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依頼でも受けるか

 冒険者ギルドとは、仕事が欲しい冒険者と仕事を依頼したい組織や個人を仲介する組織である。仕事といっても、モンスターの盗伐や薬草の採取といったものから、落とし物の捜索依頼というものまで様々である。冒険者は数ある依頼から好きなものを選び、それを遂行する。依頼を達成できた場合は依頼主から報酬金が支払われる。ギルドは報酬金の一部を手数料として徴収する。このようにしてギルドは生計を立てているのである。



 シュメルクハーケンはギルドの壁際に設置してある依頼ボードの前に立っていた。依頼ボードとは依頼用紙が多数張り付けられた長方形の板である。仕事をするためここまでやって来たわけだが、理由はいくつかある。生活費と賭博代を稼ぐためというのもあるが、一定期間依頼を受けないままでいると、ギルドから除名処分受けてしまうので、それを防ぐためというのが一番の理由だった。



 シュメルクハーケンは依頼を物色していく。その中から何枚かの依頼用紙を手に取ると、受付窓口へと向かう。窓口は三つあるが、シュメルクハーケンが利用するのは大抵三番窓口だった。



 三番窓口では金色の短髪を整髪料で綺麗に整え、両耳にピアスをつけた色男が退屈そうに座っていた。この若い男が三番窓口の担当の職員である。名前はアーロン・カルミット。女性の冒険者と会話していることが多いが、今日は違うようだ。



 シュメルクハーケンは三番窓口のカウンターの椅子に座った。そこで二人はお決まりの挨拶をした。



「おう、魔王様か」



「おう、暇そうじゃな。アーロン」



 魔王様と聞いて近くにいた何人かの冒険者がこちらを見たが、すぐに視線を元に戻した。当然だが、アーロンはシュメルクハーケンが本物の魔王であるとは知らない。シュメルクハーケンはギルドに偽名を使わず登録しているので、周囲からは魔王と同姓同名の人間であると思われている。多くのギルド職員はシュメルクハーケンのことをそのまま名前で呼ぶが、アーロンだけはからかう目的で魔王様と呼んでいるのだった。ちなみに、シュメルクハーケンが三番窓口を利用する理由は、自分を魔王様と呼んでくれるからなのだが、からかわれている自覚はない。



「おい、ハウルちゃんはどこだ? ハウルちゃんがいねーんだったらあんたの相手なんかしてねーよ。ほら、帰った帰った」



「残念。生憎だがハウルとは別行動中での」



「別行動だと? いつもはあんなに仲良しこよしなのに珍しいこともあるもんだ。ははーん、そうか。ついに愛想を尽かされたか」



 アーロンはにやにやと笑っている。シュメルクハーケンは腕組みをして答えた。



「ふん。あいつがワシに愛想を尽かしたのではない。ワシがあいつに愛想を尽かしたのじゃ。そこのところをはき違えるなよ」



 アーロンの表情は一転し、口をあんぐりと開けた。それからシュメルクハーケンを哀れむような眼で見ると、諭すように言った。



「あのな、悪いことは言わない。今すぐハウルちゃんのところに行って、土下座して謝ってこい。俺の経験上、ハウルちゃんみたいな情が深い子は絶対に許してくれるから。な? あんなかわいい子、他の男が放っておくと思うか? 悪い男につかまってからじゃ遅いぞ?特に、俺みたいな」



「わはは。その時はお前をぶち殺すまでよ。そんでもって、ハウルには魔王様のありがたさというものを、徹底的にあの尻に叩きこんでやる。そもそも、なぜ主が従者に謝らねばならんのじゃ。ワシ悪くねーし。あいつが悪いんだし」



「女の、いや、正確に言うと、美女が意地はってる姿は可愛げがあるもんだが、男が意地はってる姿はただ見苦しいだけだぜ。お前も心当たりあるだろ?」



「やかましい」



 アーロンはやれやれと首を振った。何を言っても無駄と悟ったのか、それ以上何も言わなかった。シュメルクハーケンは依頼用紙をカウンターの上に出した。



「そんなことよりも依頼じゃ。ほれ。さっさとサインを書いとくれ」



 これは冒険者ギルドの制度の一つで、依頼用紙に受付職員のサインがあって初めて受注したと認められる。サインを書こうとしたアーロンだったが、依頼用紙の内容を見て手を止めた。



