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船長と副船長

「……もしかして、私、邪魔だった?」

「まぁ、確かに二人っきりを邪魔されたな?」

「変な冗談を言わないでください。それに貴方も今、リアン様と一緒に来たところでしたでしょうが……」

「だははは! まぁ気にするな、リアン。オレはあんたとも話したかったしな」


 豪快に彼は笑う。

 しかし、一緒に来たというが、リアンは彼の気配をやはり読み取れなかった。


「リュシエンにはおじさんの気配、分かるんだ……」

「ええ、分かりますよ」

「こいつはオレの名前を知ってるからな。……オレの名前は世間には知られていない。つまり、世界からの認識もあやふやだ。だから名前を知らない奴はオレを正しく認識出来ないのさ」

「通りで私も認識出来なかったわけだ……」


 水竜たるリアンであっても、名を知らなければ正しく認識できないらしい。


「だから、おじさんって存在感が薄い、空気のような存在だったんだ……」

「おい、その言い方は止めろ。間違えちゃいねぇけどよぉ……」


 ……よく人々から存在感がなさすぎて探されていたのは、これが原因だったようだ。


「……アイツらは逝ったのか」

「ええ、彼らの魂は無事にあの世に向かったようです」

「そうか……」


 彼らは水上線を見た。

 陽はすっかりと沈み、煌めく星々の光を海は映していた。


「……アイツらが……ヘススたちが亡霊になって、幽霊船と共にこの海を彷徨っていることに気付いたのはほんの最近だ。オレはあんたと別れてからは、ララハ諸島には近付かなかったからな……」

「……私も知りませんでした。ずっとエルフの村に居ましたので……」

「あんたは仕方ないだろ。……オレは気付けたはずなんだがな。……昔のオレだったら、世界の反対側に居てもこの程度の噂なら聞こえていたはずだが……ずいぶんと耳が遠くなっちまった」


 ……彼は風竜だ。風は世界のありとあらゆる場所に吹く。その風が人々の話題や噂を届けるのだ。

 だが今の彼の耳にはその手の話題は届かない。


「ヘススたちを解放させてやりたかった。亡霊になった原因は、アイツらを殺した水竜……レヴァリスにあるとオレは突き止めたんだ。あのクソ野郎が呪いを掛けたか、何かをしたのだろうと思って、奴に問い詰めようとしたら……死んでやがった」


 やっとの思いで突き詰めた原因は、ちょうど討伐されたという噂が広がった。

 その噂は情報に疎くなった風竜の元にも、すぐに届いた程だった。

 しかし、あまりにも、タイミングが悪過ぎた。


「原因が死んじまったから、魂を解放する方法もわからねぇ……そんな時に溟海教団のクラウディアたちが、レヴァリスを復活させようとしていたから、気は乗らないがオレは一枚噛むことにしたんだ」

「……それでおじさんはクラウディアに協力してたんだ……」

「ああ。奴を復活させて、問い詰めるつもりだった。……ただクラウディアはオレのことは知ってても、名前までは知らない。だから、接触するのに苦労したぜ……名がないようなもんだから、誰もオレを認識出来ないからな」


 名があるからこそ、世界にその存在を認められる。

 逆にいえば、名がなければ、世界から存在を認められない。

 名を忘れ去られた風竜というのは、存在しているのに、存在しないという矛盾した状態だった。


「代わりの名前が必要だった。しかもすぐに認識できるような、誰もが知ってるほどに、有名な名前がな」

「……だから、私の名前を名乗ったのですね」

「そういうことだ、"アルバーノ"!」


 彼はバシバシとリュシエンの背を叩いた。

 アルバーノという名前は、この海域では知らない者はいない、伝説の海賊の名前だった。

 その名を借りることで、やっと風竜は人々に認識がされるようになった。


「……なら、私の名前じゃなくて、自分の名前でもよかったじゃないですか、フェリクス」

「……フェリクス?」

「彼の昔の名前ですよ。……私の海賊団で、副船長だった――"幸運のフェリクス"」


 アルバーノ海賊団の副船長、フェリクス。

 どんな死地にあっても、彼だけは無傷で帰ってくる。

 オレには幸運の風が付いている……それが副船長の口癖だった。

 そしてそれは、風竜がかつて名乗っていた名前だった。


「……そいつは死んだ奴の名前だ。オレはもう名乗れねぇよ」


 そう、フェリクスはもう死んだのだ。

 勝手に他人の名前を名乗るのとは訳が違う。

 風竜が自身の昔の名を名乗れば、それは本人となる。

 死んだはずの人間が生き返るのだ。


「それにな、副船長の名前は歴史に残ってない。残ってるのは船長のアルバーノだけ、そうだろう?」


 伝説となって語り継がれているのは船長だったアルバーノだけだ。

 フェリクスの名も、ヘススの名も、残っていない。

 わずかな文献には残っているかもしれないが、船長の知名度と比べると微々たるものだろう。


「そもそも一度使った名前は二度も使わねぇよ。……その名で定着しちまう恐れがあるだろ」

「……そうでしたね」


 名を持たぬ風竜は、名を残すこともしない。

 だから彼は船長の座を、リュシエンに譲ったのだ。

 名が残ることを嫌って。


「とにかく、そうやって、アルバーノの名を借りて色々とやっていた訳だが……まさか本物が来るとは思わなかったぜ」


 かつての親友はもう海には戻ってこない。

 そう思っていたからこそ、風竜はクラウディアと手を組んだのだ。


「結局、オレがやったことは無駄に終わったけどな。あのクソ野郎は生き帰らなかった。……だけどアイツらがなんで彷徨ってたか分からないまま、解放されたし……」

「……多分だけどさ、彼らの未練が晴れたからじゃない?」

「未練?」

「彼らはリュシエンと……アルバーノ船長ともう一度、航海がしたかったんだと思う」


 ……船長と副船長は思わず、互いに見合わせた。

 亡霊となり彷徨った人々は確かに未練があるから、彷徨っている。

 その未練を解決すれば、彷徨うことを止める。

 確かにレヴァリスに彼らは殺されたが……それが彼らが彷徨う原因ではなかったわけだ。


「……あ〜〜〜! クソッそういうことかよッ!」

「ヘススたちなら確かに、それが理由そうですね」

「紛らわしい! でも普通、アイツのせいって思うだろ!! いや待て、アイツが殺したことは変わらねぇ! やっぱ許せねーわ、あのクソ野郎(レヴァリス)!!」


 喚いて騒ぐ風竜。

 その声はうるさいのだが、けして外には響かない。

 風が周囲に吹いている。ここでの会話が外に漏れないように。


「チッ……生きていやがったら、一発殴りに行ったのに……」

「……おじさん、返り討ちに合わない?」

「確かに今のオレは名も知名度もないから、弱い。……だから、どうしようもなかったら、オレの名を広めるつもりだった。……まぁ、それでもやらなかったかもしれないが」

「……そういえば、どうして君は名前を伏せてるの?」


 風竜という存在は知られているから、彼は存在している。

 だが、名は忘れ去られ、知られていないから、力は弱い。

 認識がされなくて困っていたこともあった。

 それでも彼は自身の名前を明かさなかった。

 なぜ、このような状況を受け入れているのか。


「……それはオレも同じだからだ」

「同じ……?」

「死にたがりはアイツだけじゃないってわけだ」


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