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不穏の予兆

「……報告は以上となります、陛下。地竜祭の準備はつつがなく進んでおります」


 バルミア公国の王城。公王の執務室。

 その部屋の主人にして、この国の主君に向かって、話をしていた臣下が頭を下げた。


「そう、それは良かったわ」


 ――第十七代バルミア公王、エルゼリーナ・オーデン・バルミア。

 彼女は報告をした臣下を労うように、ゆっくりと微笑みながら紅茶を飲んだ。


 長い黒髪を後ろで纏め上げ、きりりとした目元はルビーの輝きを宿す緋色の瞳。

 スタイルの良い引き締まった体に身に纏う軍服は、即位した時から彼女の正装であり、あれからドレスを着たことがない。


「――陛下。ロアード様がお越しになりました」

「……通しなさい」


 執務室の扉が兵士によって開けられた。

 その後に続くように入ってきたのは、黒髪と紫の瞳を持つ冒険者……ロアードだ。


「帰還がギリギリになってすまない。旧グラングレス王都の調査は無事に終わった」

「……そう、どうだったかしら?」

「詳しい調査結果はその報告書にあるが、やはり地殻変動が起こっている。結論を言えば……お前の予想通り、近い将来に大規模な地震が起こる」


 ……旧グラングレス王国領地、及びバルミア公国周辺地域は大昔より地震の多い地域だ。

 数年に一度は規模の大きな地震に見舞われるのが珍しくない地域である。

周期的にそろそろ来ると予想を立てていたため、今回ロアードたちがそれに付いて調査をしていたのだ。


「……バルムート様の加護が無くなっている……?」

「……? バルムートは千年以上も前からいない。加護なんてとっくの昔から、ないだろう?」

「……あっ。ええ、そうだったわね」


 ……エルゼリーナが慌てたように頷いた。


「大丈夫か、エルゼリーナ。体調が悪いならば今夜の式典も取り止めにした方がいいが……」

「いえ、私は大丈夫よ。式典は絶対にするわ。……それで、ロアード。その宝剣クロムバルムのことだけど」


 エルゼリーナが、ロアードの肩越しに見える大剣の柄を見ていた。

 彼の背にはかつて地竜が初代国王に送った宝剣クロムバルムが、いつものように背負われていた、


「式典の最後に使う段取りとなっていたわね?」

「ああ。帰還が遅くなって、リハーサルをする時間がないから、そのまま本番になりそうですまない」

「それはいいのよ。……それより、本番までそれをこちらに預けていかないかしら?」

「……なぜ、そんなことをする必要がある?」

「本番までにその大剣に何かあってはいけないわ。厳重に保管しておきましょう?」


 エルゼリーナは優しい笑顔を浮かべながら話した。


「……俺が持っているほうがいいと思うが」

「失礼ながら陛下、一級冒険者であり、邪竜殺しの英雄であらせられる、ロアード様が管理する方が良いと私も思います……」


 ロアードの言葉に、臣下が賛同した。

 この国で最も安全な場所は地下の厳重な宝物庫のような場所ではない。一級冒険者であるロアードの側だろう。


「あー……そう、だったわね。ええ、確かにその方が良かったわ。ごめんなさい、やっぱり疲れているのかもしれないわ。式典まで少し休んでおくわね」

「ああ……」

「私の代わりに後のことは貴方に頼んでいいかしら?」

「……分かった」


 話はそれで終わりとなった。エルゼリーナは執務室を後にして、自室に向かった。


「……ロアード様、陛下は大丈夫でしょうか?」

「……問題ない。何かあれば俺が対処するし、アイツもそんなにやわではないさ。……だが」


 ロアードは少し考えるように、エルゼリーナが去った執務室の扉をしばらく眺めていた。


「……一つ聞いていいか、今日のエルゼの行動を」

「はい。陛下は本日は朝から研究室のほうに向かわれまして、ロアの叙事詩の確認をしておられました」

「……以前言っていたデンダインの宝物庫から引き上げた物か……俺も確認したいが、構わないか?」

「ええ、もちろんです。陛下からロアード様には自由に見せていいと事前に言われております。今から行かれますか?」

「後でいい。今は先にするべきことを片付ける」

「分かりました、ロアード様」


 ロアードはバルミアの臣下と共に、エルゼリーナから引き継いだ仕事をし始めた。

 心は少し騒ついている。不穏な気配がしたが、今はそれを振り払って、目の前の仕事に打ち込んだ。

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