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かつての親友

 クコ島がシーサーペントに襲撃されてから一夜が明けた。

 クコ島の小さな港はひどい有様であった。

 高波がすべてを海に引きずりこんだかのように、桟橋は崩れ、建物も流されていた。


 もはや港として機能はしていないが、幾つかの船が停泊していた。


 一隻はロアードたちが乗ってきた小型船。

 あとからやって来たエスパーダ船団の船隊が数隻。

 そして、海賊の幽霊船だった。


「……話を整理しますと、つまり、今回の件に関わっているのは偽のアルバーノ海賊団であり、本物のアルバーノ海賊団は関わっていなかった、ということでしょうか?」


 エスパーダ船団の船の甲板には主要人物たちが集められていた。

 シーサーペント討伐の代表依頼人であり、ネネ族の族長、ゴゥグは今話された内容にそう返した。


「そうすっよ! オイラたちは勝手に船長の名を語って好き勝手やっている奴を懲らしめに来たんですよ!」


 カラカラと骨を鳴らしながら息巻くのは、幽霊船の海賊、ドワーフのヘスス。

 しゃれこうべにバンダナを巻いたスケルトンの彼は、かの有名な伝説の海賊団、アルバーノ海賊団の船員。

 今回のシーサーペントの襲撃事件にはアルバーノ海賊団が関わっているとされていたが、どうやら違うという。


「大体、人攫いなんてオイラたちはしないっすよ。そうっすよね、アルバーノ船長!」

「ええ……まぁ、はい……」


 ヘススの隣で、冷や汗をかきながら答えたのはアルバーノ船長……ことリュシエンだ。

 いつもように金の髪を三つ編みにして横に流しているが、手入れを怠ってしまっているのかボサボサだ。

 エルフらしい美丈夫の姿が、今は少し霞んで見えるほどにやつれている。


「伝説の海賊、"不死身のアルバーノ"はエルフであると言い伝えられていましたが、本当のことだったとは」

「や、やめてください! その二つ名で呼ばないでください!」

「どうしてですか、船長! カッコいいじゃありませんか!」

「私にとっては黒歴史というか、あまり掘り返したくない過去といいますか……!」

「お兄様……」


 慌てるリュシエンはある視線に気付き、後ろを向く。


「えっと、違うんです、ファリン。これはその、成り行きで……」

「確かに最初はびっくりしました。お兄様がまさか指名手配されるほどの海賊だったとは思わず……」

「そうすっよねぇ。でも、掛けられた賞金、すごいんすよ、姉御!」

「……ヘスス、ちょっと黙ってください」

「あいたっ!」


 カポンと骨が叩かれる音が響いた。


「……話を戻します。確かに我々は犯罪行為をしていたのは事実ですが、人道に反することはしていません。……前回も今回のワワ族を拉致したのも、別の海賊であると思われます……海賊の言葉など信用出来ないかと思いますが……」


「何をいいますか。かの伝説の海賊の言葉です、信用しますよ」

「……え」


 ゴゥグの言葉にリュシエンは驚く。


「――百年以上も前、当時のエスパーダ船団は腐敗していました。ララハ諸島の海域を通る船からは検閲と称して金品を奪い、隣国の貴族と繋がり、密輸に手を貸したりとひどい有様でした」


 当時、海の平和を守るはずのエスパーダ船団がこの有様であった。

 故にこの時代のララハ諸島の海域は荒れていた。

 海賊でさえ、賄賂を払えば見逃していたのだ。

 だが、その中で一つの海賊団だけが違った。


「アルバーノ海賊団……貴方たちは無法に暴れる他の海賊たちを襲い叩き潰した。密輸をする商船とそれを守るエスパーダ船団を襲い、その品を強奪した。記録上では犯罪行為とされていますが……我々はそう思っておりませんよ」


