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私は邪竜じゃありません! 転生して二代目水竜になりましたが先代は邪竜と呼ばれていました  作者: 彩帆
第五章

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英雄として

 《還らずの海》は混戦としていた。

 エスパーダ船団の船隊がシーサーペントを囲むように展開していた。

 しかし、これを援軍に来た溟海教団の水生族が邪魔をする。

 結果として、エスパーダ船団は彼らの相手をするだけで手一杯だった。


 つまり、今シーサーペントを相手に戦っているのはただ一人……ロアードのみ。


 荒れ狂う波の上に立ちながら、ロアードはシーサーペントと戦っていた。


 すでに戦闘を開始してから四十分は経っている。

 水中呼吸のポーションの効果が切れるまで残り時間は少ない。

 効果が切れた後に追加のポーションを飲んで効果を延長することはできない。

 この手の魔法ポーションは一定期間に飲み過ぎると、中毒症状を引き起こす。最悪肺の構造が変わってしまい、呼吸が正しく出来なくなる。


「……そろそろ決着を着けなければならないか」


 ロアードが立っていた海上に尾が叩き付けられた。

 すぐに足下の結界を解除して、海に潜ることで衝撃を逃れる。

 しかし、それを逃れたところで逃げ場はない。

 相手は海に住まう魔物。

 海中に落ちてきたロアードを喰らうように、シーサーペントは大口を開けていた。


 一級の魔物とは大国を滅ぼす力を持つ。

 規格外の災厄級に分類される元始の竜たちを除けば、冒険者ギルドが定める最高ランクの怪物。


 その強靭な鱗はあらゆる攻撃も魔法も通さない。

 その鋭き牙はあらゆる存在を噛み砕く。


 たとえ竜に匹敵しないとはいえ、人々は簡単に倒せる相手ではない。


「……っ!」


 その圧倒的な存在感に、ロアードは気押された。


「俺は英雄だ……」


 たが、彼は英雄と呼ばれる者だ。

 邪竜殺しの英雄、たとえその肩書きが本当ではないとしても。


「暴れる火竜をも静めた……」


 ……あの時、火竜ヒノカと対峙した時。

 ロアードは今以上に、その存在に気押されていた。

 初めて竜神の力を前にして、彼は死を覚悟した。

 邪竜……リアンと戦った時も感じたが、それ以上だった。

 自身の力を過信していたわけではないが、ロアードの想像以上に力の差があったのだ。

 結果として、リアンがその戦いに割り込み、ロアードは死ぬことはなかった。


 たがしかし、世間ではロアードが火竜を静めたことになっている。

 あの時、リアンが表に出るわけにはいかなかった。

 そうリアンが望んだから。


「だから、俺が英雄なんだ……。相応しい英雄に、ならなければならないんだ!」


 そうだ、リアンと約束したのだ。

 もしも彼女が邪竜になるようならば、切り捨てると。

 シーサーペントすら倒せないようでは、それは出来ない。


 けしてリアンが邪竜になると本気で思っているからではない。

 彼女を信じて、約束したからこそ、約束を反故にしてはならない。

 それに、実績に見合うほどの強さがなければ、すべての嘘が疑われる。

 それだけは、あってはならない。


 ロアードは宝剣クロムバルムの柄を握り締める。

 その剣に眠る地竜の力を使えば、勝てるだろう。


「リュシエン……やはり、俺にはそれは出来ない」


 ……だが、今回ロアードはそれに頼ることはしなかった。


 ロアードはあろうことか大剣を構えるのを止め、片腕を前に……迫り来る大口に突き出した。


「――ぐあっ!!」


 直後にガキンッと固いもの同士が当たる音が響く。

 ロアードは右腕を噛み付かれたまま、海中をシーサーペントに引き摺られる。

 右腕は《防御甲冑(プロテクトアーマー)》を掛けたことで噛みちぎられずに済んでいた。

 たが、そのアーマーが軋みをあげ、同時に痛みが走る。

 このままではすぐに魔術は破られてしまうだろう。


 だが、これを待っていた。

 このシーサーペントが噛み付いてくることを。


「お前の鱗は硬い。外からではどうしようもない……だが、その内側はどうだ!」


 ロアードは噛まれたままの右腕に魔力を集中させる。

 ……人の魔術は魔法に憧れ、それを模したものだ。

 魔法と違うのは創造力さえあれば、なんでもできることだ。


「……《大嵐(ウィンドストーム)》!」


 この魔術はよくリュシエンが扱う風の魔法によく似ていた。

 何度も見た魔法だ。

 それを食らったことだってあった。

 故に、創造は完璧だ。


「キシャアアアア」


 風の刃がシーサーペントの内部を容赦なく暴れ回る。

 やはり内側は外側の鱗ほど、強度はなかったようだ。


 抵抗するように暴れ、シーサーペントは海上に顔を出した。

 そこでやっと力尽きたのか、海面に向かってその長い図体が倒れていく。


「――シーサーペントは討伐した!」


 そしてロアードが、シーサーペントの上に乗り、この海域にいるものたちに届くほどの大声で、勝利を伝えた。


「うおおおー!」

「さすが英雄、ロアード様だぁ!」


 エスパーダ船団の人々の喜びの声が上がる。


「そんな馬鹿な……」

「大海蛇様が……」


 周囲には倒れて浮かび上がったシーサーペントを、信じられない表情で見る水生族たちの姿があった。


「ロアード様!」

「ゴゥグか」


 ネネ族の族長ゴゥグが乗る船がロアードに近づいてきた。

 ロアードはその船に飛び乗った瞬間に、脱力するように座り込んだ。


「ロアード様、右腕が」

「問題ない……」


 シーサーペントを討伐できたことで、緊張の糸が緩んだのだろう、無視していた右腕の痛みも感じ始めた。


 脅威は排除されたが、まだやるべきことは残っている。

 あとは残る溟海教団たちを捕らえ、拉致された人々を救わなければ。


「……なんだ?」


 荒れていた海が元に戻りかけていた。その時だ。

 再び、波が立ち始めた。


 そして、海中から空に向かって、水柱が突然上がった。

 水柱が晴れ、海中から出てきた存在が見えた。

 それは美しい半透明の鱗を持っていた。

 大きな両翼が羽ばたくたびに、水飛沫が舞い落ちる。

 まるで水中を泳ぐかのようにして、優美に飛ぶ。

 それは――。


「水竜……なぜ、ここに!?」

「おい、あれってまさか、邪竜レヴァ――」

「……落ち着け! 邪竜は俺が倒した! あれは邪竜ではない!」


 狼狽え始めた人々の想像を、ロアードが否定する。


「……ロアード様がそう仰るのです! あれは邪竜ではありません!」


 ゴゥグの言葉も続き、徐々に落ち着いていく。

 人々はロアードの言葉を……英雄の言葉を信じたようだ。


「……やはり無事だったようだな、リアン」


 誰もが突然現れた水竜を見ていたから気づきもしない。

 ロアードが一人、安心したような表情を浮かべていたことに。 


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