地の底で
ララハ諸島の騒動から二週間が経った。
南の島々でたっぷりとバカンスを楽しんだリアンたちは、大陸に戻ってきた。
すでに大陸ではララハ諸島の出来事が噂として広がっている。
……その噂の広がりが異常に早かったのは、風が運んだからだろう。
リアンは自身の存在を、二代目水竜の存在を広めるために、少しアルバーノに手伝ってもらったのだ。
アルバーノは風竜である。
リュシエンに名を呼んでもらい、風竜の権限を取り戻してから力を使えば動作も無いことだった。
『なんでオレがそんなことしなきゃならないんだ……』
『私を連れ去った迷惑料ってところかな』
『そうじゃ、そうじゃ。分かったらとっととやらんか!』
『おい、止めろ! 風の元素を燃やすな……! リュシエンなんとか言ってくれ!』
『さっさと終わらせてください。ファリンが待ってますから』
『クソっ、この裏切り者〜!』
やってもらった時にこんなやり取りがあったが、まぁとにかく風竜のおかげで素早く広がったのだ。
……のはいいのだが、広まり過ぎてちょっとばかり人の街などには入りづらくなってしまった。
人の姿をして冒険者活動していたバルミア公国あたりは特に。
しかし、これもいい機会だった。竜から離れようとしている公国に竜たるリアンがいつまでもいるべきではない。
そのため、バルミアに戻るロアードと別れて、リアンたちはバルミア公国の首都カーディナルから、交易の街サントヴィレに一時的に移っていた。
ヒノカが自分の火山に来ることも勧めてくれたが、火竜と水竜があまり長期間一緒にいるべきではない。
互いに元素を生み出す存在だから、周囲の元素濃度が高くなってしまい、環境が崩れてしまうのだ。
そんなわけでヒノカは泣く泣くリアンの元を離れて火山に戻って行った。
『次はちゃんと妾を誘うのじゃぞ! 絶対じゃからな!! ぜーったいじゃからな!!!』
『分かった、分かったから! 絶対忘れないから!!』
去り際に熱い握手(物理的に)をヒノカとしたから、手の痛みからしてきっと忘れることはない……はずだ。たぶん。
リアンもそろそろ拠点を決めたほうがいいかもしれない。
放浪者として特に決めずに、ふらふら渡り歩くのも悪くはない。
どちらを取るかは今後考えていくとして、今考えるべきは……。
(……地竜のこと、だよね)
リアンは今、とある場所に来ていた。
その街のほとんどは水没しており、建物は廃墟ばかりが立ち並ぶ。
かつては首都として栄えていたその街は、十五年ほど雨に閉ざされた街だった。
今は亡きグラングレス王国の首都デンダイン。
現在ではバルミア公国の領地となっている場所だ。
この場所は両国の守護竜であった地竜、バルムートが好んだ土地であったとされる。
(風竜から地竜について、私なら何か分かるかもしれないって言われたから、来てみたけど……)
何か手掛かりがあるなら、ここだろうと当たりをつけてリアンは一人でやってきた。
千年以上行方不明の地竜バルムートの行方に、先代水竜レヴァリスが関わっているのではないかと言われた。
この場所は十五年前と比較的最近だが、レヴァリスが雨に閉ざした場所でもある。
(前に来た時は何も分からなかったけど……)
リアンは歩きながら廃墟の首都を見渡す。
以前よりも水が伝えてくる情報が直に伝わってくる。
二代目の水竜として存在を世界に知らしめたからだろう。
(……この気配は)
――だから、気付いた。
未だに大量に残る水の元素。
それに隠されるように埋もれていて分かりづらかったが、地下に水の元素の塊があることに。
リアンはすぐに姿を水に変え、割れた地面から地下に潜っていく。
地上から遥かに遠い、地底まで潜っていく。
(ここか……)
やがて空洞に突き当たった。
そこは鍾乳洞だった。鍾乳石のつららから落ちる雫のように、リアンは地面に落ち、水から再び人の姿に戻った。
「……気配の原因はこれか」
光なんてない真っ暗な鍾乳洞であっても、リアンは目の前にあるモノが見えていた。
それは大きな水で出来た球体だった。
止まることなく動き続ける水の塊は、見上げるほどに大きい。
水竜の姿の時と同じかそれより少し大きいくらいだ。
「先代が残した物だろうけど……」
リアンは水球の表面に触れてみた。
確かにこれは水竜の力で作られたものらしい。
……しかも、中に何かがいる。
中にいる何かを閉じ込めるようにこの水球は展開されていた。中身は見えないし、音も内外共に完全に遮断されている。
中身を確認するには、この水球の封印を解かなければならない。
「……解くしかないか」
中に何がいるのか、少し不安だったが、リアンはその封印を解いてみることにした。
リアンは再び水球の表面に触れた。
すると水球の形が崩れ、水は飛散していった。
ざぁっと、一瞬雨のように降り、地面を水浸しにしていく。
そして、その中にいた何かも、水浸しの地面にふわりと落ちた。
それは大きな岩だった。
ゴツゴツとした岩の塊だと、最初は思った。
岩山だと思っていたそれが、ゆっくりと動き出すまでは。
岩山から丸まっていた長い首が持ち上がった。
同じように丸まっていた尻尾も揺れた。
苔の生えた表面が割れ、それは翼となっていく。
やがて岩の目が開かれた。
琥珀石のような深い色合いをした瞳が、リアンを映した。
「……レヴァリスか。また我の昼寝を邪魔にしに来よって……」
……それは大きなあくびをしながら、のんびりとした口調でそう言った。
「えーと……おはよう? 君は地竜バルムートであってる?」
「おかしなことを言う。それ以外になんだというのだ?」
リアンが確かめるように名を呼べばそれは……バルムートは不思議そうに返事をした。