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邂逅

「これが今のデンダインか」


 リアンとバルムートは人の姿となり、地底から地上に出た。

 千年ぶりに太陽の光を浴びながら、バルムートは崩壊した首都を見て回った。


「かつては白亜の都と呼ばれていたのだが……こうも変わるとは」

「……言われてみれば、この都市って真っ白だね」

「竜輝石が使われているからな。我の影響を受けた石材だ」


 この都市の建材には竜輝石と呼ばれるものが使われていた。

 地竜の元素と反応して出来た石で輝くほどの白く、そして頑丈なのが特徴だ。


「だから針のような雨が十五年も降っていても、わりと形が残っていたのか……。あれ? でもそれなら、建物に避難すれば大丈夫だった?」


 地竜の影響を受けているような石材を使っている頑丈な建物だ。

 実は針の雨など通さなかったのではないだろうか?


「それは目で分かる、副次的な効果でしかないのだ。その殺人雨の本来の目的は、この地を水の元素で満たすことであろう?」

「確かに来た時は、水の元素でいっぱいだったけど、あっ!」


 リアンは思い出した。

 それは体内にファリンやリュシエンを入れ込んだ時のことを。


「この殺人雨って……実は国民たちを溺死させるためのものだったの……?」


 周囲が水の元素で満ちれば、それはもう水中であると言ってもおかしくない。

 肺に酸素ではなく水の元素が満たされれば、人は簡単に地上であっても、溺死するだろう。

 つまり、鎧を貫く針のような雨で退路を塞ぎ、室内に閉じ込めた状態から、次々と溺死させていったわけだ。


「……てっきり、針の雨で殺してるのだと思ってた。屋根だって貫通していたし……」

「あれは十五年、その雨に晒されたから空いた穴なのだ。我が守護していた国の建物だ、そんなすぐに壊れる訳ないのだ」


 バルムートは屋根が抜け落ちて倒壊した建物を見つめた。


「……だから、お前さんは水に浸したのだろう? 沈めて(、、、)しまえば簡単だものな」


 その倒壊した建物の半分は水に浸かっていた。

 ボロボロの白亜の建物が水鏡に映り込み、廃墟でありながら、物悲しくも美しい景色を生み出していた。


「ここは我が気に入っていた場所なのだ」


 次に訪れたのは広場だった。

 丸い円形状にタイルが敷き詰められた広場であり、周囲には石柱が等間隔に綺麗に並んでいる。

 ここも冠水しており、膝ほどの高さまで水が溜まっていた。


「ここでいつも昼寝をするのが好きだったのだ」


 バルムートはゆっくりと広場の中央に向かっていく。

 かつてはここで日光浴を楽しみながら、昼寝をするバルムートの姿が見れたものだ。


「いつの頃からか、ここで寝るのが嫌になったのだが……」

「どうして?」

「人間たちの声が煩くなったからだ」


 ふとバルムートが視線を落とした。


「……お前さんと出会ったのも、この場所だったな」


 バルムートは水鏡に映り込む少年をじっと見つめ始めた。


「約束を守れず、すまないのだ。我はお前さんと約束をしたというのに……」


 少年の顔が悲しげに歪んだ。


 リアンは話しかけようとしたが、結局それは出来なかった。

 今はそっとしておくべきだと思ったのもあるが……この地に人が近づいて来ているのを察知したからだ。


(バルムートを目覚めさせた時から知ってたけど……タイミング悪いなぁ。今日じゃなくてもいいのに)


