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どうよ、ワシの魔法は?

 シュメルクハーケンとハウルの泊まっている安宿の部屋は、隅にベッドが一つ置かれているだけという粗末なものだった。帰ってきた二人はベッドに並んで腰かけ、ハウルの作った日持ちする食品を適当に夕食とする。夕食がすんだら、これまたハウルの入れたお茶で一息つく。これがここ最近の二人の習慣である。



「そうそう、何か新しい情報が見つかったんじゃろーな。ワシの体のこと」



 お茶を一気に飲み干したシュメルクハーケンは、空になった木製のコップを簡易テーブルの上に勢いよく置くと、ハウルをぎろりと睨んだ。話を振られたハウルは、日中に集めた情報を話し始めた。



「はい、シュメルクハーケン様。この町にあるアベル国立博物館をご存じですか?」



 シュメルクハーケンは首を横に振った。というのも、シュメルクハーケン本人はまともに情報収集もしないからで、朝起きてからすることといえば、酒や賭け事が大半であり、たまに、生活資金を稼ぐために冒険者の仕事をする、といった具合であった。



「明日、博物館で展示品の一部が競売にかけられます。その中の目玉商品の一つに『封印されし魔王の右腕』というものがあるそうなんです」



「おいおい、主催者はワシのことをなめてんのか? 確かにワシは歴代最弱の魔王だし、体をバラバラにされたのも三百年も昔の話じゃ。だがよ、勇者のアホ野郎が必死こいて封印したワシの右腕を、そんな簡単に売り飛ばしていいもんかの。もし魔王が完全復活したらどう責任を取るつもりなんじゃ、え? なあ、そう思うだろ、ハウルよ」



 シュメルクハーケンはおどけて見せたが、ハウルは困った顔をすることしかできなかった。



「そんなこと私に言われましても。主催者側も、まさか右腕の持ち主がその場にいるとは夢にも思わないでしょう。その博物館なんですが、どうにも財政難らしく、国からの補助金と入館費だけでは経営が厳しいようです」



「ワシの体の扱い、雑すぎね? いやー、世知辛いね、全く。もっと丁寧に、尊厳をもって扱ってほしいわい」



 シュメルクハーケンは肩をすくめた。ハウルは肯定も否定もしなかったが、やがて、意を決したように言った。



「あの、ここからが問題なのですが、どのようにして右腕を手に入れるおつもりですか」



「何を言っとる。どうもなにも、買えばいいじゃろ」



「買えませんよ……。私たち、お金ありませんから」



「ああー……。そうだな、そうなんだがの。あ、お前にまだ見せてなかったけか。ワシの魔法」



 シュメルクハーケンはそう言うと、ベッドの上で胡坐をかいた。ハウルは床の上で正座をし、シュメルクハーケンを見上げる形になった。



「おほほ、ハウルの驚く顔が目に浮かぶわい。よし、心の準備はいいか? 魔王の力なんぞ、滅多に見られるもんじゃない。他のやつに自慢できるぞ」



「うう、そういうことを言われると緊張します。一体、何をなさるおつもりですか?」



「見てれば分かる。それよりも、今から30秒経ったら、『解けろ』と唱えろ。ちゃんと心を込めて唱えるんじゃ。これは最重要任務じゃぞ。絶対に忘れるなよ」



「は、はい」



 「最重要任務」をシュメルクハーケンから預かったハウルは、今までにない緊張にとらわれていた。ハウルがシュメルクハーケンと行動を共にしてからしばらく経つが、このようなことを言われたのは初めてだった。

 シュメルクハーケンは意味ありげに笑っていたが、目を閉じた後、一度だけ、大きく深呼吸をした。すると、顔つきは真面目なものへと変化した。そこから何かを読み取ることはできない。

 部屋の中は静まり返っていた。ハウルが固唾を飲んで見守る中、前触れもなくシュメルクハーケンは目を見開き、叫んだ。



「刮目せよ! ワシの『身流身化』!」



 次の瞬間、シュメルクハーケンの体が消えた。驚くべきことに、シュメルクハーケンが座っていた場所には、今にも崩れんばかりの金貨の山が突然現れたのである。



「ええー! き、金貨が……!」



 ハウルは言葉を失った。その眩い輝きは、普通の人生を歩んでいては到底目にできるものではないだろう。数え切れないほどの金貨が、その表面にハウルの顔を映す。思わず目を細めて、金貨の山から恐る恐る一枚を手に取る。金貨同士がこすれあう音が部屋に響いた。手触りと質感は間違いなく本物そのものである。ハウルは自分の手が震えているのを自覚した。



「シュメルクハーケン様、見てください、すごいですよ! あれ、シュメルクハーケン様?」



 ハウルは興奮の真っただ中にあったが、シュメルクハーケンがいないことに気が付いた。つい数秒前には確実にこの部屋いたし、部屋から出ていく姿も見ていない。ブーツも置いたままだ。窓の外や部屋の外を探しても見つからなかった。

 ハウルは急速に不安に駆られた。こうなっては金貨も不気味なものに思えてくる。するとここで、シュメルクハーケンに指示された言葉を思い出した。この状況を説明できる何かが起きてほしいと願い、その言葉を唱えた。



