本物と偽物
「……シーサーペント、やはりいたか!」
エスパーダ船団の船を口に咥えながら、下から現れたシーサーペント。
噛み付かれた船を守るためにロアードはすぐに飛んで駆けた。
首元を狙った一撃。大したダメージは与えられなかったが、衝撃で船を口から外させた。
船は結界の魔術で耐えたため、そのまま海になんとか着水した。
「ロアード様! ありがとうございます!」
「ゴゥグたちエスパーダ船団は作戦通り俺の援護を頼む! リュシエン!」
「ええ、シーサーペントは任せましたよ! ヘスス!」
「アイアイサー!」
それぞれの声が響き、己の役割を全うしていく。
ロアードとゴゥグが指揮を務めるエスパーダ船団はシーサーペントの相手を。
そしてリュシエンたちの海賊船は……。
「お兄様、水中呼吸のポーションです」
「ありがとうございます、ファリン」
ファリンとリュシエンがポーションを飲んだのを確認すると、ヘススがリュシエンの代わりに舵を取った。
「よし! 今から水中に沈むっすよー!」
ブラック・フェニックス号は沈んでいく。
けして船が壊れたから沈没していくわけではない。
形を保ったまま、沈み、海中を進んで行くのだ。
普通の船ならばまずできない。
だが、これはただの船ではなく幽霊船だ。
幽霊船であるがゆえに、海中すらも自在に航行することができる。
だが、乗っている者の呼吸までは保証しない。
スケルトンであるヘススたちは大丈夫だが、リュシエンとファリンは予めポーションを飲む必要があったわけだ。
ちなみにミレットも飲まなくて問題ない。
水竜の眷属が水中で身動きが取れないなど、あるわけがないのだから。
水深が深くなっていくにつれ、光が遠ざかり暗くなっていく。
この先にあるという、秘密の拠点。
そこに向かい、連れ去られた人々を救うのがリュシエンたちの役目であった。
「船長、向こうの渓谷から船と水生族たちが出てきますっすよ」
「やはり、来ましたか」
深海の底にできた割れ目のような渓谷から、丸い結界で守られた数隻の船と、人魚の水生族たちが続々と現れた。
海上で戦っているシーサーペントの援護のために向かっているのだろう。
何せ、今回は海上にいるエスパーダ船団の数が多い。
しかも一級冒険者ロアードもいるとなれば、一級の魔物であるシーサーペントであろうと危うい。
シーサーペントと彼らには繋がりがあった。
シーサーペントが危機に陥れば援護に向かうだろうと予測していたが、どうやら当たったようだ。
リュシエンたちが乗るブラック・フェニックス号には気付きもしないで、慌てるように海上に向かっていた。
「さぁ、今のうちに人質の救出に向かいますよ」
拠点の警備が薄くなった今がチャンスだ。
リュシエンたちはこっそりと船を動かしながら、渓谷を進んでいく。
見つかる可能性から暗い深海の中でも、灯りは付けられない。
だが、亡霊であるヘススたちに暗闇は関係ない。
ブラック・フェニックス号は迷うことなく進んでいき、そしてぽっかりと空いた洞窟の入り口をついに見つけたのだった。
「ここが……秘密の拠点ですか」
「お兄様、深海なのに空気があります」
洞窟を進み、空気のある空間にリュシエンたちは出た。
出迎えた古代帝国の宮廷の壁と入口の異質さが、この自然の洞窟の中で際立っていた。
「……っ!」
その時だった。
リュシエンが急に槍を手にしたかと思うと、後ろに向かって振り回した。
ガギンッという金属同士が打ち合う音が響く。
リュシエンの風牙槍は、カトラスの刃が受け止めていた。
「ヒュー、やっぱりオレは上に行かなくて正解だったな?」
ブラック・フェニックス号の甲板に、調子の外れた口笛と声がした。
「い、いつの間に、侵入者がいたんすか!?」
「何言ってるんですか、ヘスス。どう見ても、バレバレでしたよ。隠れる気なんて一切ないくらいでした」
「だははは! あーはっはっはっ!」
侵入者の男は何が面白いのか、大笑いしていた。
その間にスケルトンの船員たちが男を囲んでいく。
「いやぁ、バレちまうとはなぁ。……さすが伝説の海賊と言うべきか?」
