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願いは呪い

「まさか……このようなことになろうとは」


 ヒノカは今し方、麓の町で聞いた話を思い出した。

 邪竜レヴァリスが復活し、バルミア公国の首都カーディナルが半壊したという。

 つい先日まであのカーディナルを歩いていた。あの時祭りを楽しんでいた人々はきっと巻き込まれたのだろう。彼らのことを思うと少し胸が痛む。

 しかし、それよりも不思議なのは……。


「リアンはどうしたというのじゃ……」


 伝え聞いた噂には二代目水竜の話はない。

 彼女の存在こそがレヴァリスの死を証明するものではなかったのか?

 ならなぜ、今になって邪竜が復活したのか?

 水竜として先代であるレヴァリスが復活したなら、二代目であるリアンが何かしら行動を起こしそうなものなのに、リアンの話題はない。


「リアンならば、もう存在しないぞ」

「――!?」


 ヒノカにとって懐かしくも忌々しい声がした。

 彼女が振り返るとそこには記憶のまま、美しい青年の姿があった。


「まさか、本当に……お主なのか……」

「久しいな、ヒノカよ。お前はずいぶんと立派になったな」


 久方振りに見る人の姿にしては美しすぎる青年を見てヒノカは……いきなり炎を浴びせた。


「しかし、落ち着きがないところは相変わらずだ」


 豪炎は激流によって流されていく。

 辺りは水蒸気が舞い上がった。


「……やはり、本当にお主のようじゃな、レヴァリスよ」


 白い水蒸気越しに、緋色の竜の瞳が青年を……邪竜レヴァリスを睨んでいた。


「なぜお主が生きておるのじゃ、ロアードが倒したのではなかったのか?」

「その話を一から話すと長くなる。結論から話せば……そうだな、私が死んだというのは嘘だ」

「……嘘じゃと?」

「そう、嘘だ。お前が言っていた通りだ。皆、私に騙されていたのだよ」


 ヒノカは確かにレヴァリスが死んだと聞いても、その死を否定していた。

 人々はあの邪竜に騙されているのではないか? とすら思っていた。

 実際、その通りだったのだ。


「……ならば、リアンは? 二代目の水竜とはどういうことなのじゃ!」

「リアン? ああ、あれは二代目などではない。ただの人間だ」

「人間じゃと?」

「私が二代目の水竜としての役割を与えてやっただけの人間だ。適当に拾ってきたにしてはなかなか面白いものが見れたよ」


 レヴァリスは満足そうに語りながら、ヒノカを見た。


「残念だったな、お前と同じ本物の二代目ではなくて」

「……確かに少し残念に思うが、今はそんなことは些細なことじゃ」


 ヒノカは開いていた扇子を閉じて、その先をレヴァリスに向ける。周囲の火の元素が強まり、熱さが増していく。


「……今リアンはどうしているのじゃ。存在しないとはどういうことじゃ……!」

「――死んだはずの私がここにいることが、その答えだ。この世界に水竜は二人もいらないからな」

「……リアンを、殺したというのか?」

「あれは元より死ぬ運命だった。それを私が拾って少し先延ばしさせたようなものだ。上手くいけばもっと長く生きていただろうに……実に残念だ」


 残念という言葉には、全く感情が伴っていない。

 愉快そうに、嘲笑うように、レヴァリスは笑っていた。


「妾の父上を殺しただけでなく、リアンまでも殺したというのか、貴様は!」


 地中からマグマが噴き上がる。

 それはレヴァリスの足元から噴き上がった。

 しかしすぐにマグマは水と共に飛散する。


「正確には殺したわけではないが、まぁ似たようなものだな」

「リアンを苦しめたのは変わらんはずじゃ……この邪竜め」


 ――今やその姿を見たものは、それを邪竜と呼ぶ。

 水竜の姿をしたレヴァリスが空を悠々と飛んでいた。


「なぜ、そんなに怒る? たかが人間が一人居なくなっただけだろう?」

「リアンは妾の友じゃ! たとえただの人間だったとしても変わらぬ! あと一人ではないじゃろ! お主はリアンだけでなく、カーディナルの人々も苦しめたじゃろう!」

「確かにそうだな。だが、それがなんだと言うんだ?」

「何を言って……」

「そういうお前を散々苦しめてきたのは、人間たちだっただろう? なぜそんな人間たちの味方をするんだ?」


 ヒノカを百年と苦しめたのは人間たちだ。

 過去の偉大な火竜ヘルフリート。そのようにあれと、人間たちはヒノカに願い、そして呪いのように苦しめてきた。


「確かに、妾は人々に苦しめられてきた……。じゃが、それはもう終わったことじゃ」


 ヒノカの姿が変わっていく。炎が舞い上がり、その身を竜に転じていく。

 以前のヒノカではけしてなることが出来なかった姿……火竜の姿へ。


