深海の古代帝国
リアンは与えられた部屋から出て、この海底の宮廷を歩くことにした。
部屋を出てはならないとは言われておらず、むしろ自由にしていいと言われていた。
何かしら溟海教団について知ることができるだろうと思っての行動であったが……。
「二日、出歩いてみたけどあまり収穫がないんだよねぇ……」
宮廷を歩き回ってみたが特に何も分からなかった。
溟海教団の教徒たちに話しかけても、クラウディアから命令されているのか、重要なことは話してはくれない。
水を通して耳を澄ませてみても、この宮廷の魔術に防音の機能があるのか、声が反響せず上手く拾えないため、盗み聞きも出来ない。
一応、ワワ族が捕らえられている場所は特定できたが、監視が居て中には入れていない。
「おっいたいた、リアンちゃん」
どうしようか悩みながら歩いていたリアンに、あの髭面の海賊、アルバーノが話しかけてきた。
「あれ? アルバーノおじさ――」
アルバーノが素早くリアンの腕を取ると、すぐ近くの部屋に引き込んだ。
自動扉が閉まると、勝手に部屋の明かりが付く。
雑多に装置のような物が詰め込まれた、物置のような部屋だった。
「……毎回強引だね、おじさん」
「いやぁ、悪いな。クラウディアからはお嬢ちゃんには会わせないって言われててよ……」
「道理で今日までおじさんには会わなかったわけだ……」
「そういうことだ。ここの区域にも無断で入ってきたんだ」
アルバーノはリアンの腕を離すと、誰にも言うなと言うように、口の前に人差し指を立てる。
「心配してたんだが、その様子は大丈夫そうだな?」
「そりゃあ、おじさんと一緒にいるよりは安全だし。待遇もよくしてもらってるからね」
「だはは、確かにそりゃそうだ!」
対してアルバーノも変わった様子はない。
この宮廷内で行動が制限されていた以外は特に何も縛りはなかったのだろう。
「それで? わざわざ規制を破ってまで私に何のよう?」
「……あんたをここから逃そうかと思ってな」
「おじさんが誘拐して連れて来たってのに?」
「……まぁな」
ペリコの港からアルバーノに誘拐され、ここまでリアンはやってきた。
なのに今更逃すという。
「クラウディアの元に居ても自由はなさそうだからな。……あいつのことだから、この深海から一生お嬢ちゃんを出すつもりはないかもしれないぞ?」
「そんなことは……あるかもしれない?」
この深海の宮廷内での自由は許可してくれたが、クラウディアは外に出してくれそうには見えない。
お願いをすれば出してくれそうだが……監視はしっかりと付けたものになりそうだ。
自分をレヴァリスの子だと思っているからして、過保護にもなるだろう。
まさに籠の中の鳥といえようか。
「クラウディアにはちょっとあんたを見せて確認するだけだったんだ。……まさかここまで執着するとは思わなかった。あいつじゃないって分かれば、興味を失うと思っていたんだが……」
「クラウディアは私をレヴァリスの子じゃないかって疑ってる……」
「ああ。まさかそう思い込むとはな……。確かに似てはいるが、それはないだろ。……あいつ自身がよく分かってるだろうに」
「……どういうこと?」
「あまり子供に聞かせる話じゃないんだが……」
アルバーノはボサボサの茶髪を掻きながら、少し間を置いてから話す。
「……クラウディアはレヴァリスの子供を作ったことがある。だが、レヴァリスはそれが気に入らなかったのか、その子供たちを全員殺したんだ」
血生臭い記憶が蘇ってくる。
あの光景は、あの涙の記憶は、その時のものか。
「レヴァリスはそれ以来、クラウディアとは会ってないみたいだったな。見放したとオレは思ってる」
「……よくそれだけされても、水竜を信仰するもんだね」
「彼女はレヴァリスから名を与えられた眷族だからな。裏切ることも見限ることもできやしないさ……」
名というものは時にその者を縛る呪いになる。
クラウディアの名に込められた意味はレヴァリスに対する忠誠。
どのようなことがあっても、それが変わることはない。
「まぁ、そんなんだから、あんたに執着しちまったのかもな」
死んでいった子たちをリアンに重ねたか。
信仰するレヴァリスによく似ているからか。
クラウディアがリアンに執着する理由はどちらもありそうだ。
「それにしても……おじさん、詳しいね?」
「そんなことないさ。風の噂でこのことは最近知ったんだ……そう、色々とな」
アルバーノは少し深いため息をついた。……少し後悔の色が滲んでいた。
「それで、逃げるんだったら手伝うがどうする?」
「それって、クラウディアたちの協力はやめて、裏切るってこと?」
「悪いがそこまではしねぇな。あんたはオレたちの目的とは関係ないから、逃してもいいってだけだ」
アルバーノからのまさかの提案。
この男なら確かに言葉通りにここから出してくれそうだが……。
「……ありがたい申し出だけど、それはできないかな」
「おいおい、家に帰れるかもしれないってのにか?」
「なら、拉致して来た人たちも一緒に助けてよ」
「さすがにそこまでは無理だな」
「やっぱりね。じゃあ私もまだここを離れるわけにはいかないや」
拉致された人たちも一緒に出られるなら少し考えたが、どうやらそこまで甘くはないらしい。
「あいつらは赤の他人じゃないのか?」
「そうだよ。でも、見捨てて行けるわけないじゃん」
「ずいぶんとお優しいことで」
やれやれとアルバーノは呆れていた。
「そういうおじさんは、私を本当に逃すつもりあった? ここからは逃してくれそうだけど、家までは帰してくれないんじゃない?」
