深海の出会い
海賊船は海の中を進んでいく。
深い渓谷の底に向かっていくため、海面からの光がどんどんと無くなり、暗くなっていく。
完全な暗がりになる前に船の中でランプが付けられた。
並走する水生族たちの案内を受けながら、深海の渓谷を進んでいく。
しばらく進んだ先に、ぽっかりと空いた洞窟があった。
大きな魚の口が開いたようなその洞窟に、海賊船は入っていく。
再び浮上すると、なんと水面に船が出た。
海水が滝のようにシールドの上を流れて落ちていく。
「ここは……」
周囲は洞窟の中。だが驚いたことに空気がある。
それよりも驚いたのは……港のような人工物があったことだ。
石を削られて作られた桟橋の先には、材質の違う壁がある。無機質な鉄のような壁……その壁に走る溝と光は古代遺物によく刻まれているものに似ていた。
「ここはかつて存在した、今は名前も残ってない旧文明の帝国、その宮廷の一部だ。大昔、この帝国は地上にあったんだが、竜の裁きを受け、深海に沈んで滅んだ」
「……竜の裁きって」
「知りたいなら後で話してやろう」
桟橋に着いた海賊船から、次々と捕虜のワワ族たちが下ろされていく。
海賊の船員と尾ヒレのない水生族たちが彼らを宮廷の一部だったらしい建物に連行していく。
「ここにいたのですね、探しましたよ」
その建物から数人のお供を引き連れてやってきた者が一人。
白い祭服を来た集団だった。
その先頭に立ち、アルバーノに話しかけたのは白いベールを被った女。
女性にしては背が高く、アルバーノよりは少し低い。
スラリとした体系で、一挙一動がしなやかな振る舞いをしていた。
「ああ、今回は死人は出さなかったみたいだな。お陰で前回よりは回収量が多い」
「ふふ、あの子にはちゃんと言い付けましたもの。やり過ぎないように、と」
「量はこれで足りるか?」
「まだ少し足りませんが……餌は十分撒きました。あとは食い付いてくれるのを待つだけですわね」
「なら、しばらくはゆっくり出来そうだ」
二人は連行されていくワワ族のほうを見ながら、そんな会話をしていた。
やはり前回も含めて、人々を拉致していたのは彼らの仕業のようだ。
「ところで……そちらの子供は?」
「これか? 実はあんたにも見せたかったんだ」
「え、ちょっと何?」
アルバーノが近くにいたリアンの肩を引き、ベールの女の前に出す。
「こいつをどう思う?」
「…………! ちょ、ちょっと顔をよく見せてくださいませ!」
ベールの女はリアンの顔を両手で包みながら、上から顔を覗き込む。
僅かに見えたベールの下で、金の瞳が揺れていた。
「レヴァリス様……?」
(……またか。髪色変えても全然バレた。やっぱり顔から変えないと無理なのか……!)
リアンはがっくりと心の中で項垂れた。
やはりレヴァリスを知るものにとっては今の容姿は髪色を変えた程度ではバレるらしい。
「いえ……とても似ていますが……あのお方がこのような姿になるとは思えません……」
(あれ……?)
また弁解をしないといけないかと思ったが、ベールの女は悲しげに顔を伏せながら、リアンの顔から手を離した。
「あんたもその判断か。ならやっぱりこいつは似ているだけであのクソ野郎じゃないんだな」
「……レヴァリス様は容姿に対してとてもこだわりを持ちます。例えば擬態であっても竜の姿と変わらないようにするでしょう。……髪は透明な水のような美しきものになさるはず……この様に濁った泥水のような髪色を纏うはずがありませんわ!」
(髪の色……染めておいて良かったっ!!)
心の中で項垂れていたリアンがガッツポーズを取った。
元の髪は本当にそういう色なので、黒髪にしていなければ間違えられていたかもしれない。
「なるほど、確かにあいつはそういう奴だったな」
「ところで……いくら貴方様であろうと、我が主に対する侮辱は許しません」
「……ガハッ!?」
するりと、衣擦れの音が鳴り、何かがリアンの横を通り抜けた。
……触手だ。吸盤のある軟体動物が持つようなそれがベールから伸びた。
そしてアルバーノの首を巻き取り、締め上げた。
「ハッ……オレにとってはそうなんだから、いいだろっ!」
「口を慎みなさい。……落ちぶれた貴様が、我が主を愚弄するな」
「そういっ……あんた、は、捨てられ……ぐっ!」
さらに締まりが強まったのか、メキメキと嫌な音がし出す。
「やめてあげて! このままじゃ死んじゃうから!」
「……その御姿で仰られますと、まるでレヴァリス様が仰られているように感じてしまいますわね……」
リアンの言葉を聞いたかどうかは分からないが、ベールの女は触手からアルバーノを離した。
「我が主のご友人様でありますから、この程度で勘弁してさしあげますわ」
「げほっ……そりゃどうも……オレは友人だなんて思ったことねぇけどな……」
この二人は仲間ではないのだろうか?
先程までは普通に話していたが、水竜に対する態度の違いでここまで険呑になるとは。
レヴァリスを憎む海賊と、そして――。
「申し遅れました。わたくしの名はクラウディア。レヴァリス様より名を頂き、かの御方に仕える者。溟海教団の指導者であり、水竜の巫女とも呼ばれております」
――レヴァリスを崇拝する巫女。
その二人が何故か共にいるのだった。
「あなたのお名前はなんというのでしょうか?」
「私は……リアンだよ」
「リアンと言うのですね。あのような男に連れてこられて怖かったでしょう? ですがもう心配はありません」
クラウディアは慈愛に満ちた微笑みを向けると、リアンを抱きしめた。
「この子はわたくしが貰っていきますわね」
「は? 何を勝手に言ってやがる」
「この子はレヴァリス様に似ていらっしゃる……。つまりレヴァリス様と何らかの関わりがあるとみていいでしょう。そう例えば――」
ギクリとリアンは固まる。
まさか、気付いたというのか?
リアンが二代目の水竜であると言うことに。
「わたくしとレヴァリス様の子供という可能性もありますわ!」
「……は?」
「……え?」
……思わずアルバーノと声が重なった。
「いや……あり得ないだろ」
「願いを抱き続ければ叶うものではありませんか? わたくしはずっと願っておりましたから」
「確かに火竜の前例があるからありえなくもないが……あんたは――」
「――何か、おっしゃいましたか?」
「……あー、わかった! わかったから触手を向けるな!」
しゅるりと触手をベールの中に戻し、クラウディアはリアンの手を取る。
「わたくしのことはどうぞ遠慮なくお母さんと呼んでくださいね?」
「え、えぇ……」
リアンは困惑しながら、曖昧な笑顔を返すしなかった。