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それは百年前のこと

 ――そのエルフの村の中央には大樹がそびえ立っている。


 エルフの村の象徴とも呼べるこの木は何千年と前から生えていた。

 この木はもともと別の大木から切り取られた枝をこの地に挿し木し、育った木である。

 この村のエルフの先祖はこの木を植え、育てるためにこの地に来たとされるが長い歴史の中に忘れ去られていった。


『……おとうさま、おかあさま』


 その大樹の根元で小さな女の子が一人、泣いていた。


『何を泣いている』


 話しかけられた女の子が振り返る。


 見上げた少女の目には一人の青年が映っていた。

 太陽の光を受けて輝く水のような長髪に、どこか人外じみた輝きを宿す瞳。

 服装は上質な布で作られた白いローブ。外見は人の子の青年のそれだ。


『大樹がかれそうで……おはな、みたことないのに……』


 大樹には蕾が付いていた。

 この幼いエルフの女の子はきっと百歳くらいだろうか。

 百年に一度花を咲かせる大樹だ。咲いた年は女の子が生まれた時だろう。

 周囲の木々は連日のひでりにより緑を失い、ほとんど枯れ果てていた。

 この大樹の周囲だけはかろうじて緑が残されていたが、それも時間の問題と思われる。

 いずれはこの大樹も枯れ果てるだろう。その蕾が咲くこともなく。


『あめがふればいいのに……そしたら大樹もかれないし……みんなもよろこぶのに』

『ふむ、ならば雨を降らせてあげよう』


 青年が言うなり空に向かって手を降った。するとみるみると青かった空が曇っていく。

 やがてぽつりぽつりと雨が降り出し、豪雨となっていく。


『わぁ! すごいすごい! あめだー!』

『この大地はかなり乾燥していたから、しばらく雨は降ったままにしておいた』


 そのしばらくというのが一体いつまでか、この時女の子は確認しておけばよかったかもしれない。

 だが女の子は雨が降ったことに喜び、空を見上げながら手を上げてくるくると回っていた。


『おお、ちょうど咲いたみたいだ』

『えっ? ……ほんとだ!』


 雨が降る中で、大樹の花が咲き始めた。この雨は普通の雨ではなく、魔力を帯びた雨であった。

 そのため、大樹は急速に元気を取り戻したようだ。


『きれい……こんなにきれいだったんだ!』

『良かったな。私はこの花を見るのは実に久しぶりだ』

『そうなの?』

『前に見たのは五百年前……いや千年前だったか?』


 忘れてしまったよと、とくに困った様子もなく笑う。


『お前の名はなんという?』

『ファリン』

『ファリン……花琳か。うむ、良い名だな。しかし、エルフが使う名にしては……あぁ、お前たちはエルフではなく仙人のほうか』


 西の地域で長寿種族の彼らをエルフと呼ぶが、東の地域だと仙人と呼んでいた。

 元を辿れば同じ種ではあるが所変われば呼び方も違う。そしてここはちょうど大陸の中央。

 着ている服装からしても彼らは東側のエルフ……仙人の文化を持っていたのだろう。

 長い歴史の中で西の文化も取り入れたせいか、少々あべこべなエルフとなっていたようだ。


『おにいさんは?』

『私の名はレヴァリスだ。さて、私はそろそろ行くとしよう。この村の名産の酒が飲みたくて寄っただけでな。あれはいい酒だ』


 その日、エルフの村の名産であった百花酒がごっそりとなくなっていたのは、きっと関係なくはないだろう。


 ――それは百年前のことだった。

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