表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/109

忘れ去られた名

 海中に潜り、リアンは深海を目指す。

 深海の暗がりを照らすように、眩い光の柱が海底から伸びていた。


「……あそこか」


 光の柱の出所はやはり深海の宮廷だった。

 しかし、洞窟にあった宮廷は今、その真上の地表が崩落しており、真上から丸見えだった。

 その空いた穴から、光の柱が伸びていた。


 リアンは光の柱が伸びる穴の近くの海底に降り立った。

 穴に近づいて分かったが、光は大砲のような形をした機械から伸びていた。

 あの機械が原因だろう。しかし、強固な結界があり、迂闊には近づけそうにない。


「リアン様……!」

「……リュシエン!」


 リアンに泳ぎながら近づいてくる人影があった。

 よく見ればそれはリュシエンだった。


「リュシエン、無事だったんだね! ファリンたちが心配していたよ」

「ああ、すみません……。少し確かめたいことがあったもので……」


 肩を怪我したようだが、リュシエンは無事だった。

 その姿にホッとするが、一つ疑問が出てきた。


「……リュシエン、息は大丈夫なの? 水圧とか」


 水中呼吸のポーションはもう効果が切れているだろう。さらに深海のここは水圧がある。


「……問題ありません。これがありますから」


 リュシエンは手にした風牙槍を見せる。

 ……確かに彼は風の元素を纏っていた。

 風の元素とはつまりは空気でもある。

 そのため、風の元素から酸素を得ることは可能だ。

 水圧に関しては風圧で相殺しているようだ。

 つまり、風の結界によって空気を確保し、水圧から身体を守っているわけだ。


「それってそんなに便利な槍だったんだ」

「――そいつがそれくらいできなきゃ、名折れだな」


 さらに声が聞こえてきた。

 そちらを見れば、悠々と海底を歩く者が一人。

 草臥れたコートが水流にはためかせ、ボサボサに纏めた茶髪を三角帽子に収めた、髭面の男。


「……アルバーノおじさん」

「やっぱり、生きていましたか」


 リアンとリュシエンのそれぞれの反応に、アルバーノはにやりと笑う。


「まぁ待て。まずは確認させてくれ。……あんたは、リアンで合ってるのか? それともレヴァリスか?」


 アルバーノは不信感を抱いた目でリアンを睨んできた。

 今のリアンの姿は先代そっくりの水竜だ。

 この姿でアルバーノと会うのは初めてだった。


「私はリアンだよ」


 否定する意味も込めて、リアンは人の姿を取って、アルバーノの前に行く。

 その隣にリュシエンも降り立った。


「海上での話は聞いていた。二代目の水竜ねぇ……ホントかよ、"アルバーノ"?」


 アルバーノと呼ばれたリュシエンは、神妙に頷いた。


「私も信じ難いのですが、そのようです。……少なくとも、私と妹はリアン様に救って頂きましたから」

「……だから、そいつと行動してたって訳か」


 リュシエンの話を聞いて、一人納得する偽物のアルバーノ。


「えっと……何? 君たちって知り合いなの?」


 ……不思議なことに、二人のアルバーノはまるで古くからの知り合いのように話をしていた。


「……この方とは初対面ですよ」

「ああ、オレもだな。なんならさっきまでやり合ってて、オレは負けたぜ」

「……じゃあなんで、そんなに親しげなの」


 リアンがムスッとした表情で二人を見上げると、耐え切れなくなったように、偽物のアルバーノが笑い始めた。


「だははは! 怒った顔が可愛いな〜こいつ。まぁ、初対面なのはホントだ。今のオレと会うのがな」

「……いいのですか?」

「こいつは二代目水竜なんだろ? それに、どうせこれからバレることだ」


 やれやれと嘆息しながら、アルバーノは光の柱の方角を指した。


「リアン、あんたはアレを壊せるか?」

「……難しいね。あの結界、かなりの強度だ。今私が出せる全力を出しても、結界を壊せるかどうかかな?」

「そうだな。あんたはまだ水竜としては産まれたてだ。……レヴァリスだったら壊せていただろうが、そうじゃないんだろ?」


 確かめるように言いながら、アルバーノは続ける。


「アレはな、旧文明時代に世界を滅ぼしかけた帝国の魔導兵器だ。世界のエネルギーを使って、その力を持って敵や国を焼き払ったんだ」

「世界のエネルギー……」

「そう、あれは言わば世界の寿命を削って動く、最悪の兵器だ」


 先程、胸に痛みが走ったのも頷ける。

 リアンの心臓ではなく、世界の心臓を、あの兵器は握ったのだ。

 元始の竜は世界そのものだ。世界に満ちる元素は彼らが産み出している。

 その力を吸い出し使っているのだ。

 だが、もしもこの世界から元素が無くなればどうなるか。

 世界を動かす力は無くなっていく。水や空気は消え失せ、火は付かなくなり寒さが訪れ、土地は痩せていく。

 ……それはもちろん、世界の滅びを意味するだろう。


「……クラウディアめ。いつの間に見つけて、しかも修理までやっていたとはなぁ……」

「……そういえば、おじさんは協力していたんじゃないの?」

「オレはあのクソ野郎を復活させるって言うからちょっと手を貸していただけだ。あの兵器は聞いてねぇよ。たくっ、また壊さなきゃいけねぇとか面倒だ」


 アルバーノは困ったようにガシガシと頭をかく。


