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誰だお前

 競売はつつがなく進行し、最後には黒い布がかけられた商品だけが残っていた。つまり、これが告知されていた魔王の右腕であるということはほとんど明らかであり、観客は固唾を飲んだ。



「それじゃー皆さんお待ちかNE! 本日の目玉商品、『封印されし魔王の右腕』DA!」



 パロットによって引きはがされた布が、ばさりと音を立ててはためいた。そこに現れたのは岩の塊であった。そこには人間の右腕が青白く光る鎖で縛り付けられていた。右腕は月明かりのない夜と見間違うほどの真っ黒な色をしている。時々、どくりどくりと脈打っていた。見る者ができるのはただ恐れ慄くことだけであった。



「いよっ、待ってました! ほほほ、懐かしいのう!」



 誰も言葉を発しない中、右腕の持ち主であるシュメルクハーケンだけは元気に声援を送っていた。



「おいハウル、何を俯いとる。お前、まさかちびっとらんだろうな」



 ハウルは首を横に振るのがやっとだった。魔王の右腕から放たれる強圧に押され、それを直視することができなかったのだ。



「そこのにーちゃん盛り上がってるNE! 他のみんなももっとテンション上げてけYO! 最後の商品なんだからSA! 後悔しても知らないZE!」



 パロットも博物館館長ということで見慣れているのか、これといって恐怖している様子はない。そんなパロットにつられて、会場の空気もいくらか軽いものになった。



「こいつは今までの商品とは一味も二味も違うZE! 三百年前、六代目勇者プライム・ミニスターによって体をバラバラにされ、ついには世界各地に封印された歴代最弱の魔王シュメルクハーケン・アスクハーケン! 歴代勇者の中で、彼だけが魔王に勝利するという偉業を成し遂げたんDA! 光っている鎖はプライムが施した封印魔法なんだZE! 今回はその魔王の右腕を超特別に売り出しちゃうYO! 最低価格は大金貨千枚からDA!」



 パロットはこれまでの商品と同じように簡単な解説をした。しかし、その後で初めて商品に関する注意を促した。



「ただし! 購入したやつは月に一度の監査が義務付けられるYO! 悪いことをしてないかチェックさせてもらうZE! まさかとは思うが、魔王が復活なんかしたら大変だからNA!」



 入札が始まっても魔法ボードを掲げる者はいなかった。予想以上の最低価格だったのか、魔王の右腕に恐れをなしたからなのかは分からない。そわそわと話し合う声が聞こえる。誰かが入札するのを期待しているようだった。



「あの、シュメルクハーケン様。念のためお聞きしたいのですが、シュメルクハーケン様は体をすべて集めたら、人間を滅ぼすのですか……?」



 調子を取り戻したハウルはシュメルクハーケンに小声で尋ねた。この問いは今初めてする質問ではない。それでも、魔王の右腕を目の当たりにしてそう尋ねずにはいられなかった。



「だーかーら、前にも言ったが、ワシは穏健派の魔王だったんじゃよ。人間たちと戦争しようとか言ったやつもおったが、興味が出んかった。……だが、勇者とだけは本気でやりあった。ま、あいつがワシよりほんの少し強かっただけだがの。次にやるときは余裕で勝つ」



 シュメルクハーケンは柄にもなくどこか遠くを見つめていたが、不意にハウルの目を覗き込んだ。



「逆に聞くが、ワシが人間を滅ぼすと言ったらどうする。止めるか」



「いいえ。シュメルクハーケン様の目標が私の目標であり、理想が私の理想です。私はシュメルクハーケン様に一生ついていきます。私はシュメルクハーケン様のお供ですから」



 ハウルはシュメルクハーケンの目を見つめ返し、堂々と答えた。シュメルクハーケンにとってはそれがどうにも面白くなく、なんとなしにハウルから目を逸らしてしまった。



「ちっ。止めると言うたら、びしっと再教育してやろうと思ったのに。久しぶりにお尻百叩きの魔法で」



 ハウルは顔を赤らめさっと自分の尻を手で隠した。シュメルクハーケンはハウルの様子に気をよくすると、ハウルが膝の上で抱えていた魔法ボードをひったくった。



「よっしゃ、男たるもの遠慮はせん。初っ端から大金貨一万枚でいくぞ。周りのやつらをビビらせてやるわい」



 シュメルクハーケンは魔法ボードに乱雑な文字で大金貨一万枚と書きなぐった。自身も立ち上がってそれを高く掲げた。



「お、おおっとぉ!? だ、大金貨一万枚!? とんでもない金額がでてきたZE!」



 パロットの大金貨一万枚という言葉に、会場はどよめきに包まれた。パロットも驚いてずり落ちそうになったサングラスをかけ直した。



「はっはっは! どうよ、このワシに勝てる金持ちはおるか、え? おらんだろうなぁ」



 シュメルクハーケンは周りをぐるりと見渡した。観客の中には、拍手をしている者や、ハウルに話しかけている者もいる。シュメルクハーケンが勝ちを確信したその時であった。



「大金貨一万五十枚」



 透き通るような女性の声だった。その場にいた全員が一斉に声のした方向に振り向く。声の主は黒い三角帽子とローブを身にまとった、これまた黒髪の少女であった。少女は商品が置かれている場所から最も遠い長椅子に座っている。手には大金貨一万五十枚と書かれた魔法ボードが握られていた。



