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これぞ魔王の勇姿

 横たえている体が痛む。なぜ痛むのか。それは固い椅子の上で眠っていたからだ。

 体が優しく揺さぶられる。なぜ揺れるのか。それは誰かがワシ――シュメルクハーケン・アスクハーケン――を起こそうとして、肩を揺すっているからだ。無論、誰なのかは分かり切っている。



「起きてください、起きてくださいってば」



「……ああ、ハウルか」



 しぶしぶ目を開ける。目に入ったのは、銀色の髪をした、見慣れた少女の顔だった。前髪をおでこのところで切りそろえ、後ろは肩より少し下のところで切りそろえている。彼女が動くたびに、その美しい銀髪が店内の照明を反射して、さらさらと揺れる。

 少女――ハウル・バスサンド――は、微笑んでいるような、呆れているような、曖昧な表情を浮かべ、シュメルクハーケンを覗き込んでいた。



「やっと起きましたね、シュメルクハーケン様。もしかして、お昼からずっとここで寝ていたのですか?」



「うーん、どうだったか……忘れちった」



「外を見てください。もう夜です。そもそも、数時間しか経ってないし、忘れるわけないじゃないですか。お酒も飲んでるみたいですし。いけませんよ、もっとしゃきっとしないと」



 ハウルは、カウンターの上に置かれた何本かの空き瓶に気が付いたようだった。眠る前に片付けておいてもらえばよかったと後悔するが、もう遅い。



「あー、わかったわかった。次から気を付ける」



 シュメルクハーケンは適当に返事をすると、体を起こして立ち上がった。椅子に当たっていた部分をもみほぐし、両肩をぐりんぐりんと大きく回す。



 ここは大陸の端の方に位置する田舎国家『アベル』の、とある田舎町。シュメルクハーケンとハウルは数日前からこの町に滞在していた。理由はこの町にあると噂される魔王の右腕のためである。ハウルはその情報収集に出ていたのだった。この酒場はシュメルクハーケンのお気に入りの場所だった。いつ来ても席が空いているので、今しがたしていたように、カウンターの椅子を何個か並べてその上で寝ていても怒られない。うるさすぎることも、静かすぎることもなく、酒を飲んで眠るのには最適だった。



「もう、本当にわかっているんだか……。まあいいです。さ、早く宿に戻りましょう。お酒のお代、私が払っておきますから。夕飯、まだ食べてないですよね?」



 ハウルが自分の財布を取り出す。事実、シュメルクハーケンが注文した酒の金額は、大したものではない。ハウルに出している給料の額を考えても、問題なく払えるであろう。しかし、ハウルの言葉は、シュメルクハーケンのちっぽけなプライドを刺激した。



「けっ、魔王なめんな。そのくらい、自分で払えるわい」



 片手をハウルの前に突き出し、「待て」の仕草をする。そして、財布が入っている、ズボンの右の尻ポケットにもう片方の手を勢いよく突っ込んだ。



「……あれ、あれれれ。おかしーな。財布がない」



 しかし、期待された物の感触はこれっぽっちもなかった。手をがそごそと動かしてみても、ズボンの生地の感触が感じられるだけだった。服についている全てのポケットに手を突っ込んでみても、財布が出てくることはない。その場でぴょんぴょんとジャンプをしても無駄。近くの床を探してみても無駄だった。



「絶対、ここに入れたはずなのにな。いや、確かに飲み始める前にはあったんじゃ。ひょっとすると、盗まれたか? ふん、この魔王シュメルクハーケン・アスクハーケン様の財布に手を出すとはいい度胸じゃねえか。見つけたらぶちのめしてやる」



 誰とも知れない相手に向かって暴言を吐く。そうすると、いくらか気分が晴れた気がした。ハウルのほうを見ると、完全に呆れ顔の彼女と目が合った。



「とゆーわけで、ハウルよ。悪いんだけども、金貸してくんない?」



 ハウルは隠すこともせずに、大きなため息をついた。


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