囲まれても男は不敵に笑う。
浮浪者と見紛うほどによれたコートを着ており、年齢が刻まれた顔には無精髭が生えている。
ボサボサの伸びっぱなしの茶髪を適当にまとめて、三角帽子に収めていた。
そんな格好でありながら、足元は甲冑のような鉄靴を履いている。
「あなたは……誰ですか?」
「……オレか? オレの名は"アルバーノ"さ! そう、あの伝説の海賊、不死身の"アルバーノ"だ!」
男は堂々と、リュシエンとヘススたちの前で名乗りをあげた。
「なるほど、あなたが私の名を騙る偽物ですか。探す手間が省けました」
「オレも光栄だよ。まさか本物に会えるだなんて思ってもみなかったぜ、なぁ"アルバーノ"さんよ」
アルバーノと名乗った男はリュシエンをジロジロと見ながら、指でフレームを作り出した。
「いやぁ、本物がこんなに綺麗だとは思わなかった。しかも妹までかわいいとは……姉妹揃って、オレのコレクションに加えたいくらいだ」
男の指フレームにはファリンも一緒に収まっていた。……確かに美人姉妹と言えなくもない。
だが、次の瞬間にはその手のフレームを突き破るように、槍先が男をめがけて飛んできた。
「私の妹を……穢らわしい目で見ないでください!!」
……リュシエンから殺意が溢れ出していた。
大事な妹のファリンをそういう目で見てきたのだ、絶対に許してはならない。
「そんな怒るなって、綺麗な顔が台無しだぞ?」
「私は男ですけど……!」
「本当か〜? なら脱いでみろよ?」
急所を狙った連続の槍の突きをアルバーノはひょいひょいとかわしながらも、煽るような物言いをやめない。
「ガウッガアア!」
「……っと、なんだ?」
白い霧の塊が現れたかと思えば、それは爪となってアルバーノを襲う。
だが、これを足に装着した古代遺物、ジェット・ブーツの推進力でスピードをあげることでアルバーノはかわしてみせた。
アルバーノに攻撃したのはもちろんミレットだ。
霧は白い虎の形を取り、男を睨む。
「なんだこいつ……魔物にしては存在が違うな。名ありのようだが……それにその魔力の気配は……」
ぶつぶつと考え始めたアルバーノに、リュシエンが追撃を加えていく。
「あなたのことをどこかで見た記憶がありましたが今思い出しました。……リアン様を連れ去った人ではありませんか」
「……! リアンお姉様を!?」
「ああ、リアンちゃんね。そういえば、あんたらも一緒にいたな?」
「やっぱり、ここに居るようですね。なら好都合です。……ファリン! あなたたちは先にリアン様を探してください!」
「分かりました、お兄様……! ミレット様、ヘスス様!」
「ガウ!」
「よく分かんないっすけど承知したっす、船長! アネゴ!」
ファリンはミレットと、ヘススを含めた船員たちと共に船を降り、宮廷へ向かっていく。
「……宮廷に行ったところで意味がないぞ。あんたたちは隙をついてここまで来たみたいだが、そうじゃねぇんだよ」
「……そうでしたか。ですが、リアン様がいらっしゃるなら話は変わりますので」
「あのお嬢ちゃんが? 何が出来るって言うんだ」
不思議がるアルバーノを前に、彼が妹たちを追いかけないように、リュシエンは位置取る。
ミレットがいるとはいえ、妹たちだけを行かせたのは少し心配だが、ここにはリアンがいる。
「……ロアード様なら怒るかもしれませんね。あなたに頼るなと。でも、そこにいるというのに、あなたが何もしないわけがないですよね。あなたはそういう方のはずです。……というか、いい加減動いてくださいよ。ここにずっといたというのに、まさかまだ傍観しているつもりなんですか?」
「おい、誰に言ってるんだ……」
「ああ、失礼。少々、愚痴がこぼれました」
リュシエンは改めて目の前の男を見た。
「無視されてなくてよかったぜ。せっかくのダンスの誘いを断られたかと思っちまったからよ」
「……ならその足、踏み抜いてあげますよ」
「だははは、オレはお転婆なお嬢さんも嫌いじゃないぜ」
本物と偽物。
二人の海賊は互いに武器を手にして、戦闘というダンスを始めたのだった。