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幸運の風

 古代遺物(アーティファクト)、それはかつて古代の魔導時代に誕生した魔導具。

 現代においても魔導具はあるが、この時代のものと比べるとその性能は落ちる。

 その理念は誰でも魔法が扱えるようにすること。

 故に、魔力を持たないものでもその魔導具を使用することで、奇跡の術を扱える。


「……っ!」


 リュシエンは魔導小銃から放たれた魔弾を最小限の動きでかわした。

 その魔弾は大した威力はないが、急所に当たれば死ぬのは変らない。

 さらに厄介なのは魔弾と合わせて飛んでくる別の攻撃だ。

 魔弾とは別方向から蹴りが飛んでくる。

 鉄靴に覆われた右足。その鉄靴もまた古代遺物(アーティファクト)だ。

 刻まれた術式の輝きを置き去りにして放たれる、ジェット噴射による速度と威力を上乗せした高速の蹴り。


「風よ、我を――」

「遅い!!」


 リュシエンは咄嗟に詠唱するが間に合わない。

 なんとか腕で防ぎながら、その蹴りを受ける。

 衝撃で飛ばされ、体勢が崩れたままのところに追撃で魔弾が飛んでくる。


「ぐっ……」


 避けられない。故に急所を外して受けた。

 受けた魔弾は左肩を貫通していた。


「さすが本物の"アルバーノ"だ。この程度では倒せないか」


 宮廷内の長い廊下。白壁に術式の線がわずかに光ながら照らし出す道に、男の足音と声が反響する。


 "アルバーノ"の名を騙った男は、手にした魔導小銃の照準をリュシエンに油断なく向けていた。


 古代遺物(アーティファクト)の利点には、詠唱を必要としないことがある。

 銃の場合はトリガーさえ引けばそれで術式は発動する。

 まさに神の領域にすら踏み込んだ技術であり、魔法や魔術と違って、いつ撃たれるかも分からないのが厄介だ。


「あなたこそ、いい古代遺物(アーティファクト)をお持ちで」

「そうだろう? オレのコレクションの中でも気に入ってるんだ」


 男は自慢をするように小銃を見せびらかす。


「魔術は使わないので?」

「残念ながら、オレは使えないんだ。これが今のオレの全力だ」


 男の言う通り、リュシエンとの戦闘の中では一度たりとも魔術を使っていない。

 使っているのは古代遺物(アーティファクト)だけだ。

 ブラフである可能性もある。

 リュシエンは油断をしないように、槍を握り締めた時だ。


「……そういうあんたは全力を出さないのか?」

「出してますよ」

「嘘をつくなよ。ならその槍はなんだよ」


 男は、リュシエンが持つ槍を……風牙槍を指差す。


「そいつはただの槍じゃねぇだろ?」


 確かに、風牙槍はただの槍ではない。

 風の元素を秘めたこの槍は手にしているだけで、風の魔法を操りやすくなる。

 だが、効果はそれだけではない。


「それともあんたは道具には頼らない主義か?」

「違いますよ。私はどちらかと言えば、利用できるものはなんでも利用しますよ」


 ……同じ言葉をつい最近、あの頭の固い英雄に言った気がする。


 確かに、男の実力はリュシエンの想像以上だ。

 古代遺物(アーティファクト)のおかげであるとも言えるが、それは十分に使いこなせてこそだ。

 古代遺物(アーティファクト)を手足のように扱う男を倒すには、全力を出さねば無理だろう。


「……ただ迷っていたのです。あまりこの力をむやみに使わないと約束したので……。ですがあなたを相手には……そうも言っていられないようですね」


 リュシエンはやれやれと理屈を並べたてながらも、隠しきれない笑みが溢れていた。

 気分が高揚しているのは痛みのせいか。

 それともこの格好のせいか、つい暴れ回っていた海賊時代を思い出す。

 もしくは、目の前に強敵がいるからか。

 全力を出しても構わない相手がいるから……。

 ああ、すべてが懐かしい。この感覚はいつ振りか。


「――槍に宿りし、疾風の力よ。盟約に従い、力を解放せよ」


 リュシエンの声に反応し、風牙槍に秘めていた力が解放されていく。

 リュシエンの周囲に風が集まり、衣服の裾や髪を揺らす。


「風よ、我に従え……!」


 その一言に、風は従う。


 リュシエンが扱う魔法とは人間の魔術と違い、自然を操るものだ。

 自然の法則の域をけして出ることはない。