 かつて腐敗したこの海域を正したのは、アルバーノ海賊団であると、地元の住人たちは思っていたのだ。

 義賊として支持を得た彼らは後に伝説となって、この地に伝わり残るようになった。


「むしろ、あなた方を疑うようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」


ゴゥグは海賊たちに向かって頭を下げた。


「……顔を上げてください。それに私は……」

「もう、いいじゃないすか、船長! そういう細かいところ気にするのは変わってないんすね!」

「そうだぜ、船長!」

「……あなたたちは気にしすぎないのがいけないと思いますよ」


 ヘススや他の船員たちに言われ、苦笑するリュシエン。


「分かりました。あなた方が言うのであれば。……しかしながら、私はまだ指名手配されていたと思うのですが」

「指名手配を出した貴族たちは後に不正を暴かれ、取り潰されました。なので、その手配もなくなったようなものですよ」

「そうでしたか……」


 リュシエンは脱力した。

 アルバーノであると知られれば捕まると思っていたのだろう。


「どうせこんなことだろうと思っていた」

「はい、わたしもそう思っていたところです。お兄様がただ犯罪を犯すなど思ってはいませんでした」

「……ファリン! 私のことを信じていてくれましたか……!」


 ロアードの言葉は聞こえていなさそうだ。

 リュシエンは、妹の言葉に嬉し涙を浮かべていた。

 義賊行為が多かったとはいえ海賊だ。

 もしも妹に幻滅されていたら……立ち直れなかったかもしれない。


「さて、問題は偽物どもか」

「そうっすよ! あいつら最近オイラたちの名前を名乗って暴れ回ってたんすよ!」

「罪を本物であるお前たちに被せるため……と言ったところか」

「そうだったら、絶対許せないっす!」


 ロアードの言葉に、ヘススや他の船員たちが骨を鳴らしながら怒りを見せた。


「近頃、確かにアルバーノ海賊団による被害が増えていました。……目撃された場所を洗えば、偽物の拠点も分かるかもしれません」


 ゴゥグがそう言い、部下に指示を出そうとした時だった。


「族長、報告します! 怪しい水生族の男を一人捕えました!」

「水生族ですか。……これは手がかりになりそうですね、すぐに尋問をなさい」

「はっ! 了解しました!」


 ゴゥグの指示を聞き、エスパーダの船員が下がっていく。


「すぐには情報は出ないかも知れません。偽物の目撃情報の洗い出しも少し時間がかかるかと」


 シーサーペントの討伐が第一ではあるが、シーサーペントは姿を消した。

 その足取りを追うには、襲撃場所に一緒に現れた海賊と水生族たちを探るほうがいいだろう。

 襲撃場所にすぐ現れていることから、やはりシーサーペントと海賊と水生族には繋がりがあるとみえる。


「問題ない。もし手が必要ならいつでも言ってくれ」

「はい、では少々お待ちください」


 ロアードたちに礼をしてから、ゴゥグたちはこの場から下がっていく。


「それにしても、まだあなたたちがいるとは思いませんでしたよ」


 アルバーノ海賊団の多くは人間だ。

 エルフのリュシエンとは寿命の差はどうやっても埋められない。

 ヘススはドワーフであるが、ドワーフの寿命というのも二百年程だ。

 出会った当時、ヘススは百歳を超えていたから、さらに百年が経った今生きているのか怪しかった。

 全員寿命を迎えて居なくなっていたとリュシエンは思っていたのだろう。


「いやぁすまないっす、船長! でも亡霊になったおかげで、また船長に会えたんですから悪いことばかりじゃないっすね!」


 ヘススはあっけらかんと笑う。

 ドワーフであった時と変わらない、口を大きくあけて笑うのが彼の癖だった。

 姿はスケルトンとなってしまったが、彼の変わらない笑顔に、リュシエンは嬉しいとも泣きそうともいえない笑みを浮かべた。


「……それで、なぜ亡霊になったんですか?」

「あー、それがよく覚えてないんすよね」

「俺も覚えてないです!」


 アルバーノ海賊団の船員たちは揃って首を傾げていた。

 亡霊となった者が生前の記憶を無くすのはよくあることだ。

 それと同じで彼らは詳しく覚えていない様子だ。


「ああ、でも一つ確かなことはあるっす!」

「それは?」

「オイラたちたぶん、水竜に殺されたんだと思うっす」

「水竜って……まさかレヴァリスですか?」

「はい、レヴァリスっす!」


 ――水竜レヴァリス。

 その名が出た瞬間、リュシエンはもちろん、ロアードもファリンも驚いた。


