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絶望の前に立つ人よ

「……ハァ……ァ……」


 背にリュシエンを乗せながら、風竜はなんとか飛んでいた。

 彼を落とさないように飛ぶことは難しい。ただでさえ、飛ぶことすら限界だと言うのに。


「クソが……!!」


 風竜の姿が変わっていく。……たった一人に名を呼ばれた程度では、竜の姿に戻れる時間は僅かだ。

 空中で風竜の姿は人の姿に……アルバーノになってしまった。

 そのままアルバーノは、リュシエンと共に海面まで落ちていく――。


「伯父上!!」


 バサリと、力強い翼の羽ばたく音がした。

 同時に海面に叩き付けられることなく、ふわりとした白い毛並みが二人を包んだ。


「ガウガ!」

「ありがとうございます、ヒノカ様! ミレット様!」

「嬢ちゃんたち……なんでここに」


 アルバーノとリュシエンを受け止めたのは、火竜の姿で飛ぶヒノカと、その背に乗るミレットとファリンだった。


「妾たちは伯父上たちを心配して来たのじゃよ」


 ヒノカはそのまま、島の山頂に舞い降りた。

 麓の街は沈んだとはいえ、この島の山頂は頭を海面から出していた。


「お兄様……しっかりしてください! 《生命力溢れる森の木々たちよ、その力をお貸しください……!》」


 ファリンはすぐにリュシエンの治療に取り掛かった。

 祈るように治癒魔法を行使した。

 自身の魔力と、周囲に生える木々たちの生命力を合わせた高位の精霊魔法による治癒。

 突き刺さった槍を徐々に引き抜き、傷は塞がっていく。


「……ファ……リン」

「リュシエン……!」


 僅かにリュシエンの意識が戻った。

 ――だが。


「なんですか……この傷は! ただの魔蝕じゃない……!!」


 傷口は完全に塞がらない。穴が空いた心臓を蝕むように、黒いドロリとした魔蝕の呪いが消えない。

 通常の魔蝕は、魔物の魔力に侵されるとなるものだ。

 魔蝕は強い存在の魔力であればあるほど、解呪の難しい呪いとなる。

 そして、これは邪竜の魔力、いや魔素によって出来たものだ。

 根元の源、毒の原液がへばり付いていた。

 しかも、その魔蝕は……まるで生きているように動いていた。


「なっ……!?」


 呪いを拡大するように魔蝕は広がり、それは治療をするファリンに向かって伸び始めていた。


「もういい……離れ……なさい!!」


 魔蝕がファリンに触れる前に……リュシエンが彼女を突き飛ばした。


「嫌……お兄様……お兄様ぁ!!」


 突き飛ばされたことで治癒魔法が中断された。

 リュシエンはファリンに微笑み、突き飛ばした腕はダラリと落ち、そのまま動かなくなった。


「近づくでない、ファリン! お主まで魔蝕に飲まれるぞ!」

「嫌、離してください!! お兄様を治さないと死んでしまいます!!」

「あんたに何かあったら、誰が一番悲しむと思ってんだ……!」


 ヒノカとアルバーノに止められ、ファリンはその場に崩れ落ちた。


「お兄様……おにいさま!!」

「ガウ……」


 俯いて泣き始めた彼女に、ミレットが寄り添っていく。ファリンはミレットにしがみつき、泣き始めた。


「どうなってやがる……」

「彼奴の力は……邪竜になったことで呪いに転じておるようじゃ。……我らは竜ゆえ耐性があるが……人は無理なようじゃ」


 ヒノカがレヴァリスと戦った時に、その力の一端を垣間見たが、それはまさしく生命を蝕む邪悪な呪いのようであった。

 ヘドロのような黒い泥に侵された場所の生命は死に絶えていた。


「クソが!! 償う機会すらあんたは奪っていくのかよ……!!」


 アルバーノが拳を握り締めた。

 もう手立てはない。彼が死んでいく様をただ眺めていくだけ……。


「――おい、その髪飾りは」

「……え?」


 アルバーノはファリンの元に慌てて近づいた。

 彼女の頭に差し込まれていた百花の髪飾りを見ていた。


「やっぱり! どこかで見たことあると思ったら、これは世界樹の花じゃねぇか!!」

「世界樹……?」

「あんたは……ああ、知らないか。オレがやっちまったから……。とにかくこれは世界樹の花で間違いない!」


 ファリンの頭からその花をアルバーノは慎重に取る。


「世界樹……それは世界の中心に生える大木のことだ。世界を支える支柱で、建木とも呼ばれる。大昔、世界樹の枝を各地に挿し木するために、世界樹の加護を授かった人々がその使命を受け、世界に散らばった。――それがお前たち、エルフなんだよ」