 リアンはそっとバルムートを置いていく。

 あの状態ではしばらく動きそうにない。

 なら、先に対処するなら、これから来る人々だ。


 リアンは広場を離れて、大通りに出る。

 その大通りも倒壊や冠水でもうまともな道ではない。

 その瓦礫通りを進んでいけば、予想通りの人物がいた。


「やぁ、ロアード。ここで会うとは奇遇だね」

「リアンか、まさかお前がここにいるとはな」


 黒髪に紫の瞳を持つ、大剣を背負った一級冒険者にして邪竜殺しの英雄。

 そして、今は亡きグラングレスの王子だった者……ロアードがそこにいたのだ。


「私はちょっとここの様子を見にね。ほら、ここって最近、立ち入り禁止が解除されたでしょ? 一応私も見回っておこうって思って」


 リアンは用意していた理由を述べた。


 旧グラングレス王国の首都デンダインは、雨が晴れてからも、一般人の立ち入りが禁止されていた。

 建物の倒壊の危険性や、雨以外にも人間に害を及ぼすものがないかの安全確認が必要だったのだ。

 そのため、バルミア公国が最近まで安全確認の調査をしており、つい先日一部の区間のみに立ち入りが許可されるようになった。

 それでも中に入れるのは、元グラングレスの国民など限られた者たちだ。


「あ、私も、もしかして入っちゃダメだった?」

「竜が人のルールを気にする必要はない。だから気にするな。それより、手間をかけさせてすまないな、ありがとう」

「それこそ気にしないでよ。この都市を解放したのは私だし、問題がないか気になっただけだから」


 ……まぁ、新たな別の問題は今さっき見つけてしまったが。

 リアンはそのついでで、地竜の手かがりも探していたわけだ。


「ロアード様、調査の結果が――え、水竜!?」


 ロアードに声を掛けてきたのは、バルミア公国の兵士だった。

 彼は隣にいたリアンの姿を見るなり、驚いていた。……バルミア公国ではリアンの人の姿が知れ渡っている。

 そのため、リアンを見れば二代目の水竜であると、すぐに分かってしまうのだ。


「慌てるな。リアンは大丈夫だ」

「……はっ! も、申し訳ありません!」


 ロアードの言葉を聞き、リアンに向かって謝るように兵士は敬礼した。

 二代目の水竜と分かっていても、先代の水竜だった邪竜レヴァリスの記憶が新しいせいか、彼らはリアンを見ると緊張した面持ちをする。


(まぁ、演技とはいえ、私がバルミアの首都襲っていたから間違いじゃないんだけど)


