古代遺物
リアンは再びアルバーノと名乗ったおっさんの船長室にいた。
クコ島でワワ族を拉致した彼らは再び船を走らせてどこかへと向かっているようだった。
「ねぇ、アルバーノおじさん。この船はどこに向かってるの?」
「今オレたちがアジトにしているところだな」
「……連れ去った人たちはどうするつもりなの?」
「そんなに気になるか?」
テーブルの向かいに座ったアルバーノは、また酒をあおりながら答えた。
「あんなの見せられて、気にならないわけないじゃん」
「リアンちゃん、世の中知らない方がいいこともあるんだぜ? そんなにあんたは犬っころどもと同じように縄で繋がれたいか?」
真正面から聞いたところで教えてくれるほど、優しくはなかった。
いや、優しさがあるなら海賊など名乗ってはいまい。
「オレはコレクターでな。綺麗なモノが好きなんだよ。例えば――」
ゴトリとテーブルの上にモノが置かれた。
横長の筒に取っ手が着いたもの。
表面には幾何学な模様が彫り込まれていて、芸術品のようだ。
「こいつが何か、分かるか?」
「――銃だよね?」
「よく知ってるな。そうだ、こいつは魔導銃の小銃だ。魔力で作られた魔弾を十発撃てる。再装填に一発撃つごとに一分掛かるが、取り回しと持ち歩きがしやすい。代わりに射程が短く、威力も低め。だが、人を殺すには弾を脳天にぶち込むだけで十分だ」
アルバーノが再び手にすると、カチャンと音が鳴った。
魔導銃のロックが解除され起動したのだ。
彫り込まれた模様は術式だ。
僅かに溢れた魔力が模様に沿って淡い光を放ち、煌めく。
「綺麗だろう? オレはこれが好きで古代遺物を集めてるんだ。……あんたも同じだ。綺麗だから、手に入れた。美術品は大人しくしといたほうがいいぜ?」
一通り眺め、そして見せびらかした後に……アルバーノは銃口をリアンに向けた。
「……少しは怖がってくれたかと思ったが、やっぱそうじゃねぇよな。普通は銃を向けられたら怖がるもんだろ?」
「……そんなに私に怖がって欲しいの?」
正直、リアンは演技が上手い方ではないだろう。
死ぬ演技なら二回もやったが喋らずに倒れるだけだから簡単だ。
だから、こうして咄嗟に銃口を向けられたとして、すぐに怯える演技はできない。
「それとも君は、私がレヴァリスだってまだ思ってる?」
「まぁな……今でも信じられねぇよ」
「じゃあ、もし私がレヴァリスだって言ったら、君はどうするの?」
「……ケジメをきっちり付けさせてやる」
部屋の空気が一気に重くなる。
言葉に込められた怒りが、リアンに重しのように降り掛かる。
銃を向けなくても、言葉だけで普通の人ならば怯えるほどの、冴えない男の見た目からでは想像ができない威圧感。
「レヴァリスは……何をしたの?」
「なら、オレの名を言え。レヴァリスなら知ってんだろ?」
「アルバーノ……じゃないの?」
「……ハズレだな」
ため息をつきながら、"アルバーノ"は銃を下ろしホルスターにしまい込む。
同時に威圧感もなくなった。
「よく考えたらあいつなら完璧に演じてくる。怯える少女くらい完璧にやりそうだぜ……」
水竜レヴァリスは人を騙すことが得意であった。
この男はその被害者であるが故に、その恐ろしさを身を持って知っていた。
「ちなみに、なんでアルバーノって名乗ってるの?」
「お嬢ちゃんは知らないのか? その昔、この海域を荒らし回っていた伝説の海賊……それが不死身のアルバーノだ」
「だからハズレか……君の本当の名前じゃないから……」
「そういうことさ。ま、あんたがレヴァリスじゃなさそうだとも思ったのもあるがな」
アルバーノという名はかつての大海賊が名乗っていた名だ。
この男はその伝説にあやかり、名を勝手に借りて、名乗っていたのだろう。
「にしても、お嬢ちゃんはほんとに肝が据わりすぎだな?」
「あー、えっとー……」
もう一度言うがリアンは嘘が得意ではない。
先代と違って完璧に出来る気がしないし、大体バレるくらいには抜けている。
髪色を黒に染めればバレないと思えば、顔がそっくりだったから間違えられたくらいには。
「あれだろ。あんた、誘拐慣れしてんだろ?」
「え……ああ! そうだよ! ほら私ってかわいいからね!」
実際リアンは美少女である。
だからこうして誘拐されたわけだから、リアンはそれに乗ることにした。
「そのうちお兄ちゃんたちが助けに来てくれるって思ってるからね」
「一緒にいたあの黒髪とエルフの二人か。……さっきシーサーペントともやり合ってたな」
「へぇ、そうなんだ」
リアンもまたクコ島での出来事を見ていた。
そこにロアードたちが居たことも、シーサーペントと戦っていたことも知っている。
何せここは海だ。水竜たるリアンがこの海にいるのだから、情報が波のように伝わってくる。
海の中の情報のすべてを知るには今はまだ難しいが。
それが出来ていれば目の前の男も教団のことも分かるだろうに……。
「まぁ、元からそのシーサーペントを倒しに来たわけだしね。……そのうちここにも辿り着いてくれるよ」
「ならアレが噂の邪竜殺しの英雄ってやつか。……あの人間がレヴァリスをねぇ……」
「……先を越されて悔しい?」
レヴァリスに対して憎しみを抱いていた。
もしかしたら、ヒノカのように自分の手で復讐をしたかったのではないか?
