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地竜祭

 バルミア公国。首都カーディナル。

 その日は朝から街全体が、賑やかだった。


 一年に一度の地竜祭。

 それは大国グラングレス時代から続く伝統ある祝祭。

 その始まりは守護竜である地竜バルムートに向けて、日々の感謝を伝える行事であった。

 街は今、彩り鮮やかな花の飾りで溢れており、どこにいてもその色彩を楽しむことができる。


「おー、これが地竜祭か!」


 その街中を興味深く歩くのは、緋色のドレスの裾を揺らして歩くヒノカだった。


「ヒノカ、気をつけて! 人が多いからあまり離れると逸れちゃうから!」

「おっと、すまないのじゃ」


 逸れそうになったヒノカの手を掴んだのは、リアンだった。

 彼女もまたフリルの付いたドレスを着ていた。薄い水色の綺麗なドレスは、銀糸が織り込まれているのか、キラキラとまるで水面が光るように輝いていた。

 いつもなら髪の色もそんな色をしているが、今は黒髪だった。


「ヒノカ様、逸れないように手を繋ぎませんか?」

「おお、それはよいのじゃ!」


 子虎のミレットを胸に抱いたファリンが手を差し出せば、嬉しそうにヒノカは手を繋いだ。

 ファリンもまた可愛らしいドレスに身を包んでいた。若草色のドレスで、このドレスにも白の花が刺繍されていた。


「ああ、ファリン……! 今日は一段と楽しそうで、私はとても嬉しく思います! 仕立てたドレスもよく似合っています……!」

「本当、相変わらずだね、リュシエンお兄ちゃん……」


 リアンは呆れたような目線をリュシエンに送る。

 例に漏れず、今回のドレスも用意したのはリュシエンだ。

 そんなリュシエンも、いつもより装飾の綺麗な礼服の長袍に身を包んでいた。


「……だからってオレらの分まであるとか思わなかったんだが」

「なに、悪くないではないか。我はこの服、気に入ったのだ」


 隣を振り向けば、いつもの浮浪からかけ離れた正装姿のアルバーノと、同じく正装したバルムートがいた。


「気に入って頂けたようで何よりです。……本当は一から用意したかったのですが、突然のことで時間もなく……」


 彼らのは、既製品のスーツをリュシエンが手直ししたものだった。


「アイツ、昔からこういうのは得意だったが……ここまでとは思わなかったぞ?」

「だって、リュシエンだし」


 妹のためならなんだってする。それが兄たるリュシエンだ。


「失礼ですね。この地竜祭では着飾って参加するのが慣わしと聞きましたから、少しでも目立たないようにしたまでです! そもそも……あなた様方は自分の立場を分かっているんですか!!」


 リュシエンがリアンたち四人を指差した。


「水竜に火竜に風竜に、挙句に地竜まで! 四大元竜が揃い踏みとか、バレたら大騒ぎどころじゃありませんって!!」


 四大元竜が一堂に揃うなど三千年ぶりのことだ。

 特に地竜祭に、千年と眠っていた地竜が参加しているなど、公国の人々は夢にも思っていないだろう。


「だからちゃんとバレないようにしてるよ、ねぇ、おじさん?」

「認識阻害の方法をリアンに教えておいたからな。それがあれば普通にしていればバレないさ」


 さすが神秘に包まれた風竜というべきか、リアンでもできる認識阻害の術を教えてくれた。

 それは霧を用いた幻術のようなものだった。これを周囲に漂わせておけば、認識がし辛いという。

 まさに雲を掴むような存在になれるのだ。

 それをリアンは自身はもちろん、ヒノカとバルムートにもかけていた。

 髪色を黒髪にしたのだって少しでも印象に残らないようにするためだ。

 ……アルバーノ? 彼は元から存在感が薄いからいらないだろう。


「……本当にそれで大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。本当に心配性だね、リュシエンお兄ちゃんは」

