪の花を手にした。
生花のようなそれは、よく見れば石から彫り出された造花であった。
「そこのお坊ちゃんの言う通りだよ。そうよ、この花は実在はしないの。昔、初代国王陛下であるロア様が、王妃様に送った花。それがこの花だと言われているんだよ」
「まぁ、そうだったのですね」
「だからこの花は、我が国の国花でもあるのよ」
よく見れば、それと同じ物が、今は町中に飾られていた。
さらに思い出せば、あの時、バルムートが献花台に捧げた花も似たような形をしていた。
「ねぇ、実際にそうなの?」
「ああ、そうなのだ。ロアが好きな子ができたと言ってな、告白をしたいがどうすれば良いか相談に来たのだ」
こっそりとバルムートに確認すると、頷きながら話してくれた。
「花を贈ることまでは考えていたようだが、何の花がよいか聞かれたのだ。そこで我はもう絶滅してしまった花の話をしたのだ。……昔はデンダインの辺り一面に生えていたのだ」
バルムートはその花が好きだった。だから、デンダインがお気に入りの場所になった。
しかしその花は、旧文明時代の戦争によって、絶滅してしまった。
「そしたら、ロアはその花を石から彫り出してみせたのだ。……我の記憶にあった通りに、綺麗な花を再現してくれた。……そしてその花を手にして告白をしに行ったのだよ」
バルムートは懐かしむように、手にした石の花を見つめた。
今ではこの花は国花となり、この地に咲き誇っていた。
「ロア様の話にちなんで、今でも大切な人に感謝を込めてこの花や、花を模った物を贈るのが伝統となったのさ。というわけで、お嬢ちゃんたちもどうだい?」
その横で抜け目なく店主が営業トークをしていた。
「……せっかくだし、何か買う?」
「なら、お揃いのものを買って互いに贈りませんか?」
「いいね! ヒノカも一緒に……ヒノカ?」
ヒノカは先ほどから、商品を見ていた。いくつもの商品を手にしては、それを回しながら詳しく見ていた。
「……店主よ。一つ聞きたいことがあるのじゃ」
「なんだい?」
「この商品は、何処から仕入れたのじゃ?」
ヒノカが櫛を一つ持ちながら聞く。
「……これらの品々。見た目は中央で主流の意匠じゃ。じゃが、作り方にヒカグラの技術が見える。妾はそこが気になったのじゃ」
「ああ、そういうことね。お嬢ちゃんは目利きね〜」
店主はヒノカの言葉に頷きながら答える。
「確かにこれらの品々はヒカグラの職人たちの手によって作られたんだよ。昔からあの国の技術力は高かったけど、なかなか外からの依頼は受けてくれなかったのよ。だけど最近、ヒカグラとはそういう取引がしやすくなってね〜。いやぁこれも、交渉してくれたエルゼリーナ公王陛下、万々歳ね!」
ほほほと笑いながら、店主が上機嫌に語ってくれた。
店主の言う通り、この出店の品々は、値段にしては上質な物が多い。
「確かに、あの国の者らは、伝統技術の格式がなんだの、技術流出がなどと言うて、しておらんかった……」
たとえ国が困窮しようとも、彼らはそれをしなかった。それが火竜に頼りきった彼らの答えだった。
「変わるものなのじゃな……」
彼らの国民性は変わるものではないと、ヒノカは思っていた。
だから、火竜の加護を失ったヒカグラの国はいずれ滅ぶのではないかと、少し思ってもいたことだろう。
ヒノカはつい、髪に差し込んだかんざしに触れる。
朱珠の連なったこのかんざしも、ヒカグラの職人が作ったものである。
「良かったね、ヒノカ」
「な、何を言っておる! あの国の者らがどうなろうと、今の妾には関係ないのじゃ!」
リアンの言葉に、ぷいっとそっぽを向いて否定をするヒノカだった。……相変わらず素直ではない。
「それより、揃いの品を選ぶのじゃったな、どれにする?」
「だったら、これなんてどうだい?」
店主が商品の中から一つ取り出して三人に見せた。
それはペンダントで、丸いコインのような装飾が付けられていた。
「これは今流行りの英雄ペンダントだよ!」
「英雄ペンダント……?」
「そう、このペンダントには、あの邪竜殺しの英雄、ロアード様の力が秘められているのよ! 身につけているだけで、まさに英雄の加護を得るの!」