 幾つかの建物を実際に壊したので、彼らの恐れはある意味正しいだろう。


「それで、報告に来たのだろう?」

「は、はい! 専門家の調査結果が一部出まして……」


 兵士はびっしりと文字や数式が書かれた書類をロアードに手渡した。

 先の道のほうを見れば他の兵士と、魔術師らしき者たちが地面に魔法陣を描きながら、何かをしていた。


「……やはり、エルゼの予想通りか」

「はい、数値がよくありません……」

「このまま調査を進めてくれ。次の地点の割り出しは俺がやっておく」

「はっ!」


 兵士は報告を終えると、すぐに踵を返して、戻っていく。


「忙しそうだね……っと!?」


 その時、地面が大きく揺れた。

 地鳴りを伴った大きなもので、近くの建物がまた一つ倒壊し、水に沈んでいった。


「……収まった、かな?」

「これがあるからな。……俺たち人の手で色々とやらなければならない。もう二度と竜の力を借りないためにも」

「……そっか。頑張ってね」


 ――リアンは黙っていた。

 ……彼らに力を貸していた地竜が今、すぐ近くに居るということに。

 そもそも彼らに教えるつもりは一切ない。……それをすることは彼らが今している努力すら否定する行為だ。


「邪魔しないように、私もこの辺りで失礼するよ」

「ああ、すまないな」


 何らかの調査の仕事をしているらしいロアードの邪魔をするべきではないし、リアンも余計な介入をするべきでもない。

 リアンはロアードに別れを告げて、大通りから離れた。


「……あ、バルムート」


 そのまま広場の方まで戻ろうとしたが、その前に白髪の少年を……バルムートを見つけた。

 どうやら、予想よりも早く広場からバルムートが離れてしまったようだ。


「……ロア。あれはロアに似ているが違う……」


 バルムートは遠くに見えるロアードの姿をじっと見つめていた。


「ロア? 愛称か何か? 彼はロアードだけど……」

「ロアード……」


 アメジストの瞳は今だにロアードを映していた。

 そこでリアンは気づいた。

 さっきまで、同じ色の瞳と目を合わせていたことに。


「あー! 分かった! 誰かに似てると思ったら、ロアードだ!」


 少年の顔と遠くのロアードを見比べる。……やっぱり似ていた。まったく違うのは歳と肌の色と髪色くらいか。


「あの男は何者なのだ?」

「彼は……今は亡きグラングレス王国の王子だった人だよ」

「なるほど、ロアの末裔か。だからロアに似ており、あの大剣を背負っておったのだな」


 バルムートの視線が、ロアードの背にある大剣に映る。宝剣クロムバルム……それはかつてバルムートが自身の鱗を使って作り上げた大剣であり、人間の親友に与えたものだ。

 その親友は、グラングレス王国の初代国王だった。


「もしかして、ロアって初代国王のこと? その姿も……」

「そうだ。今我がしておる姿も、ロアのものだ」


 バルムートが人間態の参考にした人とは……彼の親友だったようだ。

 なぜ少年期の姿を選んだのか。それは初代国王陛下として、ロアの大人の姿は広く知れ渡っており、肖像画はもちろん、石像としても遺されているのだ。

 そのため元グラングレス王国やバルミア公国の民であれば、分かる人にはすぐに分かってしまう。

 ロアの人生の中であまり歴史に残っていない姿というのは、国王になる前の少年期しかなかったわけだ。


「ロアード……ふふ、お前さんの名前から取られたと分かるなぁ、ロアよ。お前さんは、今でも忘れることなく、慕われておるようだな……」


 亡き友に語りかけるように、バルムートが言葉をこぼす。


「あの大剣も、失われることなくまだ残っておったとは……」

「宝剣って呼んでいるくらいだからね。……あの大剣を巡って争っていたみたいだし」

「……あれはロアを護るために与えた物なのだ。そのあとはロアの子孫のためにあったはずの物なのだ。……血が流れる原因を遺したつもりなどなかったのだ……」


 あの大剣はバルムートが、ロアや彼の大事な人々を護る為に譲り与えたものだった。

 皮肉にもそれは王位を証明する道具となり、血みどろの継承戦争のトロフィーとなってしまった。

 それは大剣に込められた願いとは、真逆の結果を呼び寄せた。


「こんなことになるなら、ロアの手から離れた時に、返して貰えばよかったのだ……」

「バルムート……」


 バルムートは肩を落としながら、背を向けた。


「あの、これは慰めになるか分からないけど、今はロアードの手にある。……ロアードは正しいことに、あの大剣を使っていたよ」

「ロアの名を継いでいるのだ……それくらいしてもらわねば困るのだ」


 リアンの言葉に、バルムートは困ったような笑みを返した。

 だが、少しは安心したのか、先程よりは雰囲気が和らいだ。


「ちなみに、どんなことに使っておったのだ?」

「うーんと……邪竜を討伐した時とか、二代目の火竜を鎮めた時とか?」

「邪竜に、二代目の火竜……? ヘルフリートはどうしたというのだ?」

「あ〜……そういえば、この話はまだしてなかったね」


 分からないと言ったように首を傾げるバルムートに、今度はリアンが困ったような笑みを返した。

 さて、この話はどこから話すべきか……。

 ひとまず、世間が知っている範囲内で話をすることに決めたリアンだった。


「……ここは見慣れないのだ」

「ああ、ここは……」


 話をしながらリアンたちは再び歩いていたが、とある場所でバルムートが足を止めた。

 墓標のような白い石が多く立ち並ぶ。

 その景色が一望できる小高い丘には、献花台が設けられており、捧げられた花たちが風に揺れていた。


「十五年前に犠牲になった人たちの墓だよ。……以前、ロアードたちと一緒に埋葬したんだ」


 ここは立ち入りが許された一部区間であり、元グラングレスの民が墓参りに来ることが許されている。

 しかし、遺された家族たちは、その家族を個別で墓参りすることができなくなってしまった。

 だからああして献花台が用意されているのだ。


 個人を識別する暇もなく、次々と埋葬していった。すぐに埋葬しなければアンデッドとなって彷徨ってしまう危険があったからだ。


「そうか……これだけの民が犠牲になったのだな」


 バルムートは献花台の前に立つ。


「お前さんたちも、守ってやれずにすまない。……我が起きていれば、こうもならなかっただろう」


 バルムートは手のひらに土が集まっていく。

 それは形を変えて、花の形となった。

 それをバルムートは献花台の上に置き、しばらく黙祷を捧げた。


「さて、そろそろ次に行くとするのだ」

「次はどこに行くの?」

「グラングレスは滅びたが……分かたれた国が残っているのだろう? 確かバルミア公国と言ったか」


 バルムートは再び歩み出した。


「……ロアの末裔たちが居るならば、我は行かねばならん。今度は公国を守らねばならんだろう。……なにせ我は、守護竜なのだから」


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