「どうしてあなたたちを……」

「よくわかんないっす……殺されたのは確かだと思うんすけど」


 誰に聞いても船員たちは皆、ヘススと同じように水竜に殺されたことしか覚えていない様子だった。


「レヴァリスが……あなたたちを……」

「リュシエン、落ち着け」


 ロアードに声をかけられ、リュシエンはハッとする。

 気付けば拳を握り締めるほどに、怒りが溢れ出していた。


「そう、ですね。……レヴァリスはもう居ませんでした……」

「そうっすよ、船長! あの水竜はそこの英雄さんに討伐されたって話じゃないっすか! 死んでしまったんですから、もう考える必要もないっすよ!」

「そうですぜ、船長! 確かに復讐出来なかったのは残念だが!」

「俺たちあんまり気にしてないんで、大丈夫です!」


 殺された相手に対してヘススたちはさっぱりと言う。


「はは、あはは。……もう少し気にしたらどうですか。あなたたち、亡霊になってるというのに」


 スケルトンでありながら、明るく元気に振る舞う彼らの姿に、リュシエンは懐かしそうに笑う。

 本当に、彼らは全く変わっていない。

 あの日、最後に別れたあの時から。


「……それで、船長はこれからどうするつもりっすか?」

「もちろん……私たちの名を騙る偽物を探しに行くつもりですよ」

「そう言ってくれると思ったっす! 本物のアルバーノ船長とは誰か、見せてやりましょうっす!」


 船員たちは歓声を上げながら、船長の帰還を歓迎した。

 それは船長不在のまま、何十年と海を彷徨っていた彼らが夢に見た光景だった。


「……フェリクスはいないのですね」


 船員たちの歓声が止まない甲板を見渡しながら、思わずリュシエンが呟いた。


「フェリクス……? 誰でしたっけ……?」

「副船長のことです、覚えていないのですか?」

「……あー! 副船長っすか! ちょっと記憶が抜け落ちていたっす……」


 副船長と言われてやっと思い出したのか、ヘススはさらに思い出す仕草をしてから話し始めた。


「副船長とは……あの人が船長の代わりに解散宣言をしてからは会ってないっすね……」

「……そうでしたか」


 実は解散を船員たちに直接伝えたのは、船長のリュシエンではない。

 百年以上も前のあの時、リュシエンはエルフの村に戻るために、海賊団から離れたのだ。


 あの時は死亡した火竜ヘルフリートの影響により、エルフの村がある周辺では自然災害が多発していた。

 村を飛び出したとはいえ、両親のことが気になったリュシエンは、様子を見るために帰ったのだ。

 ……そこで彼を待ち受けていたのは、両親の死と一人残された妹のファリン、そして湖に沈んだエルフの村だった。

 帰るに帰れなくなったリュシエンは留守を任せた副船長に手紙を出した。


 ――アルバーノ海賊団は解散するとしたためて。


 絶対に届くように魔術のかかった手紙は無事に届き、そして返信も副船長から貰い受けていた。


 ――お前の言う通り、アルバーノ海賊団は解散した。


 簡潔にそれのみが書かれた手紙が、副船長との最後のやり取りだった。


 アルバーノ海賊団の船員たちは仲間だが、副船長だけは少し特別だ。

 なにせ彼こそが、リュシエンを海賊に引き入れた元凶であり、唯一無二のライバルであり、親友だったのだから。

 副船長もそうだったのだろう。

 友であるリュシエンが戻ることがないと分かったから、すぐに解散宣言をしてヘススたちと別れて姿を消した。

 その潔さと行動は副船長らしい。


「副船長は人間だったっす。オイラたちみたいになってなきゃ、もう亡くなっていると思うっす……」

「そうですね。彼はもう、いないでしょう……」


『一度くらい顔を見せてこいよ。エルフとは言えいくら長生きでも、最後がいつになるかなんて分からないだろ?』


 あの時、リュシエンを送り出した彼の言葉だ。

 金髪碧眼でリュシエンに負けず劣らずの美丈夫。

 だがその整った顔に似合わない高慢な笑みをするような男で、どちらかと言うと彼の方が船長らしかった。

 しかし船長は面倒くさいとリュシエンに押し付けて、副船長の席に座ったような男だ。

 本当は彼が船長だと船員の誰もが、リュシエンすら思うほどにカリスマもあった。


「……本当に、あなたの言う通りでしたよ」


 かつて共に乗った船の上には、その友だけがいない。

 アルバーノ海賊団の副船長、フェリクスがもういないのは、変えようがない事実であった。



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