「妾は人々の期待に応えたつもりはない」


 火竜の覚醒はヒノカ自身が望んで手にしたものだ。

 人々の願いに応えたわけではない。


「故に、妾はそもそも、人々の味方をしているつもりはない! 妾はただ、貴様のやり方が気に入らんだけじゃ!」


 炎のような、緋色の竜の瞳が再び邪竜を睨んだ。


「他者の命を平気で踏み躙る貴様が、許せんのじゃ!」


 怒りを表すような灼熱が辺りを包む。

 空気を焼き尽くし、水を蒸発させ、地すら煤塵に埋め尽くす。

 その力はかつてこの世界にいた、最強と呼ばれた彼女の父親のようであった。


「本当に立派になったな、ヒノカよ」


 豪炎が再び邪竜に向かって放たれた。

 その存在のすべてを焼き尽くすような豪炎が。


「……だが、残念だ。この程度では、この私を殺すことはできない」


 水の塊が現れた。しかし透明だった水はどんどんと黒く濁っていく。

 それは禍々しい邪気を放ちながら、豪炎とぶつかる。ぶつかった豪炎は消失していった。

 先ほどのように水蒸気になるようなこともなく。

 そして濁流のように禍々しい水がヒノカを襲った。


「なんじゃ……その力は……」

「私は邪竜とも呼ばれている。お前も私をそう呼んだだろう?」


 濁流を喰らい、地に叩きつけられたヒノカはなんとか空を見上げた。

 そこにいたのは水竜ではなく、邪竜だった。

 透明度の高い鱗は今は禍々しい黒紫に変色していた。瞳は狂うほどに美しい月の光を宿している。

 両翼を羽ばたかせば、黒雲と共に雷雨を呼び込んだ。

 ――それを邪竜と呼ばずして、なんと呼ぶのだろうか。


「……それでも、妾がお主を倒す」

「ほう、諦めずに立つか。昔と変わらぬその諦めの悪さ、実に好ましいな」


 火竜ヒノカは立ち上がり、マグマと共に空を飛んだ。

 かつて何度とレヴァリスに敗れようと、挑んできたヒノカだ。

 彼女の瞳はどんな炎やマグマよりも、燃えたぎっていた。

 一度諦め、消えかかっていた火種だった。

 その火種に希望を灯したのは、ヒノカに手を差し伸べた初めての親友だった。


「……今度こそ妾が、倒すのじゃ!」


 だからこそ、ヒノカはもう諦めることはしなかった。

 その親友を、そして父親を奪った相手ならば尚更、許すことは出来なかった。




「……どうなってるんだ」


 ロアードはマグマが流れ、雨が降る山道を登っていた。

 邪竜レヴァリスが火竜ヒノカと戦っていると言う情報を聞き付け、ヒカグラまでやってきた。

 バルミア公国からヒカグラの国まで、五日の距離がある。

 この火山が国境の端付近にあるとはいえ、それを《脚力強化(スピードアップ)》のみで一日で駆け抜けてきたのは流石だ。

 しかし、急いできたはいいが、一足遅かったようだ。

 すでに戦闘の音はない。黒い雲が空を覆い尽くし、雨を降らせている。……ここは火竜の縄張りだというのに。

 嫌な予感をさせつつ、ロアードは山道を登る。

 山道を登っていくに連れて、地形が変わってきた。きっと戦いの衝撃を受けたのだろう。

 焼け焦げた木々、抉られた地面……まではいい。

 侵食されるように黒く変種した箇所がある。ドロリとしたヘドロのようなそれは、マグマに焼かれることも、水に流されることもなく、そこに止まっていた。


「あれは……ヒノカ!!」


 頂上に近づきかけた時だった。

 山道から外れた先に火竜が倒れていたのだ。


「……ろ、ロアードか?」

「大丈夫か、ヒノカ……」


 返事が返ってきたことでロアードは安堵した。

 しかし彼女は全身傷だらけであった。


「レヴァリスにやられたのか?」

「……そうじゃ。……妾は、彼奴を倒せなかった……父上の仇を、リアンを苦しめた彼奴を……」


 悔しそうにヒノカは話した。

 かつてのように無力な彼女ではなかった。火竜の力に目覚めた今ならば、レヴァリスを倒せると思っていたのだろう。

 しかし、それでも届かなかった。


「何が、また会おうじゃ! 妾のことも、遊びよって!!」


 そしてまたレヴァリスは、ヒノカにトドメを刺すことなく、どこかに消えて行ったのだ。

 かつてと同じように、ヒノカは弄ばれていた。


「次こそは彼奴を……うぐ……」

「無理をするな、怪我をしているだろ」


 火竜の姿のまま倒れるヒノカを、無理に運ぶことはできない。

 どうしたものかと思っていた時だ。


「ロアード様! ヒノカ様!」

「この声は……ファリン!」


 振り返ったロアードの前に、ひらりと大きな白虎が……ミレットが着地した。

 その背にはファリンとリュシエンの姿があった。


「どうしてここに……」

「ファリンがどうしても行きたいと言いまして……結局ロアード様の後を追うように来たのですよ」