「だから、お兄ちゃんと呼ばないでください……」


 少し疲れたようにため息をついたリュシエンだった。


「というか……リュシエンだって、本当に目立たないつもりある?」

「何のことですか?」


 首を傾げるリュシエンに、リアンはとある方角を指差した。


「ねぇ、あのエルフの人カッコよくない?」

「どうしよう、声かけちゃう??」


 女性たちが落ち着かない様子で、リュシエンのほうを見ていた。


「君まで着飾ったら、そりゃこうなるよ」

「……すみません、私にも認識阻害の霧、お願いしてもいいですか?」


 ……さっさと白旗をあげたリュシエンは、リアンにそうお願いをしたのだった。


「いや、これは勿体無いだろ。おーい、お嬢ちゃんたちー!」


 その女性たちに吸い寄せられるように、アルバーノが近づいていったのだが……。


「ひゃっ、え、なにこのおっさん!?」

「おっさんはお呼びじゃないんですけど!!」


 突然、至近距離に現れた髭面のおっさんに驚き、悲鳴をあげて女性たちが逃げていった。


「ちくしょう!! おっさんは、おっさんはダメか……!」


 ……後に残されたのは、地面に打ちひしがれるおっさんだけだった。


「……リュシエン、おじさんのことはよろしく」

「いえ、あれは放置でいいですよ……」


 とりあえず、リュシエンとあとファリンやミレットにも、霧をかけておいたのだった。


「ふふ、なかなか賑やかにこの国と祭りを回れそうだ」

「……あ、騒がしいのは好きじゃなかったよね? ごめん……」


 バルムートの言葉にリアンは謝る。

 結局、この大人数で祭りを回ることになったのだ。

 リアンが元から誘っていたファリンとヒノカはもちろんとして、ファリンあるところにリュシエンが居ないわけがない。

 アルバーノはというと、リアンと同じく地竜の様子が気になるようで残ると言ってくれた。


「良い。我が言う騒がしいものとは違うからな。こういう賑やかな騒がしさは、好んでおるほうだ」


 相変わらずのんびりとした口調で、バルムートは応える。


「しかしながら、四竜が集まって何かするとなると、あの時を思い出さないか?」

「旧文明の古代帝国を滅ぼした時か?」

「それもあるが、我が思い出したのはそれが終わった後だ。ほら、レヴァリスが皆を集めて最後に宴会をしただろう?」

「そういえば、そんなことをしていたな……」


 晴天の元、開かれる祭り。

 祭りを楽しむ人々とすれ違いながら、バルムートとアルバーノがそんな会話をしていた。

 会話の内容はもちろんアルバーノの風が防いでおり、他に聞かれないようにしている。


「レヴァリスがそんなことをしていたの?」

「ああ。アイツ、各地の酒を集めたからとか言って誘ってきたんだよな」

「我らみな、酒が好きだからな。酒を飲むくらいならと付き合ったのだ」

「いや、ヘルフリートだけは乗り気じゃなかった。だから、当時のヘルフリートの縄張りに乗り込んでしたんじゃなかったか?」

「そうだったな。なんだかんだ、結局ヘルフリートの奴も一緒に飲んでいたのだ……」


 バルムートは懐かしむように頷いた。


「もうあの時の四竜が揃うことはないのだな……。ヘルフリートと酒を交わすこともないのか……」

「ああ、ヘルフリートの奴は死んじまった。あとレヴァリスの奴もな」

「……そうか」


 事実をゆっくり飲み込むように、バルムートは黙り込んだ。


「すまないな。千年ぶりに起きてみれば、多くの者が死んでおった。分かっていても、受け入れるのに時間がかかるものなのだな」


 アメジストの瞳を伏せていた少年は、過去を振り切るように前を向いた。


「せっかくの祭りなのだ。楽しむとしよう」


 目尻を下げて微笑んで、バルムートは先を行くヒノカたちに着いて行く。


「……どう思う、おじさん?」

「分からん。マジで変わってねぇ……」


 あまり他竜同士、会わなかったとはいえ、昔を知るアルバーノの目に、バルムートの様子におかしなところがない。

 昔の記憶も、しっかりと覚えている様子だった。


「でも、確かに一度は狂ってたんだよね?」

「ああ。ロアが死んで少ししたらそうなっていたから間違いない……」


 祭りの様子を見渡すバルムートに、やはりそんな気配はなかった。

 だが、気掛かりなことが晴れたわけではない。

 リアンはそんなバルムートから目を離してはいけないと思った。



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