 旧文明よりも前の時代のことだ。

 エルフの中でも覚えているものはいない。

 だが、彼は覚えていた。何故ならアルバーノはその時代から生きている竜神なのだから。

 エルフも元を辿ればただの人間だった。

 長命を願った一部の人々は、世界樹の加護を受けることで、その願いを成就させたのだ。


「ファリン、この花を通して世界樹に願え! 世界樹の力があればリュシエンは――」

「……助かる、のですね?」

「……いや、それは分からない……。あいつは一度名を捨てたから……」


 名を一度捨てたことで、リュシエンは草木との縁が切れていた。

 長命であることは変わっていなさそうではあるが……世界樹が認めないならその力を貸さないこともあり得る。

 この世の草木はすべて世界樹に繋がっている。その世界樹が認めないならば、草木もまた手を貸さないのだ。


 何より……。


「オレの……親友だったのもある……」


 かつて多くのエルフを死に追いやったのは、風竜だった。そして風竜はリュシエンと親友であった。

 ……認めない理由がありすぎる。


「よく分かりませんが……少しでも可能性があるなら……わたしはそれに賭けます!」


 しかし、ファリンは諦めなかった。

 彼女はアルバーノから花を受け取ると、兄の前に近付いた。


「世界樹よ、どうかわたしの声に耳を傾けてください。……わたしの兄を救うために力をお貸しください……!」


 ファリンは花に祈るように語りかけた。

 ――しかし、何も起きない。


「世界樹よ、どうか……どうかお願いします……!!」


 ファリンは諦めずに語りかける。


「わたしの大切なお兄様なんです……残されたたった一人の家族なんです……お願いします……!!!!」


 強く、強く願うように。

 その言葉は叫びとなって響いた。

 この世界の何処かにあると言う、世界樹に届くように。


「……あっ」


 ――その声が届いたのか、花が光り輝いた。

 花から溢れ出た優しい光。

 それに呼応するように、周囲の木々が騒めき始めた。


「これが、世界樹の声……」


 エルフであり、植物の声を聴くことができるファリンは、初めて世界樹の声を聴いた。


 周囲一帯が光に包まれていく。

 生命の息吹が満ち溢れる。

 ファリンは声に導かれるように、治癒魔法を再びリュシエンに行使した。


 リュシエンを蝕んでいた邪竜の呪いが浄化されていく。世界樹とは、世界の生命力を持つ。その本質は元始の竜の力に近い。

 人を呪い殺し否定する世界の力を持つのが邪竜であれば、世界樹とは、生きとし生けるものの生命を司り、その命を保証する世界の力を持つ。

 世界の力とは人の願いによるものだ。

 人の願いが……ファリンの願いが合わされば、どちらが勝つかは明白だ。

 邪竜の呪いであるこの魔蝕は邪竜の一端に過ぎない。

 本体から離れた呪いを浄化するなら、世界樹の力と一人の願いで十分だ。


「……ファリン?」

「お兄様!!」


 目を覚ましたリュシエンに、ファリンは泣きながら笑顔を見せながら、兄の片手を優しく握った。

 胸の傷は塞がり、魔蝕は浄化された。顔色も悪くない。


「あなたが私を助けてくれたのですか……?」

「いえ、わたしはこの花に祈っただけです。……これが世界樹の花であると教えてくださったのは、風竜様です」


 ファリンの言葉に、リュシエンは視線をアルバーノに移した。


「……オレは……オレは、あんたたちの両親が亡くなった病の元凶だ。……こんな事でオレの罪が消えるとも思っていない……」


 アルバーノの表情は、安堵した表情から、すぐにぐしゃりと罪悪感に満ちた表情になった。


「……お兄様、今の話は」

「本当のことのようです。あの流行病はかつて風竜が……彼が広めたものだそうです」


 ファリンはリュシエンが身を起こすのを手伝いながら、驚くようにアルバーノを見た。


「しかし、今は……この話をしている暇はありません」

「……そうだな」


 暗雲から激しい雨が降り始めた。

 その雨の向こうの空では、邪竜と英雄が戦っているのが見えた。


「何はともあれ……お主の兄が助かって良かったのじゃ」

「ええ……これはリアンお姉様のおかげでもあるんです……」


 ファリンは手にした世界樹の花を見つめていた。

 その花は村を出る時、リアンがドライフラワーに仕立てて枯れないようにし、壊れないように保護してくれたものだ。

この花が今もここに存在しているのは、リアンのおかげだった。


「お姉様……ありがとうございます……」


 ファリンは泣きながら花を胸に抱きしめた。


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