 そして、この槍の力の本質も同じだ。


 故に、今のリュシエンは詠唱をもう必要としない。

 思いのままに、風を操ることができる。

 本来それはいくらエルフであろうと人にはできない領域――神の領域だ。


 リュシエンは一歩を踏み出し、駆けた。

 触れるものすべてを切り刻む牙のような風と共に。


「そう来なくてはなぁ! オレは全力のあんたと戦ってみたかったんだよ!」


 カチンと男が踵を鳴らす。


「――《制限解除(リミッターリリース)》、《出力全開(フルスロットル)》!」


 ジェット・ブーツが唸りを上げ始め、そして弾丸のように男が走り出した。

 使用者の体の負担を一切無視した速さ。

 その速さを持って、目に見えない風の刃をかわしていく。

 その状態で蹴りを放とうものなら、鋼鉄を粉砕するほどの威力だ。


 だが、全力を出しているのはリュシエンも同じだ。

 体に纏わせた風が、彼の動きを最大限にサポートする。

 リュシエンもまた人並外れた速さを持って、蹴りを回避した。

 その間に男が何発も小銃から魔弾を撃ち込むも、魔弾程度の威力では風の防壁を越えられない。


「ヒュー……風を乗りこなしやがって……!」


 男の頬を槍先が初めてかすめた。

 先程までは余裕を持ってかわしていたリュシエンの攻撃を、今は紙一重でかわしている。


「……私には幸運の風が付いてますから」


 ――勝敗は明白だった。


「……ぐっ」


 幾度目かの斬り合いの後、男は急に失速し、致命的な一撃を腹に食らった。

 戦いによる衝撃が周囲の宮廷の壁さえ貫き、壁の向こうから水が溢れ出していた。


古代遺物(アーティファクト)は確かに便利な魔導具です。しかし、決められた魔力残量があり、それを使い切れば停止します。……あなたは確かに強い。ですが、先に息切れをするのはあなたのほうです」


 男が失速した原因は、履いていたジェット・ブーツの魔力切れだ。

 加えて出力全開にすれば、持って三十秒とかなり短いものだったのだ。


 古代遺物(アーティファクト)は自然の魔力を吸収し、自動的に魔力充填するものが多いが充填するまで時間が掛かる。とても戦闘中にできるものではない。


「あなたが魔術師であれば、古代遺物(アーティファクト)に魔力を補いながら戦えたのでしょうが……」


 その素振りを男はまったく見せなかった。


「だははは……言っただろ。オレは魔術は扱えねぇって……」


 怪我をした腹を抑え荒い息を吐きながらも、男は笑みを浮かべる。


「……久々(、、)にあんたと戦えて楽しかったぜ」


 リュシエンはその言葉に一瞬動きを止めた。

 ……リュシエンはこの男とは初対面だ。

 過去に会ったことは一度もない。

 戦ったこともこれが初めてだ。


 それゆえに、男の次の行動に反応が遅れた。

 男が懐から瞬時に何かを取り出すと、それを放り投げた。


 手のひら大のボールのようなそれは――、


「今回はあんたの勝ちだ。じゃあな、アルバーノ」


 ――直後に光と共に爆発した。


 ……高威力魔導爆弾。火の魔術を用いた術式が織り込まれた使い切りの古代遺物(アーティファクト)


 リュシエンは咄嗟に風の魔法を操ることでその爆発からなんとか身を守った。


「なんてことを……」


 爆発したあとのそこに男はいなかった。

 壊れかけていた壁は完全に穴が空き、海水が入り込んで来たが、建物の修復機能が作動したのか、空いた穴に結界が張り出され、海水の侵入はなくなった。

 男がまともに爆発を食らったとすれば、爆風も受けて壁の外に……深海に投げ出されたことになる。

 結界越しに穴から深海を覗き込むが暗くてよく見えない。

 また海流があるのか、投げ出されたとしたらもう流されている。


「……人であれば、死んでいるでしょうね」


 何の対策もなければ、深海の水圧で死ぬだろう。

 そうでなくても、息ができずに死んでいく。

 さらに怪我を負った状態だ。

 普通なら、生きているはずもない。


「……いえ、考えるのは後にしましょう。ファリンたちと合流しなくては」


 暗い深海を見つめ何かを考えていたリュシエンだったが、すぐに妹のことを思い出し、その場を去っていった。


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