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四竜談話

「さて、互いに改めて自己紹介をした方がいいと思うんだよね」


 円卓を挟んで座った面々を見渡しながら、リアンがはじめに切り出した。


「改めて、私は二代目の水竜リアンだよ。あの水竜レヴァリスの後を引き継いで水竜になった存在だよ」


 半透明な水のようなセミロングの髪に、湖畔に写る月の光を瞳に宿し、いつもの白と青のローブワンピース姿の美しい少女……リアンが最初に自己紹介をした。


「妾は二代目の火竜、ヒノカじゃ。父は火竜ヘルフリート、母は人間のトウカという。妾はその二人の間に産まれた半人半竜の娘じゃな!」


 リアンに引き続いて、ヒノカが自己紹介をした。

 昔は黒髪だったが、火竜として覚醒した彼女は、今は燃え上がる炎のような髪を纏め、そこに朱玉のかんざしを刺していた。

 服装はいつものように、これまた紅の見事な着物を着こなしていた。


「……オレもするのか? はぁ……風竜だ。本当の名前は伏せている。今はアルバーノという名前を借りているからそう呼んでくれ」


 面倒くさそうに、髭面のおじさん……アルバーノが自己紹介をした。

 いつもは三角帽子を被っているが、帽子は脱いでおり、適当に纏めた茶髪が跳ねた状態で晒されていた。

 草臥れたコートも今は脱いで椅子に掛けており、白のよれたシャツ一枚だった。

 唯一目を引くのは、足元の鉄靴くらいだろう。

 何処からどう見ても浮浪者のような男は、これでもれっきとした風竜である。


「ふむ、ならば次は我か? 我は地竜バルムート。グラングレスの守護竜だ」


 最後に名を名乗ったのは、地竜バルムートだ。

 守護竜と名乗った時、少しバルムートの顔が悲しげに歪んだ気がした。

 だが、すぐにのほほんとした、少年の顔に戻る。

 白髪と褐色肌、そしてアメジストの瞳を持つ少年……この人の姿は借り物だ。

 また、服装はリアンから借りていた服から、彼に合わせたものに変わっている。

 少し余裕のあるシャツと半ズボンを履いていた。


「……お前さんたちはしないのか?」

「え、しかし私たちは……」

「リュシエンたちもこの場にいるんだから、しちゃいなよ」


 バルムートとリアンに促されて、机の側に控えていたエルフの兄妹が頷いた。


「わたしはファリンと申します。リアンお姉様に恩返しを少しでもしたいと思い、今はその旅路に同行させてもらっています」


 長い金髪を綺麗にハーフアップにして編み込んだエルフの幼い少女、ファリンが若葉色の大きな瞳を伏せて、お辞儀をする。

 白い花の刺繍がされた緑の長衣を着ており、同じような白い花の髪飾りをしていた。

 それは以前、リアンが彼女に送った大樹の百花だ。

 ファリンはいつもこの花を付けていた。


「がうが!」

「この子はミレット様です。リアンお姉様の眷属の魔物でもありますね」


 腕に抱いたミレットの言葉を代弁するように、ファリンが紹介をした。


「私の名前はリュシエン。妹のファリンと共にリアン様の旅路に同行しております」


 その隣でリュシエンが拱手をしながら頭を下げる。

 詰襟の長衣を帯で締めたエルフの民族衣装をしており、深緑の瞳を持ち、長い金髪を三つ編みにして肩に流している。

 一見すると女性に見間違うほどに美しいエルフの青年だ。


「アルバーノって名前はこいつから借りてるんだ」

「ほう、そうだったのか」


 アルバーノの説明に、バルムートが興味を持ったのか、リュシエンを見た。


「……風竜様とは昔、少し縁がありまして。その時の偽名を貸しております」

「おい、なんでそんな他人行儀なんだ?」

「今の私と貴方様は他人ですから」

「はぁ……そうだったな」


 アルバーノからの不満そうな目線を、リュシエンは冷たく流していた。

 それを受けて嘆息しながらも、アルバーノは頷いた。


「彼奴……親友に嫌われておるのか?」

「いや、嫌われているわけじゃないと思うけど……」

「なんというか、可哀想じゃのう……」


 隣に座ったヒノカが扇子を広げながら、こそっと話しかけてきた。

 確かに少しリュシエンは、アルバーノに対して冷たいような気がする。


「おい、そこのクソガキ共! 聞こえてるぞ!」

「……なんじゃ、聞こえておったか!」


 アルバーノに睨まれて、慌ててヒノカが扇子で顔を隠した。