「それは真か?」
なんだか、胡散くさいものを見るように、ヒノカはペンダントを見た。
丸いコインのような装飾には溝が彫り込んであった。どうやら、これは魔術の術式らしい。
ということはこれは魔導具ということになる。
「おい、これ身代わりコインじゃねぇか」
「おじさん、知ってるの?」
今度はアルバーノが首を突っ込んできた。
「旧文明の古代遺物だな。身に付けた対象が受けた致命的な一撃を防いでくれる魔導具だ。ただこれはその劣化コピー品だな、一回防いだらぶっ壊れる」
「へぇ、でも劣化品とはいえ、結構使えるじゃん」
一回しか使えないとはいえ、十分な性能をしていると、リアンは思った。
「本物は壊れないから魔力充填すれば何度でも使えるぞ? ……ま、本物も偽物みたいなもんだったが」
「どういうこと?」
「身代わりコインってのは、懐に入れておいた硬貨に銃弾が当たって、一命を取り留めた男の話に由来している」
「そういう話は聞いたことあるかも? 浪漫ある話だよね」
「……だが、実際には金を積んで命乞いをしたってのが本当の話なんだ」
「……え、そんな身も蓋もない話だったの?」
「ああ。少なくとも、この男はそうだった。だけど周囲に話す時に話を作り変えたんだ、浪漫ある作り話に」
「そうだったんだ……」
「そして、この浪漫ある作り話に憧れた魔術師が、それを本当にしたんだ。……この身代わりコインを作り出してな」
「……つまり、この身代わりコインはその嘘の作り話から産まれたもの。偽物の本物ってこういうことか」
アルバーノの話を興味深く、リアンは聞いていた。なかなか面白い話であった。
「あらやだ、魔術師さんかしら? 詳しいのね。でも、これは英雄ペンダントよ!」
しかし、店主は譲らずにそれを英雄ペンダントと呼んだ。
「ま、劣化コピー品にしてはよく出来てる……しかもこの価格帯とはな」
「だから今、この国では流行ってるんだよ! これも英雄様々ね!」
あたしも付けてるのよ、と言う店主の首には確かに英雄ペンダントがぶら下がっていた。
周囲の人々を見れば、確かに英雄ペンダントをしている者がほとんどだ。
ロアードの知名力とは凄まじいようだ。
ちなみに、この手の発動条件が同じものは、いくつも同じものを身につけてもあまり意味がない。全部同時に発動し、重複して効果を発揮するだろう。
「これにもヒカグラの技術が使われておるのじゃ」
「術式の型さえ決まれば大量生産が可能だから、大量発注して単価を抑えたようだな……これだけ出回っているのにも納得できる」
「興味があるならお兄さんも一つ、買って行ったらどうだい?」
「悪いけどオレはコレクターだから、劣化品の量産品には興味がねぇな……」
「あら、残念ね」
「でも、あんたには興味があるな?」
……アルバーノは店主の手を取った。
「この中で一番綺麗なのはあんただから、あんたが欲しいぜ」
「あらやだ! おばさんをおだてたって何も出ないわよ?」
「おばさん? あんたはお嬢さんだろ?」
アルバーノはわりと本気でそう言っていた。
「何してるんだ……おじさん……」
……リアンはそのやり取りを冷めた目で見ていた。
「えぇ……っていうかおじさんって若い子が好みじゃなかった?」
「あの方、別に年齢は気にしませんよ? あの方が綺麗で美しいと思ったら、それでいいんです」
呆れながらも、リュシエンが補足してくれた。
「そもそも店主は六十くらいか? ならば妾よりも若いのじゃ!」
「ええ、とてもお若いですね」
「十分、ロリコンなのだ」
「そうだった……私以外百は余裕で超えてた……!」
ここにいるのは四竜とエルフという長命の者しかいないのだから、当然そうなる。
「……まぁいいや。それよりリュシエン、あれは放置でいいの?」
「なわけないでしょう。……はいはい、店主の方の迷惑になりますから、その辺りにしてください」
「おい、リュシエン邪魔をするな……! お嬢さ〜ん!」
「ふふ、ごめんなさいね。あたしには旦那がいるから」
がしりとアルバーノを掴んで、リュシエンが店主から引き剥がしていった。