「いいや。そんなんじゃねぇよ……。アイツがどこで死のうが殺されようがどうでもいいんだが……こんなに早く死ぬとは思わなかっただけだ」
アルバーノはまた深くため息をつく。
「お陰で余計な手間がかかってる……アイツは死んでもはた迷惑な野郎だ」
この男は確かにレヴァリスを恨んでいた。
だが、その言葉に込められているのは恨みだけではないように見えた。
その雰囲気は最初に会った時のロアードではなく、二代目火竜のヒノカの様子に似ていた。
「船長! 目的地につきやした!」
「ああ、分かった」
船長室の扉越しに船員の声が聞こえると共に、船が進みを止めていることに気付く。
船室の窓から見える景色はまだ海一色だ。
つまり海のど真ん中。
なぜこのような場所で止まったのか。
「来いよ、また面白いものを見せてやる」
アルバーノにそう声をかけられたので、リアンは共に再び甲板に上がった。
甲板では海賊の船員たちが忙しなく動いていた。
だが、海の方を見れば船の周りに水生族らしき者たちも見えた。
「あれ? お嬢だけ来たんでやすか? 船長は?」
「隣に居るだろうが」
「あ、船長いたんでやすか! すいやせん!」
船員がリアンだけ気づき、隣にいた船長を見落としていたらしい。大慌てで頭を下げていた。
「ったく……ここからは舵はオレが取る。潜水準備を開始しろ」
「承知しやした! 潜水準備開始ー!」
「潜水準備開始!」
復唱するように船員たちが叫び、バタバタと準備をしだす。
特に甲板中央に備え付けらた白くて四角い箱を数人でいじっていた。
(……潜水?)
リアンは不思議に思いながらも、操舵輪の前に立つアルバーノの隣で成り行きを見守る。
「準備完了しました!」
「よし、潜水システム起動!」
「潜水システム起動ー!」
「シールド展開開始ー!」
合図とともにそれは動き出した。
四角い箱に魔力による光が灯ると、ガチャンと開いた。
まるでカラクリ箱が開くように開いたそれは、中央から縦に光が柱のように伸びる。
光の柱は船のマストを少し通り過ぎた辺りで伸びるのをやめて横に広がり始めた。
まるで噴水のように動きながら、光はやがて船全体を包んだ。
「シールド展開完了しやした!」
「よし、潜水開始!」
アルバーノの言葉と共に、船は海に沈みだした。
白い泡に包まれるように、沈んで潜っていく。
数十秒もすれば海賊船は完全に海の中に潜った。
「……すごい」
水面の裏側が、船の空に見える。
海の中に潜ってしまったが、海賊船の中には一切水は入ってきていない。
ドーム状のシールドが船を水と水圧から守り、内側の空気を保っているようだ。
「だろう? この船自体は現代のものだが、あの装置は古代遺物だ。どんな乗り物でもお手軽に"潜水艦"にできる代物だ。……あ、"潜水艦"って分かるか?」
「……なんとなく分かるよ」
潜水艦とは古代魔導時代に存在していた乗り物の一種だ。
魔導エンジンを用いた画期的な乗り物の一つであり、海上を走る船にも搭載されていた。
今はそのようなものは失われ、現在海洋を走る乗り物の多くは帆船であり、海の中を潜るようなものはない。
だが、この古代遺物がそれを可能にした。
アルバーノが言う通り、この装置は画期的であると言えるだろう。
(それにしても、"銃"といい、"潜水艦"といい……この時代の物じゃないのに、私はなんとなくどういうものかわかったな……)
リアンは過去の前世の記憶がない。
が、一般的な知識なら覚えている。
となると、自分にとっては銃も潜水艦も一般的な知識という認識だったのだろうか。
ララハ諸島に来るまで見なかったから、気づかなかったが。
たが、詳しくは知らない。
魔法や魔術は知っていても、仕組みまでは知らなかったように、銃や潜水艦も知ってはいるが、詳しい仕組みを知らない。
(……私ってどういう人間だったんだろ)
自分は一体どこから連れて来られたというのか……。
それを聞こうにも、自分を連れてきた存在はもういなかった。