「ほうほう、二代目の火竜はなかなか愉快なおなごなのだな」


 バルムートはそんなアルバーノとヒノカたちのやり取りを楽しげに眺めていた。


「ヘルフリートとはだいぶ違うのだな? そうは思わぬか?」

「まぁ、確かにコイツの父親とはずいぶんと違う性格をしてるな」

「父上は……父上はどういう感じだったのじゃ?」


 ヒノカは父親の話が聞けるかもしれないと、期待をこもった目で地竜と風竜を見た。


「ヘルフリートか。……彼奴はうーん、物静かな奴だったな?」

「物静かっていうか、何にも興味がないから全部無視していただけだろ?」

「……ああ、そうだったのだ。我らのことにもあまり関心を持たぬ奴だったのだ」

「……アルバーノも言っておったが、本当に父上はそういう竜じゃったのか……」


 ヒノカはいまいち納得できないように、首を傾げた。自分の中に残る父親の印象と違うからだろう。


「だから、今も信じられないのだ。あのヘルフリートが、人間に興味を持ち、さらには人間との間に娘をもうけるなど……お前さんを見るまで信じられんかったのだ」

「でも、妾の父上と母上は確かに愛し合っておったぞ?」

「ああ、そうか……」


 ゆったりとした口調のまま、バルムートが続けた。


「ヘルフリートの奴め、願い(、、)をかけられよったな? 愛の願いが彼奴を変えてしまったか……」

「……どういう意味じゃ?」

「それは――」


 続きを語ろうとしたバルムートの言葉は、また風に消された。


「……バルムート」


 アルバーノが首を横に振った。


「……ふむ。確かに、それもそうか」


 アルバーノが言わんとしていることがわかったのか、バルムートは頷き返した。


「なんでもないのだ。我の思い違いだったかもしれん。きっとお前さんの母に出会って、初めて恋に落ちたのかもしれないのだ」

「……! ああ、妾の母上は確かに美人じゃった、だからその可能性は高いと思うのじゃ!」

「うむ、きっとそうに違いないのだ」

「妾の母上はな――」


 バルムートは無邪気に笑うヒノカに、優しい微笑みを返した。

 そのまま彼女が話す両親の話に耳を傾けていた。


「ねぇ、今のどういうこと?」


 リアンが隣に座るアルバーノに話しかけた。


「少し待て」


 アルバーノは見えない風でリアンとの空間を閉じた。

 見えない小さな密室は声を外に通さないため……内緒話には持ってこいだ。


「……ヘルフリートが前に壊れた話をしたな?」

「うん。ヘルフリートがまともじゃなくなったから、レヴァリスに殺されたんだよね……」

「ヘルフリートがそうなったトリガーは、きっとヒノカの母親だ。ヒノカの母親が死んだから、そうなったんだ」

「……愛していた人がいなくなったからだね?」


 ヒノカの話では父親と母親は愛し合っていたという。それなら、愛していた人間が死んで、悲しみという絶望に飲まれてしまったのなら、自我すら壊れてしまうかもしれない。


「……ただ、ヘルフリートはそういう竜じゃなかった。人間を愛するなんて、おかしいんだね?」

「ああ。だからアイツは……一人の人間に、ヒノカの母親にそう望まれたんだろう。愛して欲しいと、願いをかけられたんだ」


 ……ただ一人の願いでも、その願いが強ければ強いほど世界に影響を及ぼす。それがたとえ、竜神と呼ばれている存在であっても。


「ヒノカの母親は、きっと元はヘルフリートに捧げられた生贄だったんだろうな」

「人間は……窮地に陥った時に覚醒することがある……」

「そうだ。だから、彼女がその時、覚醒者となっていたとしてもおかしくない。覚醒者ってのは厄介でな、普通の人間より願いの力が強いんだ」


 覚醒者というのは、総じて世界に与える影響が他の普通の人間よりも強い力を持つ。

 彼らの願いは世界すら変えるのだ。

 そういう人間は世間にも影響を与えるため、歴史に名を残すような者が多い。


「そもそも、覚醒者は自力で願いを叶える力を持つ。誰かに願いを叶えて貰うんじゃない、自身で叶えるために世界すら変えていくんだよ」

「だから願いをかけられたって言うんだ……」


 火竜ヘルフリートはトウカの願いを叶えたのではない。トウカの願いをかけられて、変わってしまったのだ。


「本来、竜と人の間に子供なんて出来ないはずだった。それがこの世界の法則(ルール)だったはずだが、ヒノカが生まれたってことは……その法則(ルール)までもが、その一人に書き換えられた可能性が高い」