「……っておい。初心者用の依頼ばっかりじゃねーか。やめろよ、初心者狩りは。あんたならもっと難しい依頼を受けられるだろ」



 シュメルクハーケンの選んだ依頼は、全てが初心者向けの薬草の採取の依頼だった。このように、中級者以上が初心者用の依頼ばかりこなす行為を、この界隈では初心者狩りと呼んでいる。明確に禁止されているわけではないが、初心者狩りはマナー違反というのがギルドにおける暗黙の了解であった。



「ほほほ、知-らね」



 シュメルクハーケンはそっぽを向いた。アーロンは渋々サインを書こうとしたが、何かを思いついたのか、テーブルの引き出しから一枚の依頼用紙を取り出した。



「ならこうしよう。この仕事も一緒に引き受けてくれたらサインを書いてやる。これは他の冒険者にも頼んでるんだが……」



 アーロンは依頼用紙を見せた。その依頼用紙には、ここ最近、若い人間が立て続けに行方不明になるという事件が起きているのでそれに関する情報提供をしてほしい、と書かれていた。行方不明者の似顔絵も描かれている。また、依頼主は警察で、有力な情報を提供した者には、小金貨一枚を報酬金として支払うとも書かれていた。



「ほーん、行方不明者、ね。全然知らんかったわい」



「一流の冒険者ってのは、常日頃から情報収集を怠らないもんだ。ハウルちゃんに任せっきりのあんたと違ってな」



「何じゃと。そんな地味な仕事は、ハウルにでもやらせておけばよいのじゃ。魔王は座して、ただ待つのみ!っての」



「いつまでもそんな態度だからハウルちゃんに逃げられるんじゃ……。それで、どうする。やってくれるか?」



 シュメルクハーケンとしては、面倒な依頼がおまけで付いてくるのなら、薬草の採取の依頼自体を取り消そうと考えていた。しかしここで、一昨日にハウルに酒をおごってもらったことを思い出した。追加の分の報酬金が手に入れば、その分の金額をハウルに返せるだろう。それに、ひょっとしたらひょっとすると、ハウルの機嫌もよくなるかもしれない。シュメルクハーケンは決意した。



「あーもう、受ければええんじゃろ、受ければ」



「そうこなくちゃ」



 アーロンはさらさらとサインを書くと依頼用紙をシュメルクハーケンに手渡した。



「よし、これで依頼は正式にあんたの仕事になった。薬草の依頼の方は、対象の薬草と依頼用紙をギルドに持ってきてくれ。確認出来たらその場で報酬金を払う。追加の依頼の方は、もし情報があったら俺のところに持ってきてくれ。ギルドは情報を整理して警察に渡す。事件が解決した暁には、報酬金を払う。わざわざ言うのもどうかと思ったが、一応な」



「おし、任せとけ。あ、そうじゃ。薬草を入れる用のかごを貸しとくれよ。一番でかいやつがいいの」



 そう言われたアーロンは奥のスペースに引っ込むと、竹製のかごを両手で運んできた。シュメルクハーケンはかごを背負うと、冒険者ギルドを後にした。



 ◆



 シュメルクハーケンは適当に仕事を片付けた後、上機嫌で部屋へと続く階段を上っていた。懐の中には、薬草の採取の仕事の報酬金が入っている。行方不明者捜索の依頼については、まだ情報は得られていないが、何とかなるだろうと呑気に考えていた。



「おーい、帰ったぞ」



 部屋に入り、明かりをつける。シュメルクハーケンの声に反応するものは何もなかった。シュメルクハーケンはなんとなくがっかりした。することもないが、ベッドに腰かけ、無意味に部屋の壁を見つめる。すると、目線の先に見慣れない物体が貼り付けてあった。近づいて観察してみると、それはハウルからの伝言が書かれていたはずの紙切れだった。しかし、その文面は――。



『お兄さんの恋人は預かりました。エリザ・ベンガル』


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