「『解けろ』!」



「おおっと」



 ハウルがそう唱えた直後、シュメルクハーケンが再び姿を見せた。先ほどと同様にベッドの上で胡坐をかいており、一人だけ時間が止まっていたかのようだった。

 安心たハウルは金貨のことをシュメルクハーケンに伝えようとした。しかし、先程まであった大量の金貨は、いつの間にやら完全に消失してしまっていた。床やベッドの下にも、一枚たりとも残っていなかった。



「シュメルクハーケン様、どこに行っていらしたんですか。それよりも異常事態です。さっきまで金貨の山がここにあったんです。本当なんです、嘘じゃありません」



 ハウルは自らが体験した出来事をありのままに説明しようとした。そんなハウルを見たシュメルクハーケンは腹を抱えて笑った。



「くくく、はっはっは。どうだ、見たか。これこそが魔王シュメルクハーケン様の変身魔法なのだ!」



「変、身? まさか、あの金貨の山はシュメルクハーケン様本人……?」



「その通り。金貨の山、正確には大金貨一万枚は、正真正銘このワシだったというわけ。この変身魔法だけは、体が封印されていても使えるんじゃよ。あーおもしれ。気分がいいぞ」



 シュメルクハーケンから種明かしをされたハウルは平静を取り戻した。それと同時に、なぜこのタイミングで変身魔法を披露したのかということも理解した。



「これで分かったじゃろ? 普通に競売に参加し、普通に入札する。買い手に決まったら、ワシが金貨に変身してお前が払う。その後、隙を見計らってとんずらする。なに、大金貨一万枚は、田舎町が一つ買えるくらいの価値がある。個人にしても、組織にしても、そうそう持てる額じゃない。完璧じゃ」



「逆に変身魔法だと怪しまれるのではありませんか?」



「確かに、大金貨一枚に変身するだけなら怪しまれる可能性もある。じゃが、大金貨の山のように、独立した物体の集まりに変身するというのは、ワシのような限られた優秀な変身魔法使いにしかできん技なのじゃよ」



 シュメルクハーケンは自画自賛した。ハウルは作戦に納得しかけたが、根本的なとあることに気が付いた。



「でも、これって詐欺ですよね。人を騙すような行為は……」



「ははは、騙される方が悪い」



 ハウルはまだ何か言いたげな顔をしていたが、シュメルクハーケンは大声を出してそれを制した。



「ええーい、ワシがこうすると決めたのだから、こうするのじゃ。そして、お前はそれに従う。これがお供の務めなのじゃ。いいな?」



 そう言われてしまえば、ハウルに返す言葉はない。ハウルはいくらか気落ちした様子でシュメルクハーケンの隣に座り直した。シュメルクハーケンはちらりとハウルを見ると、大げさに咳ばらいをした。



「おい、ハウル。ワシは疲れた。いつものやつ」



「はい、シュメルクハーケン様。膝枕ですね」



 ハウルの表情がぱっと華やいだ。スカートの裾の部分を少し上げ、膝と太ももが露出するようにする。汚れていてはいけないので、膝枕する部分を軽く手で払った。



「どうぞ」



 ハウルはシュメルクハーケンに笑顔を向けた。



(本当はこの程度の変身は朝飯前なのじゃ。あんな真面目臭い儀式もいらん。ハウルのやつ、何が楽しいのか知らんが、膝枕の最中ずっとにやにやしとる。そう、魔王たるもの、部下の精神面には気を配らねばならない。つまり、ハウルを喜ばせるために膝枕をさせてやっているのであって、別にワシがされたいわけではないのだ)



「うむ、くるしゅうない」



 シュメルクハーケンは遠慮なく、ハウルの太ももに頭を預けて、ベッドに横たわった。シュメルクハーケンの頬が、すべすべした感触と暖かな体温に包まれる。しばらくの間、どちらから話すというわけでもなく、無言の間が続いていた。しかし、それは気まずい空気ではなかった。



「このまま寝ちまおうかな」



 シュメルクハーケンはぽつりと呟いた。



「歯磨きはしていませんよね? あ、体をお拭きになりますか?」



 二人の泊っている宿は安宿なので、風呂やシャワーといった体を清める設備はない。また、二人のどちらかが水魔法を使えるという訳でもない。なので、一日の終わりになると、宿の主人から温水を買い、荷物の中に入っているタオルと石鹸で体を拭くのである。



「まだ。うーん、どっちも面倒だの」



「いけません。体の方はまだしも、歯磨きをしないと虫歯になってしまいます。美味しい物、食べられなくなっても知りませんよ」



 ハウルはたしなめるように言ったが、その声音はどこまでも優しいものだった。



「分かっとるわい、そんなこと。お前こそ忘れるんじゃないぞ。不潔な奴は従者をクビにしてやるからの」



「はい。クビにならないように、綺麗にします」



 ハウルは笑顔で頷いた。その反応にシュメルクハーケンは大いに満足した。



「じゃあ、あと十五分経ったら起こせ。当然のことだが、膝枕はこのままだぞ。足がしびれても解くんじゃないぞ」 



「はい。おやすみなさい、シュメルクハーケン様」



 ん、とシュメルクハーケンは小さく頷くと、すぐにいびきをかき始めた。ハウルはいたわるように、シュメルクハーケンの頭をそっと撫でた。


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