「……世界を改変したってことか」

「人々の願いが折り重なって徐々に変化していくこともある。竜の不死の変化はこれだろう。……だが、それと同等のことを一人の人間があっさりと変えちまったんだ」


 アルバーノは頷きながら、嫌なものを思い出すような表情をした。


「……元々、その生贄を捧げるように人々に促したのはレヴァリスだった」

「そこも、そこもレヴァリスのせいだったの!?」

「アイツにそれ言ったら、笑ってやがった。人間の可能性が見れて満足したって感じで……あのクソ竜め」


 忌々しげに、アルバーノは舌打ちした。


「……リアンも、ヒノカにはこの事は言わない方がいいぞ?」

「言えるわけないじゃん、こんな話!!」


 愛し合っていた両親が実はそうではなかったという事実をヒノカには言えなかった。


「おじさんもそう思ったから、バルムートの話を止めてくれたんだね……」

「……知らなくていいならそれでいいだろ」


 神秘に隠された存在らしく、風竜は事実を隠した。

 ……この事実はヒノカを傷付けるものだ。だから、隠したのだ。


「それにしても、覚醒者ってのは厄介なんだね……」


 リアンはつい身近な覚醒者を思い出してしまう。

 ……彼は大丈夫なのだろうか?


「そうだな……」


 アルバーノはちらりとバルムートのほうを見た。


「おじさん……?」

「……バルムートの親友も、ロアって奴も覚醒者だったんだ」


 思わずリアンもバルムートのほうを見た。


「それって……バルムートも願いによって変わったってこと?」

「いや、アイツはロアと出会う前からあんなんだ、何も変わった感じがしない……」


 バルムートは昔から、のんびりとした竜だった。

 いつも寝て過ごしているような、そんな竜だった。


「アイツも、確かにロアが死んだ時に暴れていた。……だから、壊れかけていた……と思うんだが」


 千年ぶりに見るバルムートの姿は何も変わっていない。

 様子がおかしいところがないのだ。

 今もヒノカと楽しそうに普通に会話をしている。


「リアン、アイツはどこで見つけてきた?」

「デンダインの地下深くだよ。そこでずっと寝ていた。……君の予想通り、レヴァリスが関わっていたよ。バルムートは水球の中に閉じ込められて、外界からの情報を遮断された状態だった」

「……やっぱり、関わってやがったか。あの時、知らねぇ顔しながら嘘吐きやがったな、あのクソ竜!」


 またしてもアルバーノは舌打ちをした。


「……そろそろ内緒話は終わったのか?」


 いつの間にか、バルムートがアルバーノとリアンのほうを見ていた。


「まぁよい。お前さんらの話は大体予想がつくのだ」

「……ははは、あんたはそういうところも変わってないな……」


 のほほんと話す少年は……しかし抜け目がなかった。

 今リアンとアルバーノが話していた会話は、ある程度察しがついている様子だった。


「なんじゃ! 妾を除け者にして内緒話をしておったのか!」


 ヒノカは何の話をしているのか分からなくて、怒ったようにリアンを見た。


「えっと……実はアルバーノが最近鱗が剥がれ落ちることを相談してきたんだよ」


 リアンは咄嗟にそんな嘘をついた。


「竜にとってこれは人間が抜け毛を気にするのと同じだね。このままだと鱗が全部落ちてツルツルの丸ハゲになっちゃうかもしれないんだってさ」

「なんと、そうだったのか……可哀想じゃのう」

「ははは、それは確かに大変だ」


 どこか憐れみの視線を向けるヒノカに、大笑いするバルムート。

 それを受けてアルバーノはリアンを睨んだ。


「リアン、なんだこのクソみたいな嘘は!!」

「だって、咄嗟に思い付いたのはこれだったんだもん!!」


 また風で閉じたと思ったら、アルバーノの怒鳴り声が響いた。

 リアンは嘘をつくのはあまり得意じゃない。

 だから当たり障りのない言い訳が思い付かなかったのだ。


「でも、咄嗟に付いた嘘についてはセンスあると思うんだけど、どうかな?」

「どこがだ! なんでちょっと得意げなんだよ!!」


 アルバーノは苛立たしげに、頭をかいた。……そんな勢いで頭をかいたら、本当に鱗が落ちるかもしれないというのに。


「はぁ……まぁとにかく、バルムートのことは気にかけておいたほうがいいだろうな」


 何も変わった様子はないとアルバーノは言っていたが、それが引っ掛かりを覚える。


「そうだね……」


 リアンもそれに頷いた。

 ……地竜祭は明日から始まる。バルムートに公国を案内すると約束をしているから、その祭りの間に回ることになりそうだ。

 祭りの時期に行くのはやめておいたほうがいいかもしれない。

 だが……リアンは今の公国を知ってもらうにはこの時期が適正だとも思っていた。



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