「あんたはホントに、あのクソ野郎……レヴァリスじゃないんだな?」

「そうだよ。……そう言うおじさんも、そろそろ本当のことを話して欲しいな」

「……はぁぁぁぁ」


 アルバーノは……男は思わず蹲り、深い、それは深いため息をはいた。

 その後、リュシエンの方を見た。


「……あんたはオレの名を覚えてるか?」

「忘れるわけがありませんよ」

「さすが、オレの親友だ」


 どうしようもない困った現実と、その返事の嬉しさが混じった笑みを浮かべながら、男は再び立ち上がった。


「じゃあ、呼んでくれ」

「……分かりました」


 そして、リュシエンはその名を呼んだ。


「あなたは風を司る元始の竜。その名は風竜――」


 続く名はリアンには届かなかった。

 風がリュシエンの声を遮ったのだ。

 男はリアンに向かって人差し指を立てながら、口を動かしていた。


 ――あんたは覚えなくていい名だ。


 リアンには届かなかったが、世界には届いたのだろう――やがて男は風を纏い、姿を変えていく。


 薄緑の鱗は風に揺れる若葉のよう。

 鋭さを持ったその四肢は風の流れに上手く乗る形をしている。

 両翼は大きく、はばたけば突風を巻き起こす。


 その者の名は、すでに人々から忘れ去られていた。

 存在することだけが伝えられ、人々に記憶されている。

 四大元竜の中で、唯一名を忘れ去られた竜。

 神秘に包まれた存在――風竜。

 それがこの男の正体だった。


「……おじさん、風竜だったんだ……」

「オレもびっくりしたよ。連れ去った子が、まさかの同胞だったんだから」


 見上げるほどに大きくなった風竜の姿に、リアンは驚く。

 何かしら隠しているのは分かっていたが、まさか風竜とは思わなかった。


「ま、詳しい話は後だ。オレが元の姿で居られるのには限界がある。一人に名を呼ばれた程度だからな」

「なら、さっさと終わらせようか」


 リアンもまた水竜の姿になる。


「リュシエンとの話も気になるしね。……その海賊姿、とっても似合ってるよ、お兄ちゃん!」

「無駄なこと言ってないで早く行ってください。あと、お兄ちゃんではありません!」


 クスクスと笑いながら、リアンは風竜と共に、光の柱に向かっていく。



「まずは邪魔な結界からだ。当時は四竜でぶっ壊した奴だ」

「四竜で? なら私たちだけじゃ無理じゃない?」

「修理がうまくいかなかったのか、出力は落ちている。だから行けるさ」


 くわっと口を開けて牙を見せながら笑う風竜に、頼もしさを感じる。

 リアンと違い、彼は何千年と生きている。


「全力で力をぶつけろ、いいな?」

「そっちも手を抜かないでね?」


 深海にさらなる渦が巻き起こる。

 風と水の力が集まり、魔素の濃度が上がる。

 力を溜めた二竜の攻撃は光線のように走り、結界を貫いた。


 音を置き去りにして、すべては崩れていった。

 結界も、光の柱を出していた砲台も。

 砲台が崩れると共に、光の柱は消えていく。

 同時にエネルギーの吸い上げも止まった。


 そして土台が崩れ、宮廷ごとさらなる深海に落ちていく。


「……おい、リアン?」


 崩れ落ちていく瓦礫の中にリアンは……クラウディアを見つけた。

 なんとか瓦礫を避けて彼女を前足で掴んだ。

 ……触手はすべて斬り落としていたが、兵器を動かすために二本だけ再生したのか、その小さな触手を掴んだ。


「どうしてこんなことをしたんだい、クラウディア」

「……赦せなかったのです。ええ、わたくしは本当は赦せなかったのですわ」


 クラウディアは僅かに見上げた。


「こんな世界を、どうして赦せますか……あなた様を嫌う世界を、どうして愛せますか……」


 そこにいるのは彼女が崇拝したものではない。

 見目形はそっくりでも、宿っている魂はまったく違うものだ。


「どうして、あなた様は殺されなければならなかったのですか……」


 それでも、彼女は問いかけた。

 もう答えなんて返ってこないと、分かっていても。


「……私には分からないよ。ただ……」


 ……この言葉を口にするか迷う。

 だがしかし、再び口を開いた。


「レヴァリスは死にたがっていた。でも、彼は私に役目を託してから死んでいった……それが答えなんじゃないかな」


 邪竜と呼ばれた水竜、レヴァリスは死を望んでいた。

 生きることが退屈であるが故にと言う理由だった。

 だが、レヴァリスはただ死ぬのではなく、リアンを探し出して役目を譲ってから死んでいった。

 もしも、本当に世界を嫌っていたなら、そんなことはしないだろう。


「あなたに……役目を……」

「私、本当はレヴァリスにあったことがあるんだ……ごめんね、嘘を付いて」


 リアンがそう言えば、クラウディアの、丸く大きな金の瞳が僅かに緩んだ。


「……それがあなた様の答えなのですね」


 ……掴んでいたクラウディアが離れていった。

 小さな触手をクラウディアは自ら切り離したのだ。


「ねぇ、死んだら逢えますでしょうか……」

「……君が望むなら、きっと」

「……なら、再び逢えることを楽しみにしておりますわ」


 クラウディアは落ちながら、泡となって消えていく。

 そうして、深海へ還っていった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