「ふふ、そんなに見つめられると恥ずかしいわ」



 恥ずかしいと言ったが、当の本人は薄い笑みを浮かべているだけで、本気で恥ずかしがっているのか判別できない。感情の読みにくい女性であるようだ。



「今度は大金貨一万五十枚だとぉ!? てゆーか、この町金持ち多いNA!」



 パロットが金額を読み上げると会場はまたしてもどよめきに包まれた。黒髪の少女は歓声など耳に入っていないのか、シュメルクハーケンに向き直って言った。



「それで、そこのお兄さん。私は大金貨一万五十枚を出すけど、お兄さんはどうするの? 入札し直すならどうぞ。待つわ」



 呆然としていたシュメルクハーケンは話しかけられてようやく我に返った。



「う、嘘だ。そんな大金、一体どこに持っとると……。あれはワシの右腕、右腕なのに」



 シュメルクハーケンはぶつぶつと自分にだけ聞こえる声で呟いたが、はっと何かを思いついた顔をしたかと思えば、少女を指さした。



「そうだ、証拠を見せるんじゃ。大金貨一万五十枚が嘘でないというならば、今この場でそれを出してもらおう! さあ、早く!」



 シュメルクハーケンがそう言った瞬間、会場はしんと静まり返った。ハウルは恥ずかしさの余り顔を真っ赤にして身を縮ませていた。



「ごめんなさい、お兄さんの言っていることの意味が分からないわ。私は嘘をついていないし、お金をこの場で見せる必要はないと思うの」



 少女はわずかに首をかしげると、論理的に反論した。しかし、シュメルクハーケンは止まらない。



「いーや、認めん。お主が大金貨一万五十枚を今すぐこの場で見せるまで、ワシは入札せん!」



「わがままな人ね。でも、いいわ。それでお兄さんが満足するなら見せてあげる。『逆転空間』」



 少女は懐から細長いステッキを取り出すと、何もない空間を一筋なぞった。するとそこに禍々しい空間が覗いた。これは亜空間と呼ばれ、通常の生物が生きていける空間とは異なるものである。少女は逆転空間という魔法で亜空間への入り口を呼び出したのだ。

 皆が見守る中、少女は亜空間に腕を突っ込むと、何かを引っ張り出した。それはぎっしりと何かが詰まった頑丈そうな革製の袋であった。少女は袋を合計五つ取り出すと、その内の一つの紐を緩め、中身をシュメルクハーケンに見せた。



「どうかしら。ちゃんと見えてる? 全部数えてもいいけれど、日が暮れちゃうわね。あ、盗んではだめよ」



 袋の中身は黄金の輝きを放つ大金貨であった。会場から感嘆の声が漏れる。残りの四つの袋にも大金貨がいっぱいに詰まっていた。一通り見せ終わると、少女は全ての袋を亜空間に戻し、ステッキで入り口をなぞった。すると入り口はみるみるうちに元通りになり、亜空間はすっかり消えてしまった。ここで、少女の口から予想外の言葉がとびだした。



「ねぇ、私もお金を見たいわ。私だけ見せてお兄さんが見せないのは不公平だと思うの。私、そういうの嫌い。私は亜空間にお金を入れてきたけど、お兄さんはどう? 荷物が少ないようだけれど、お兄さんも闇魔法を使えるのかしら。ふふ、出せないなんて卑怯なことは言わないで。変身魔法なんてずるは勿論禁止」



「へっ……あ」



 シュメルクハーケンは言葉に詰まった。会場の空気は圧倒的に少女の味方をしていた。シュメルクハーケンのしたことといえば、少女に言いがかりをつけたが冷静に反論され、わざわざ金貨を見せてもらったこと。挙句の果てには、これからするはずの詐欺の種明かしを観客の目の前でされたのである。

 シュメルクハーケンの心の切り替えは早かった。そっとハウルに耳打ちする。



「ハウル、逃げるぞ。振り落とされるなよ」



「え? それって……きゃっ!?」



 突然シュメルクハーケンの姿が消え、立っていた場所には黒色の体毛をした鳥のような生物が出現した。鳥といっても人の背丈を超えるほどの大きさであり、筋肉質の二足で立っている。頭には発達した嘴をもっているが、羽は小さい。鳥は器用にハウルを嘴でつかんだ。観客を一飛びで飛び越えると、わき目もふらず走り出した。あっという間の出来事でありパロットも観客も声を上げる余裕すらなかった。



「ずるは禁止と言ったのに」



 その場には少女の一言だけが残った。


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