「ヒノカ様、大丈夫ですか!!」


 ファリンはミレットの背から飛び降り、ヒノカの元に近寄った。


「はは……大丈夫じゃよ。……少し見っともない姿を見せてしまったのじゃ」

「そんなことはありません! 私はヒノカ様が生きていて良かったですよ……本当に……」


 ファリンは涙を堪えながらも、ポーションを取り出してヒノカの傷を手当てしていく。


「元始の竜の治療には元素を補えばマシになるはずです。ポーションに火の元素を凝縮してみました」

「……うむ、少し痛みが引いたのじゃ」


 苦しげだったヒノカの表情が和らいでいく。確かに効果はあったようだ。


「しかしながら……レヴァリスはここにはもう居ないのですね」


 リュシエンは空を見上げた。残されているのは、レヴァリスが居た証である雨雲だけだ。


「正確には覚えておらんが、彼奴は一日前にはここを離れたのじゃ……妾とは十分遊んだからと」

「遊びか……」


 ヒノカもロアードも、邪竜に対する不快感を露わにした。

 火竜ヒノカ相手でも、邪竜レヴァリスにとっては遊びの相手のようだ。


「出来ることなら次に現れる場所が知りたい。……これ以上、あの邪竜を好き勝手にさせる訳にはいかない……」

「妾にわざわざ会いに来たくらいじゃ。もしかしたら、次に行くのは……伯父上、風竜の所かもしれないのじゃ」


 ヒノカは視線をロアードから、リュシエンに移した。


「……まさか、あのお方の所だとでも仰るのですか!?」

「風竜か……可能性としてはあり得るな」


 同族である火竜ヒノカに会いに来たならば……次は風竜の所に現れてもおかしくはないだろう。


「リュシエン、彼の居場所はお前なら分かるだろう? ……案内してくれないか?」

「それは……しかし……」


 風竜の名を知る者しか、彼の存在を正しく探し出せない。

 今この世界でその名を知るのはレヴァリスと、リュシエンだけだ。

 だが、リュシエンは迷うように首を振った。


「彼奴は妾よりも弱いぞ? 何かあったら、只事では済まないかもしれぬ……」

「お兄様、あの方が心配ではないのですか?」

「心配しない訳ではありません……ただ私は……ファリンの側を離れたくないのです」

「なら、わたしも一緒に……」

「だから、それが駄目なんですよ」


 リュシエンはファリンの肩に手を置いて、目線を合わせるように膝を付いた。


「私と共にファリンが行くのであれば、私は行きません。ファリンを危険な目に合わせたくないのです、あなたを一人置いていくことだってしたくないんです……!」

「お兄様……」


 ファリンは両手でリュシエンの頬に触れた。

 今にも泣きそうな、苦しそうな表情をしていた。


「……お兄様。失ってからでは、もう遅いのですよ」

「……そうですよ。だから、あなたを失いたくない……」

「風竜様も同じなのではないですか?」

「あの方とはもう、別れを済ませましたから……もう、関係ないんです……」

「なら、そんな顔をしないでください」


 ファリンは真っ直ぐに、リュシエンの目を見て、言い聞かせた。


「わたしだって、お兄様のことを心配しない訳ではありません。出来ることなら危険な場所に行かずに、ずっと側にいて欲しいです。でも、後悔がないようにも、して欲しいのです。……だからお兄様は反対しつつも、わたしをヒノカ様の所まで連れてきてくれたのでしょう?」

「ファリン……」

「わたしのことなら大丈夫です。ミレット様だって一緒ですから、ね?」

「ガウ!」


 ファリンの後ろに控えていたミレットが、力強く返事をした。


「ちゃんと、お兄様の心のままに従ってください」

「……分かりました、ファリン」


 リュシエンはファリンを優しく抱きしめてから、立ち上がった。


「私たちだけで風竜様を探しに行きましょう、ロアード様」

「いいんだな、リュシエン」

「はい」


 リュシエンは覚悟を決めたように、頷いた。


「ファリンのことは妾にも、任せておくのじゃ」

「ありがとうございます、ヒノカ様。……では、ロアード様」

「ああ、行ってくる」


 リュシエンとロアード、二人はファリンたちを置いて山道を降りて行った。


「ファリンよ。妾の傷が治ったら、あの二人を追いかけるぞ」

「……ヒノカ様なら、そう言って下さると思っておりました」


 ヒノカもファリンも、結局黙って待っていることは出来ない性格だった。


「……失ってからでは、遅いですからね」


 ファリンは手首に付けたブレスレットを見た。


「…………リアンお姉様」


 同じブレスレットが二つ。

 一つはファリンの物で、もう一つはリアンが付けていた物だった。

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