「……なんだ、バレてたか」
今度はリアンが呆れる番だった。
わざわざ誘拐してまで連れてきた獲物だ。
そう簡単に手放さないとは思っていたが、本当だったようだ。
クラウディアとアルバーノ、どちらの元にいてもあまり自由はなさそうだ。
「ま、ここから出たければいつでも言うといい」
「一応、覚えておくよ」
話が一区切りしたところで、リアンは先ほどから気になっていた部屋の中を見渡した。
「……ここにあるもんは全部、古代遺物のようだな。溟海教団の奴ら、何の装置かも分からねぇもんから、適当に詰め込んだっぽいな」
同じくアルバーノも周囲を見渡し、近くの装置を観察しながらそう言う。
古代魔導時代の宮廷だというこの場所は、当時のそのままで残っている。
雑多に詰め込まれた装置などもすべて古代遺物のようだ。
「"洗濯機"に"冷蔵庫"、便利な魔導具ばっかりじゃないか」
「……これって"掃除機"だよね?」
「嬢ちゃんよく分かったな。普通、それが何か分かるやつは少ないぞ?」
「そうなんだ……」
アルバーノが口笛を吹きながら、言い当てたリアンを褒めた。
片手で扱える長い筒状の棒を手にしたリアンは、それが武器ではなく、掃除用具の魔導具であるとすぐに分かった。
古代遺物の多くはきちんと分析しなければまともに扱うことができない。
一目見ただけでは、何の用途に扱うものか、専門家でなければ分からないのだ。
「ゴミを吸い込んで集める道具だったかな……」
「そうだな。こいつは集めたゴミをさらに焼却処分する機能まで付いてるタイプのようだ」
「……ゴミじゃないモノを間違えて吸い込んだら手遅れになりそうだね」
(……やっぱり、これが何か分かる)
リアンは不思議そうに手にした掃除機を眺めた。
何も覚えてはいないのに、ここにある物は大体何の用途で扱う物なのかわかった。
ただここにある物は大体は壊れているのか、整備しないと使えそうにはない。
「そういえば、この宮廷は……古代帝国は竜の裁きを受けて滅んだって言っていたね? どういうこと?」
ここに初めて来た時にアルバーノが教えてくれた。
この深海に沈んだ宮廷は、古代魔導時代の名もなき帝国ものであり、その帝国は竜の裁きを受けて滅んだのだと。
「ああ、それか。……簡単な話だ、古代帝国は世界を滅ぼす程の力を手に入れ、実際に滅ぼそうとしたんだ」
「……世界を?」
「ああ……」
アルバーノは語り出す。
――今から三千年以上も前、古代魔導時代で最も高度な技術を持った帝国はその力を持ってして、世界を支配するに至った。
しかし、平穏は続かず、やがて内乱を起こした。
高度に発達し過ぎた技術を持って争いを始めた人々は、やがて世界を滅ぼすほどの兵器を用いてまで、争いを始めたのだ。
まさにその時、竜たちが現れた。
「火竜、地竜、風竜、そしてあのクソッタレの水竜もだが、四大元竜が帝国の前に現れた。四大元竜ってのはこの世界の理の神であり、世界を守護する神でもある。だから、あいつらは世界を護るために帝国の人々と戦ったんだ」
火竜が地表を焼き尽くし、地竜が地面を裂き、風竜が全てを巻き込んで飛ばし、深き谷底に争いの中心となっていた帝都を落とした。
そして、水竜が全てを水に沈めたのだ。
全ては世界を護るために。
「後にも先にも四大元竜が力を合わせて戦ったのはこれが最後だな……」
四竜が一堂に集まることなど滅多になかった。
全員世界に散らばって、単独で活動していることが常だった。
それは互いに持つ力が干渉し、反発し合うことが多かったからというのもある。
そんな竜たちが共に並び立ち、戦ったのはこれっきりである。
それほどまでにこの時の世界は、危機に瀕していたわけだ。
「そんな歴史があったんだ……」
「嬢ちゃん、歴史には詳しくなかったか? まぁ、無理はない。今時覚えている奴のが稀だ」
文明として一度滅んでいるため、この古代魔導時代について残っている記録は少ない。
古代遺物について知っている人々は多くいるが、正しい歴史まで覚えているのはほとんどいない。
「そういうおじさんはどうしてそんなに詳しいの?」
古代遺物にも歴史にも詳しく、溟海教団のクラウディアについてもよく知っている。
ただの一介の海賊にしては、あまりにも知識が豊富すぎる。
「さて、どうしてだと思う?」
「……そこは教えてくれないんだ」
「分からないならそれでいいんだよ。……オレのことはそんなに知らなくていい」
知らなくていい、そう言われた瞬間、リアンは目の前の存在が消えていくような錯覚がした。
「どうしてそんなこと言うの……?」
「覚えなくていいからだ」
形としての輪郭がボヤける。
また、正しく認識ができない。
そこにいるのに、そこにいない。
「君は……」
――何者か?
そう疑問を問いかけようとした時。
「リアン、ここに居ましたか! 探しましたわよ!」
自動扉が開き、クラウディアが入り込んできた。
「もう、姿が見えなくなったと聞いて心配致しましたわ!」
「あはは……心配かけてごめんなさい」
姿を見るなり、抱きしめて来たクラウディアに、リアンは苦笑を返す。
「一人で遊ぶにしても、ここにある物は危ないですわ。さぁ、部屋に戻りましょう?」
気付けばアルバーノは部屋の外にいた。
クラウディアに姿を見付かることなく、リアンに手を振って離れて行った。
(いつの間に……しかも逃げ足が速いことで)
クラウディアに見つかればただでは済まないので、さっさと逃げたのだろう。
いつの間にか居なくなってしまったアルバーノを諦め、リアンはクラウディアと共に、自分の部屋に戻ることにした。




